【ハーベスト王国サイド】新鮮な野菜
「あ……ありえませんわ。長いこと雨に打たれ続けてきた土からこんなに元気な野菜が育つなんて……」
「きっとここの農園にだけは高級な肥料かなにかを使って育てただけでしょう……。他の農園もまだありますし、そこではこのようにはいかないはずですよ」
「これでは私の存在意義が……!」
ミーリは不機嫌になりながら次の農園へ向かう。
だが、その次の農園も、そのまた次も、豊作状態が続いていた。
「ちょっと話を聞いてきます!」
「あ……ミーリ様!」
ミーリは六箇所目の農園でも豊作な状況を見て、明らかにおかしいと思った。
実はリバーサイド王国にはミーリたちとは比較にならないほどの聖女がいるのではないかと不安になったのだ。同時にミーリの対抗心が燃えた。
「私より格上の聖女なんて、絶対にいてはいけないのです……!」
ミーリは苛立ちをあらわにしながらもすぐに表情を穏やかにして、農園で作業をしている五十代の男に話しかけた。
「こんにちは。農園見学をしていたのですが、ずいぶんと豊作ですね」
「おうよ。なにしろ王宮で野菜を作っているお方の力を借りたもんでね」
「え……? 聖女様ではなくてですか?」
「聖女? はは、もう聖女なんてこの国にはいねーからな……」
フラフレが農園でどろんこまみれになりながら聖なる力を使っていたのだが、男がこう答えるのも無理はなかった。
『王宮から民衆に配給している野菜を作っている人があなたの畑にお邪魔します』という告知を受けて応募したのだから。
フラフレの存在は知っているものの、彼女が聖女だということは男も知らない。知っている農園関係者はミラーシャただひとりなのだ。
一方ミーリは、聖女がいないと理解できてほっとした。
同時に、これほどまで豊作にしてしまう力とはどんなものなのだろうと興味を示していたのだ。
「どんなお方なのですか?」
「可愛い女の子だったぞ。この農園で楽しそうにしながらはしゃいでいる姿を見てたら、俺まで楽しくなっちまったよ」
「その子は今もどこかの農園にいるのでしょうか?」
「さぁ、そこまではわかんねーけど。まぁこれもなにかの縁だ。せっかくだし一個食ってくか?」
「わぁ! ありがとうございます!」
野菜が大好物のミーリは、採れたての野菜をひとつ受け取りご満悦だった。
ミーリはさっそくその場で食べたのだが、あまりにも衝撃的な味で目は大きく開き、今までの旅の疲れが吹き飛んだ。
まるで、野菜に幸せをもたらす魔法がかけられていると思ったほどだ。
「どうだ、うめーだろ?」
「こ、これは……。今まで食べてきたどんな野菜よりも美味しいです……」
ミーリは、このような野菜を作ってしまう女の子を是が非でも捕まえてハーベスト王国に連れて帰りたいとまで考えた。
本来の目的を忘れてしまうくらいに衝撃的だったのだ。
ミーリは馬車に戻り、興奮した声で御者に命じる。
「大至急、王都にある農園をくまなく散策してほしいです! 農園に女の子がいたらそこで止まってください!」
「急にどうされたのですか?」
「これはお父様も伯父様も、きっと喜んでくださる情報ですわ。素晴らしい発見ですから」
「は……はぁ、では」
いくつもの農園へ移動したが、女の子がいる気配などなかった。
困惑しながらも御者は馬車を走らせ続け、ついにミーリの執念は叶う。
「あ、あの農園に女の子がいますわ! ここで止めてください!」
ミーリは馬車から降りると、そっと農園へと向かって行く。
そこで見た光景は……。
「へ……あれは……、フラフレ? いや、違う?」
ミーリの心臓はバクバクと激しく鼓動するも、さらにもう少しだけ近づいた。
「……いえ、本物ですわ……」
フラフレが畑で仰向けになって寝転んでいる姿。
その近くではおでこに手をあてて『あちゃー……』といったような表情を浮かべているメイド服を着たアクアがいる。
「なんであの女がリバーサイド王国に……。まさかさっきの野菜もフラフレが?」
ミーリが疑うのも無理もなかった。
フラフレが国を追放されたときとはまるで別人のように、身体がふっくらとしていてやや痩せ気味くらいの体型になっていた。
目をつぶって寝ているが、よだれを垂らしながら口を大きく開いているものの、幸せそうな顔をしているのだ。
「フラフレ様ー、そろそろ食事の時間ですよー」
「ふぅああ! ごはんー」
アクアの目覚ましコールのような呪文を聞いたフラフレは、ピクリと目を覚まし立ち上がった。
バタバタと駆けながらアクアのほうへと向かって行く。
その状況を、ミーリは陰でコッソリと監視していた。
(フラフレで間違いなさそうね。それにしても、なんてだらしない格好しているのかしら)
「楽しかったぁ~」
(ふふ、たかが昼寝を楽しむなんて、よほど普段の生活で大変な思いをしているのでしょうね)
「全く、口の中まで泥まみれになって……。お水ですすいでください」
「ごっくんしちゃダメ?」
(は? 土を食べちゃうの?)
「ダメです!」
(あのお姉さんも可愛そうに……。きっと大変な思いをしながら働いているんだわ)
フラフレはアクアに渡されたタオルで顔をゴシゴシと拭き、笑顔になっていた。
ミーリはフラフレが幸せそうにしている姿を見て、両手を強く握りしめる。
(どうしてあんなダメ女が楽しそうにしているんです……? 私よりも非力なくせに、なに自分ばっかり楽しそうにしているんでしょうか……)
だが、怒っていたものの冷静に考えたら徐々にミーリは落ち着きを戻し確信した。フラフレはただ遊んでいるだけで野菜を育てた張本人ではないと判断したのだ。
「どうせどっかの商人に拾われて働かされているんでしょう。今日はたまたま休日で、なにも野菜が実ってないこの畑で遊んでいるだけ。なんて娯楽の少ない国なのでしょうか……」
ミーリはフラフレのことを放置して、御者に次の農園へ向かうよう命じた。
当然ながら、どこの農園へ行ってもミーリが求めている女の子を見つけることができなかった。
さらに数日が経ち、全く雨が降る気配のないリバーサイド王国。
「悔しいですけど、民衆には知られていないだけで強力な聖女がいるんでしょう。私の力をお披露目できませんわ……」
「その割にはご機嫌ですね」
「だって、こんなにたくさんの野菜を買えましたからね。貴重な情報も手に入ったし、目的は違うけどお父様も喜ぶに違いありませんわ」
今までのミーリであれば、このような器の広い心を持っていない。だが、フラフレの力による野菜をたくさん食べた影響で、今だけではあるが心も回復していたのだった。
「ではハーベスト王国へ戻りますか」
「えぇ。あ、最後にそこの野菜も買っていきましょ」
「まだ買うのですか……?」
「移動中は美味しい野菜を食べ放題よ」
ミーリたちはハーベスト王国へ帰ることにした。
なんの成果も上げられなかったが、大量の野菜をお土産にしてミーリは満足だった。
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是非よろしくお願いいたします。
※次回更新は11/18(金)予定です。





