26話 フラフレは国王に教えてもらった
「――実はアクアに急用を与えているのだ。私が代わりに読み書きを教えようと思うのだが、構わないか?」
「あ、はい。もちろんありがたいのですが、陛下もお忙しいのでは?」
「問題ない。仕事は昨日、全て片づけた。アクアのおか……いや、何でもない」
「そ、そうですか。ありがとうございます。アクアに休養を与えたなんて、よほど疲れているのでしょうか? もしかして、私がワガママばかり言っちゃったから……」
「フラフレ殿よ……、休ませる休養ではなく、仕事を与えた急用だが」
「またしても私はとんだ勘違いを……」
「フラフレ殿はメイドに対しても気遣うのだな。アクアなら問題ない。最近はむしろ楽しんで仕事に励んでいるようだからな」
「そうですか……」
アクアに大きな負担をかけたわけじゃないとわかり、私はほっとした。
「さて、本題に入ろう。文字の読み書きを覚えたいとのことだが、今は文字が全くわからない状態ということか?」
「お恥ずかしながら……」
「大丈夫、あまり恐縮することもあるまい。さっそく始めようか。座りたまえ」
「はい」
椅子に座ると、もう一脚の椅子にフォルスト陛下が座る。
かなりの至近距離な気もするし、ドキドキが止まらない。
だが、今日はせっかく文字をご教授していただくのだから、浮かれている場合ではないだろう。
「では、まずこの紙を見てもらって……」
フォルスト陛下は、持っていた紙をテーブルに置いた。
「これは?」
「一字ずつ書かれた文字表だ。私もまず最初にこれを見て文字を覚えたのだよ」
「なるほど……」
この時点でアクアとフォルスト陛下に感謝したい。
もしも私がいきなり本を読もうとしていたら、なにもわからなかっただろう。
それでも諦めずに文字を覚えるつもりではいたが、こうして教えてもらえたほうが格段に効率は良いはずだ。
「これが『あ』、これが『い』――」
フォルスト陛下が並べられている文字を全て声に出して教えてくれた。
「なるほど、大体わかりました。これなら本も読める気がします」
「まぁそう焦ることもあるまい。まだ一度読み上げただけではないか。それに、読むことができても文字を書くことは……」
「陛下が教えてくださったおかげで、多分出来るかなぁと思いますが……」
「はっはっは……。そんな一瞬で全ての文字を暗記できたと? では、せっかくだ。少しクイズを出そうか」
文字表は隠され、フォルスト陛下が言う文字を、私は書いていった。
「バカな……。全て合っている」
「ちゃんと覚えられていてホッとしました」
「まさか一度しか読み上げていない文字を、本当に全て覚えてしまうとは……」
「陛下の教え方がわかりやすかったからですよ」
そう言っても、フォルスト陛下はなにやら少し疑いの目をしていた。
だが、少ししたらフォルスト陛下は納得したかのように頷く。
「すまない。フラフレ殿が実は文字を読み書きできる上で教えを求めたのではないかと、少し疑ってしまった……。あまりにも暗記力が優れていたのでな……」
「そんなに気にしないでください。せっかく教えていただいているので必死に覚えただけですから。それに、一度で覚えられないとお仕置きがあるのでしょう?」
「お仕置き?」
「王族が一度言ったことは、全て覚えていないと罰があるものじゃないですか」
「はい?」
ハーベスト王国ではジャルパル陛下から言われたことを忘れてしまった場合や聞き逃したときには、必ず殴られるか食事抜きの罰が待っていたものだ。
だから私は常に集中して、言われたり見たりしたものは確実に覚えるようにした。
「つまり、フラフレ殿は今までなにかしら上手く覚えられなかったらお仕置きを受けてきたということか?」
「あ……、えぇと……。お仕置きと言っても、ご飯がちょっと減ったり?」
「なぜ質問してくるのだ」
やらかしてしまった!
私が当たり前だと思っていたことは、リバーサイド王国では違うらしい。
いや、改めて考えると、私だけ受けていたお仕置きだったのかもしれない……。
「一体誰にそのような酷いことをされてきたのだ?」
「えぇと……。それは、……言えません」
フォルスト陛下のことだから、告げ口してしまえばきっと文句を言いに行くなど、なにかしらの行動を取りそうだ。
しかも相手はハーベスト王国の国王だ。
これが引き金で国同士の仲が悪くなったり、物の売り買いができなくなったりでもしたら大変なことになるだろう。
だから、断固として黙秘を貫いた。
今までの苦しみを聞いてほしい気持ちをグッと抑えながら。
「無理に問うつもりはない。これ以上は詮索しないでおこう」
「ありがとうございます……」
「だが、これだけははっきり言っておこう」
フォルスト陛下の堅かった表情が急に穏やかになった。





