リバーサイド王国VSジャルパル(前編)
フォルスト様は玉座の椅子に座り、その両サイドには大勢の護衛がいる。
そして、私はその護衛たちの中に紛れ込んだ。
ジャルパル陛下は私がいることに気がついていないようだ。
かくれんぼは大成功だ。
私の視界からはハッキリと見えないが、ジャルパル陛下たちはフォルスト様に対して跪く体勢をとっているようだ。
「此度の突然の訪問、大変失礼極まりない。しかしこうして出迎えてくれ、心から感謝する」
「気にせずとも。ジャルパル殿ならびに付き添いの者たちも顔をあげてくだされ」
真横にいるフォルスト様が座りながらそう言う。
私が普段フォルスト様と会話しているときのような優しい感じではなく、国王陛下としての威厳を保ったような口調だ。
国務をしているときのフォルスト様の喋りかたもかっこよくて、ドキッとしてしまう。
こんなときにそんなことを思ってしまうのはダメだ。
しかし、私の頭の中ではフォルスト様がこのまま争うことなく平和な会話で対談を終えてくれることを願っている。
フォルスト様のことを考えれば考えるほど、より意識してしまうのだ。
「フォルスト国王よ。単刀直入に用件を言いたい。我が国の聖女たちでは太刀打ちできないほどの異常気象で雨が降り続いてしまっている。貴国の野菜を輸入したいのだ」
「それは深刻なことですな。では野菜を詰めた箱ひとつにつき金貨一枚で交易をしましょう」
「ばかな! 民の平均月給が金貨二枚ほどの相場なのだぞ?」
「今までハーベスト王国から野菜を買い入れた際は、箱ひとつで金貨二枚の取引でした。その半額で取引をしようと考えていたのですが」
「く……」
ジャルパル陛下が唇を噛み締めている。
「これでもまだリバーサイド王国すべての民に十分な食料を供給できているわけではないのです。それ相応の対価で取引しなければ民も納得がいかないでしょう。これもジャルパル殿に『国王としての判断力は厳しくせよ』とご教授いただいたことでありましたな」
「う……、うむ。確かに以前フォルスト国王が我が国で交渉したときに言ったことではある……。だがな」
ジャルパル陛下は勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
まるでフォルスト様のことを見下すような表情だ。
「野菜の鮮度はいかがなものかな? 雨ばかり降り続いてきた国で収穫したものがまともな野菜とは思えぬが」
「心配には及びませんよ。試食してみますか?」
「ふ……。私に食べさせてなんとしてでも売ろうとする。なんだかんだ言って財源が欲しいのだろう?」
「不満であるなら交易自体が却下でも構いませんが」
「……いただこう」
ジャルパル陛下は、フォルスト様の冷静な発言で押し負けたような感じに見える。
すぐに兵士が野菜を用意し、直接ジャルパル陛下に手渡された。
すると、ジャルパル陛下は手に身につけている銀色の指輪で野菜に何度も触れていた。
なにやってるんだろう……。
フォルスト陛下はジャルパル陛下の行動を見ながら苦笑いを浮かべていた。
「よし……。ではいただこう」
品質でも確認していたのだろうか。
私はアクアに小声で聞いてみた。
「やたら念入りに触っていたのはなんだったんだろうね」
「あの指輪で毒が入っているかどうか確認していたようです」
それって、フォルスト様に対してあまりにも失礼なんじゃないだろうか。
フォルスト様が苦笑いしていたのはそういうことだったのか。
フォルスト様が毒を入れるわけないのに!
私たちの気持ちも知らない様子で、ジャルパル陛下は夢中になってムシャムシャと美味しそうに食べている。
「これは想定していたものよりもはるかに美味い。まるで我が国の一部で収穫していた野菜と同じようだ。これは本来の値段なら箱ひとつで金貨一枚の価値はある素晴らしい野菜だろう。しっかりと相場どおりで取引を考えていたようだな」
「気に入っていただけたようでなにより」
あれ。
ジャルパル陛下がやたらと野菜を褒めてくれる。
いつもなら私も褒められて嬉しくなるのに、不思議と全然嬉しくない。
むしろ嫌な予感がする。
「フォルスト国王よ、これは大きな問題だ。もしかすると、我が国から追放した聖女様がこの国に潜伏している可能性がある」
「いったいどういうことでしょう?」
「我が国にはフラフレという聖女様がいた。だが彼女は聖女としての力を悪用し天候を最悪の状態にした。その罪によって地下牢で反省を促したのだが、更生の余地がまるでなかった。苦渋の決断だったが、仕方なく国外へ追放したのだよ」
「ほう……?」
デタラメばかりだ。
ジャルパル陛下の取り巻き護衛たちも、後押しするように仕切りに頷いている。
思わず小声でアクアに訴えようとしたが、すぐに私の手を力強くギュッと握ってくれた。
アクアが心強い。
「単刀直入に言おう。我が国から要求することはふたつ。ひとつは今後リバーサイド王国で収穫した野菜の半分を無償で我が国へ送り届けること。ふたつめ、罪人フラフレを発見次第私に報告せよ」
「どういうことでしょうか?」
「そもそもリバーサイド王国が晴れたのは、罪人フラフレがハーベスト王国をおとしいれるために雨雲をリバーサイド王国から我が国に集めたからだ。その恩恵を受けて収穫された野菜を独占するのはいかがなものか」
私が罪人?
必要に応じて雨を降らせたことはあっても、悪天候になんて一度もしたことはない。
ジャルパル陛下が信じられないような嘘ばかりを言うから騙されないか心配だ。
不安になって真横にいるアクアを見ると、苛立った表情を浮かべている。
思わず私は小声でアクアに問いかけた。
「大丈夫?」
「フラフレ様はよく平然としていられますね……。今までのフラフレ様への扱いを想像をするだけで吐き気がします」
フォルスト様は大丈夫だろうか。
もしも怒りだして殴りかかったら、収集がつかなくなってしまう。
恐るおそるフォルスト様の表情をうかがうと、どういうわけか笑みを浮かべていた。
「なにがおかしい?」
「私が知っている事実とまるで違うようですが」
「どこが嘘だというのか申してみよ」
「以前私が貴国へ野菜の交渉をしに行った日は、当時の我が国とは比べ物にならないほど晴れてましたね。その帰り道、瀕死になっている女性を保護したのですよ。その女性の身体にはアザがたくさんありました。服装もボロボロで、栄養失調になっていました」
「……だからなんだというのだ?」
「数日後目覚めたその女性は、なんと名乗ったかジャルパル殿はご存知なのでは?」
ジャルパル陛下についている護衛たちがざわざわとしはじめた。
「確かにあの日は晴れていたような……」
「少なくとも悪天候ではなかった」
「そもそも今まで大雨が降るようなことがなかったような……」
護衛たちの発言によって、ついにジャルパル陛下の表情が怪しくなってきた。





