滝ふたば再登場
滝ふたばが、立ち去るどコーヒーパーラー「ライフ」には、マスター一人になった。
マスターは、滝ふたばとは、やりあったが、マスターの心には嫌な思いは少しも残ってはいない。
それどころか、強弁して、決して譲らない滝ふたばに、彼女のパワースーツ開発への本気の情熱が、マスターは、頼もしくも、嬉しくもあった。
コーヒーパーラー『ライフ』の店内に残ったマスターは、滝ふたばが自分も昔抱いていたパワースーツに対する理想をいまも抱いているのだなぁと思った。
かっては、マスターも滝ふたばの父、シンメトリックもパワースーツの開発に邁進する仲間であった。
しかし、コーヒーパーラー「ライフ」のマスターも、シンメトリックも、パワースーツの開発から離れてしまった。
しかし、滝ふたばは、パワースーツの開発に一層の情熱を注ぎつづけたのだ。
だから、滝ふたばには、あれほどのこだわりが生まれるのだろう。その理想は、マスターの日常生活の中では縁遠い物になっていた。
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しばらくすると、クリーンスタッフの社員、高見沢治美から、電話が入った。
今から、高見沢治美は、例のクスリを受け取りに来るというのである。
マスターは、なぜか、高見沢治美に、滝ふたばが来店していたことを告げた。
「滝ふたばさんていうひと、いま、ヒーローズアカデミーの中でとても苦しい立場に置かれているそうですね」
「演劇仲間の情報なんですけどね……パワースーツの開発ですけど、いろんな不都合で暴走事故が頻発しているそうなんですよ」
「このままだと、パワースーツ開発計画に支障が出かねないそうです」
「そうか、来たときにでも、詳しいこと教えてよ」
マスターはどきりとした。コーヒーパーラー「ライフ」には、誰もいないはずなのに、人の気配を感じたからである。
――あの滝ふたばが窮地に陥っているだって?
ここに滝ふたばがいて、高見沢治美との会話の内容を聴かれているとすると想像すると、マスターは気まずい気持ちになった。
マスターは、手短に電話を切った。
マスターは、五感を研ぎ澄ましてみた。
すると、マスターは、自分以外は誰もいないはずの店内に、人の気配を感じた。
――おや?
マスターは、だれも姿が見えないのに、誰かがいると確信できた。姿の見えない誰かに向かって話しかけてみた。
「なにか忘れ物でも?」
「……」
マスターは、忘れ物をして舞い戻ってきた客用のおきまりの言葉で話しかけた。しかし、返事はなかった。
「やっと確認できましたよ」
「滝ふたばさん。その光学迷彩には、ホツレの部分があります。そこから、唇あたりの輪郭が丸見えですよ」
マスターは、そう言うと、店の空間ののある地点を指さした。
滝ふたばは、マスターが指さした地点に姿を現した。
「うまくいくと思ったのに。二流の光学迷彩の技術者は、クビにすべきね」
滝ふたばは、チッっと舌を鳴らした。
マスターと滝ふたばとの間に気まずい空気が確かに生まれた。
気まずい空気の中で、最初に言葉を発したのは、滝ふたばであった。
「ついに、現場を押さえました。私が動かぬ証人です。それに証拠もあります」
「思っていたとおりです! 」
「ベータミンCの不良品をこの店で売りさばいているみたいですね。アコギにもうけているわけね」
マスターは、滝ふたばの無礼をたしなめてみた。
「隠れて、人の話を立ち聞きするのは良くないのでは」
滝ふたばは、決まりの悪さというか、いたたまれなさを、打ち消そうとしてかマスターに攻撃をしかけた。
というか、滝ふたばは、人に弱みをみせまいと、必死なのだろう。
滝ふたばは、人に同情をかったり、憐れみをかけられるのなら、死んだ方がまし。
武器として、コーヒーパーラー『ライフ』のベータミンCの取引を記録した裏帳簿を開いていた。
滝ふたばは、光学迷彩で姿を隠して、戸棚をあら探しして、裏帳簿を見つけていたのだ。
「それは、嘘だ。金儲けではない。もうける気はない」
マスターはおちついて答えた。
滝ふたばは、黙ってなかった。
「お金のためよ。見え透いている。もうけている」
「それは、ないといっているだろう」
「もういいから、帳簿を置いて、本当に返ってくれ。滝ふたばさん、君をお迎えの車が到着したようだ」
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その時、リムジンがコーヒーパーラー『ライフ』の前で止まった。
「本当だわ!」
「誰か人をよこしてくれるって連絡が入ってたわ」
「でも、車はいくらでも待っていてくれます。
滝ふたばは、昔のことを蒸し返した。
「ところで、あなたは、ゾンビの女がいて、そのために、その女のために、薬の研究をするために、パワースーツの開発を捨てたのよ!」
マスターが、滝ふたばの手元をよく見ると、滝ふたばは、ずうずうしく、帳簿の他にも、使い古したノートをめざとく見つけそれを手にしていた。
勝手知ったる他人の家という、間柄でもないはずだが……。そのノートも、滝ふたばはチェック完了さしてしたところの様子だった。
滝ふたばのこそ泥は、常習犯の熟練の度合いであった。
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滝ふたばは、すでに何もかも調べ上げていたのか。
「ここに、薬の取引の経緯が、記されている。あなたは、不幸なゾンビのために、この仕事に手を染めたのね。それだったら、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地があるかもね」
「早く返してくれ。分かっただろう。あなたの欲しがっているようなものは、扱っていないんだ」
「ほかもに帳簿があるはずね。裏の裏帳簿って言うやつ。ところで、私の欲しがっている物って? 逆に私が知りたいわ、アハハ、アハハ」
滝ふたばは、すこし下品な笑い方をした。
「どうしたんだ。なぜ、笑う」
マスターは、聞いた。マスターは、さらに何かを予感した。マスターは、さらに不安になった。
「あなたの秘密を知ったのよ! 偶然ね」
「アハハ、アハハ」
滝ふたばは、帳簿の中から一枚の写真を取り出した。
それは、新しい写真だった。そこには、マスターが隠し持っていた滝ふたばと滝ふたば娘の、滝ケートのツーショットであった。
滝ふたばは、笑い続けた。マスターは黙り込んでしまった。それを見て、滝ふたばの笑いはさらに激しさを増した。
自分を負け犬と哀れむ相手には、滝ふたばは、虚勢をはってでも勝ち誇って見せたいのだ。