124話 フラフレはミーリの看病をする
ハーベスト王国王宮の医務室にて。
リバーサイド王国の医務室よりもこじんまりとした感じだ。
王宮直属主治医が扱っているような専用の道具などは置いてなく、ただ休むだけの部屋のように見える。
フォルスト様は騎士団長らと早急に対談をする必要があったため、隣の応接室へ。
私の護衛としてアクアが同行して医務室の外で待機している。医務室内にも強そうな人たちがいっぱい。
王宮直属主治医がミーリの腕に触れる……。
――プスッ
「これでしばらく様子を観ましょう」
「ありがとうございます」
「え’’っ!?」
王宮直属主治医もハーベスト王国に同行していた。
長距離移動の長旅だから、誰かしら体調を崩してしまうかもしれないということで一緒だった。
幸い彼の活躍はなかったから平和にハーベスト王国に来ることができたものの、やはり彼が必要だったのだ。
ミーリの容態が危ないため、馬車内で待機していた彼を呼び出し医務室へ来てもらった。
初めてプスっとするところを客観的に見ている。
針が腕に刺さるところを見ただけで、私はウッとなってしまった……。
そりゃ毎回プスっとされたら大声で騒ぐわぁ……。
だがミーリはなにごともないかのように平然としていた。
ミーリが無表情でいられることに驚いてしまった。
「すごい……叫ばないなんて」
「ふっふっふ……。初めてフラフレさんに勝った気がしますわ」
「痛いのに強いんだね」
「チクッとはしますが、騒ぐほどではありませんわよ」
「すごいなぁ……」
とはいえ、顔色はまだ青ざめている。
ゆっくり休んだ方が良いと思うから、ベッドの布団をかけて寝かせた。
「ありがとうございます。でも、休んでいる暇もありませんわ」
「いえ、明らかな栄養失調。それも当時のフラフレ様よりも深刻な状況ですよ。しっかりと栄養あるものを食べつつ三日ほどは絶対安静にした方が良いでしょう……」
「そんな……。呑気に休んでいたら非難殺到してしまいますわ」
ミーリが横になりながらうろたえている。
せめてもと思い、ミーリに渡そうと思っていた花を大荷物のかばんから取り出した。
もちろん医務室内で花を出すことの許可は得ている。
「これはもしかして……」
「うん。ミーリが大事に育ててくれた花だよ。枯れないように土も一緒に持ってきたんだー」
「懐かしいですわ……」
ミーリがとても喜んでいる。
花が大好きなミーリが一番喜びそうなものを選んでおいて良かった。
「ありがとうございます。眺めているだけで、なんだか元気が出てきますわ」
「ミーリにとって、私のどろんこあそびみたいなものだよね。だからこの花かなぁと思って」
「花を眺められるのも久しぶりですわ……」
楽しそうにしているミーリを見て、王宮直属主治医が感心していた。
「明らかに顔色も良くなり容態も回復傾向のようです。フラフレ様の時もそうでしたが、聖女は精神面が健康に対して特に大きく影響されるような気がしますね」
「あまり意識したことはありませんでしたわ……。それよりもあなたの用意してくださった栄養剤のおかげで回復してきたと思いますが」
「先ほど注入した液体は、フラフレ様が育てた野菜を原料として作ったものです」
「あら、でしたらフラフレさんにも助けてもらったようなものですわね。ありがとうございます」
「私は全然関与してないからわからないよ。それよりも王宮ちょくじょちゅしゅじーの腕が良いからだと思うよ」
私の育てた野菜が使われていることはとても光栄だ。
だが、どうやって元気になるような液体に仕上げているのかは全くわからない。
私のことよりも、もっと彼を褒めてほしい。
「また謙遜なさって。あなたも針を打ってくださりありがとうございます。えぇと、あなたの名前は?」
「王宮直属主治医です」
「あ、いえ。ですから本名を……あ、本名はなにかご事情があって名乗れないとかでしょうか。でしたら――」
「いえ、本名が王宮直属主治医なのですよ」
ミーリがちょっとばかし驚いていた。
なんでだろう。
王宮直属主治医は王宮直属主治医だと思うのだけれど……。
「大変失礼いたしましたわ」
「いえいえ、時々聞かれますが大体は王女殿下のような反応をしますよ」
あ、あれ?
ずっと違和感なく本名だと思っていた私はいったい……?
「改めてありがとうございます。王宮直属主治医さん」
「ははは、さんづけなどいりませんよ」
ミーリは噛まずに一発で名前をはっきりと言う。
一方、いまだに噛んでしまう私。
「それにしても、フラフレさんとこうして無事に再会できるとは思っていませんでしたわ」
「フォルスト様たちが動いてくれたおかげだよ」
「あなたもでしょう? わたくし、一生地下牢に閉じ込められる覚悟でいましたわ。助けてくださりありがとうございます」
「本当に無事で良かったよ……」
ミーリはどことなく不安そうにしている。
「ですが、安心してもいられませんわ」
「え?」
「特にフラフレさんはすぐにでもこの国から逃げた方が良いですわ」
「なんで?」
「伯父様、ジャルパルが地下牢にいませんでした。きっと知らない間に脱獄をしていたに違いありませんわ」
「うん。それは知ってるよ」
「え?」
「バルメル陛下が白状してて、陛下の部屋に隠れているんだって」
しかしミーリの表情が曇る。
「おかしいですわね……」
「なにが?」
「ジャルパルが帰国し捕まったときのこと。たしかジャルパルと一緒にリバーサイド王国へ行った死刑囚三人も地下牢へ放り込まれたはずですわ。でも地下牢には誰もいなかったのです」
私の大事な金貨を奪った人たちのことだろう。
「その死刑囚も脱獄したとなれば、フラフレさんもここにいては危険ですわよ……」
「うん、気をつけているよ」
「随分と落ち着いているのですね」
「フォルスト様やアクアたちが一緒にいてくれるし、今その会議をしているところなんだ」
「本当にフォルスト国王はすごいですわね……ふう……」
ミーリはやっと安心したようで、ゆっくりとまぶたを閉じた。
相当疲れていたようで、すでに寝息をたてながらぐっすりと眠っているようだ。
「あのプスって刺すやつ、本当にすごい効果なんですね……」
「以前はここまで即効性が高いものではありませんでしたよ。これもフラフレ様の野菜を原料にしているからこそです」
「全く自覚はないです……」
王宮直属主治医がふふっと笑みをこぼして、今度はミーリを見ながら心配そうな表情に変わる。
「彼女にとって、大変なのはこれからかもしれませんね……」
「え?」
「今後ミーリ様が国王代行もしくは自ら女王として動くのでしょう? そうなると、民衆だけでなく貴族をまとめあげるのも相当な苦難になるかと思いますよ」
なんでだろうと思って詳しく聞いた。
「ただでさえ二代に渡って国家壊滅をも起こしかねないほどの問題をした。そしてその後継がそのご子息ともなれば、そもそも信用がありません。本来ならば前国王の責任を家族揃って償うのが普通ですから。ハーベスト王国でなければ、間違いなくミーリ様も処罰、最悪処刑されているほどの状況なのです……」
「そうだったんだ……。でもミーリは悪いことなんてしていないのに」
「確かにその通りです。しかし、信用とは厳しいものなのですよ。いくら聖女様とはいえ、この信頼回復は相当なまでの難易度かと」
世間は厳しいし難しいんだな。ミーリはすごく頑張ってきたんだし、なんとかならないかなぁ。





