滝ふたば 1
ゾンビというものは、人類の敵としてやみくもに打ち倒すべき敵なのか?
これまで、ゾンビというものに対して頭ごなしに否定していた人々の間でゾンビに対する考え方が、最近では少しづつ変化しているように思われる。
「ゾンビは、使い方によっては、存亡の危機に直面する人類にとって危機回避への最大の切り札となり得る」
このような風潮の変化には、ミスターシンメトリックの研究の成果が大いに貢献しているのだ。
(有力エッセイスト 車虎吉)
「ゾンビテクノロジーであるのか、あるいは、装着した者をヒーローに変えるパワースーツであるのか、人々の未来をどちらに託すべきなのか。わたしたちの町はその態度をきちんと表明すべき時期が来るということもあり得るよ」
都の文教予算のための質疑の中で、この奇妙な語尾を都知事が発した。
それは、膨大な予算をパワースーツ開発に投じたことが、失政であったことをそろそろ認めざるをえなくなった都知事の忸怩たる心境を表明していた。
ゾンビテクノロジー派が、表だった攻勢をかけてきそうだ。確かに多くの人はそういう予感があった。
しかし、まだ、パワースーツの支持者は、負けを認める気はさらさらなかった。
パワースーツ派の代表は、今をときめくゾンビ研究家ミスターシンメトリックの実の娘、滝ふたばである。
滝ふたばは、都のパワースーツ研究部門の開発責任者である。
ゾンビ派を代表する父とパワースーツ派の娘との間で繰り返される論戦は日本中の関心を引いた。
当然、マスコミも注目した。
今日における、ゾンビ派と、パワースーツ派の対立は、父、ミスターシンメトリックと娘、滝ふたばによる壮大な親子喧嘩とも見ることができる。
その日も、東京を終末の到来を予感させるような広がりのない空が覆っていた。
滝ふたばがコーヒーパーラー「ライフ」に入ってきたとき、装着していたパワースーツの光学迷彩を「入(ON)」にしていた。
コーヒーパーラー『ライフ』のマスターは、滝ふたばが入ってきた時の人の気配で、滝ふたばの父であり、嘗ての自分の上司であったミスターシンメトリックのことが頭に思い浮かんだ。
うかつにもせよ、マスターは、その気配の主が、滝ふたばであるとは、思わなかった。
その滝ふたばが、ゾンビの出入りが噂されるコーヒーパーラー『ライフ』を訪れることを、マスターはまったく予期していなかった。
コーヒーパーラー「ライフ」のマスターは、光学迷彩によって、透明人間化した正体不明のめんどうな客に対応する事になった。