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忍びの長に嫁ぐ日  作者: 沢口ゆま
2/3

出逢い~風雅璃空side~

R18展開にはなりませんので、安心してお読み下さいませ。

俺がその女性と出会ったのは、約5年程前になる。


いつもの任務とそれに付属する激務と呼べる程の山のような書類を片付け、逃げるように飛び出して直ぐである。


休暇を取ったのは約半年振りになるだろうか。


自分の領地に居ては、部下が顔を見かける度に仕事を持って来るため、帝の御座(おわ)稲穂国(いなほこく)の首都【彩杜(さいと)】まで足をのばした。


(いろど)りの(もり)という字のごとく、首都でありながら各所に木々が植えられ、公園なども整備されている。


緑を眺めて散策するだけで、心が洗われるようだ。


目的もなく、ただのんびりと歩いていると、ふと女性のはしゃぐ声がした。


黒耀丸(こくようまる)!さあ、次はこっちよ!」


女性が何かを投げると、子犬がそれに向かって走る。

フリスビーでもして遊んでいるのかと思ったが、それを見た瞬間に驚愕した。


子犬が、投げられた木の輪らしき物体の前に回り込むと、光の膜が展開され物体を弾いたのだ。


(あれは防御結界か?魔術・・・いや、仙術か!)


ただの犬では無いのかも知れない。

次々と繰り返されるが、一度たりとて失敗は無い。


(ウチの忍犬は攻撃力は高いが、他の応用は難しい・・・欲しいな)


そこで女性に声をかけることにした。


「その犬が欲しいのだが、譲ってくれないか」


次の瞬間、言葉選びに失敗したことに気がつく。

女性が激怒したのだ。


確かに風雅でも、忍犬と調教師は家族同然の絆で結ばれており、信頼関係を築いている。今の自分の言葉は、簡単には言ってはならないものだった。


礼を失した自分を罰する為、彼女の怒りを甘んじて身に受けた。


―――だが正直言うと、彼女を侮っていた。

彼女の拳は風雅一族の戦闘訓練でも受けたことが無いような、鋭く重い一撃だった。

おそらく肋骨が2・3本折れているだろう。


そこでふと考え至る。あの子犬に仙術を教え込んでいるのだから、彼女も仙術が使えるに違いない。

どうやら仙人としての素質があり、修行もしたのだろう。

武人としても相当な手練れだ。


実は、彼女についての情報は、今回見て得たものだけではない。

以前から仕事で見かけていたのだ。


任務を終え報告する際に訪れている、太陽神殿の経理担当者だ。

職場で見かける彼女は髪をまとめ、眼鏡をかけていて、いつも背筋を伸ばし毅然としている。

経理一課に勤める彼女は、試験も審査も別格の厳しさを乗り越えて合格をものにした、この国のエリートであることは疑いようがない。


今の彼女は、背の中程まで伸ばしたストレートの黒髪に、紫色の瞳が太陽光を浴びてきらめいて見える。

眼鏡をかけていないため、表情の変化がよく見える。泣いたり笑ったり忙しい。


彼女の表情が変わる度に、心がさざめき、感情の制御が(まま)ならない。らしくない自分に戸惑う。


「仲直りの握手ね!」


そう言って差し出された手は、とても小さく華奢(きゃしゃ)であり、加えて『仲直り』という行為も初めての為に、柄にもなく照れてしまった。


そして、俺が熱を出していると発覚する。体調を崩すなど幼少の頃以来だ。

自分でも気がついていなかった事実に驚いていると、彼女は呆れたようだ。

だが、更に信じられないことを彼女は言った。


「私が住んでるところがすぐそこだから、一緒に来て」


まさか女性の部屋に招かれているのだろうか!?


いつもならば、身分の高い自分に近づく女性には、ハニートラップを警戒する。

だが、公然たるエリートであり、自分にも他人にも厳しい、太陽神殿の経理一課の人間が、そのような真似はしないと断言出来るだろう。

それ程までに、彼女の職場の潔癖さは有名だ。


それに目の前にいる彼女からは、疚しい雰囲気は微塵も感じない。

あくまで俺を心配しているのだろう。

それが少しもどかしくも思えた。


部屋へと招かれた俺は、即座にベッドへと寝かし付けられる。

まるで子供のような扱いだ。

こんな対応は自分の家でもされた事が無い。


体温計で計られた熱が高く、彼女も自分も驚いた。

だがやはり女性の部屋にいると、少し気恥ずかく、居たたまれない。


迷惑をかけないように出て行こうと起き上がろうとしたら、彼女に押さえられた。

その時に肋に痛みが走る。


しくじった。と、再度思った。


彼女は責任を感じて泣き出してしまったのだ。


慌てて俺は、自己管理が出来ていない自分のせいだと主張する。

更に、慣れない冗談まで言ってしまった・・・と言うか、冗談だと通じただろうか?

あまりに自分らしからぬ思考に、自信が無くなる。


だが、彼女は笑ってくれた。


感情をあらわにする彼女は、俺の周りにはいないタイプだ。

俺は彼女の涙を右手親指で拭い、見つめる。


視線に熱が籠っているのが悟られてしまったのか。それとも、顎に添えた手を気にしているのか。


彼女は身動(みじろ)ぎをして、離れようとしたが、体勢を崩した。

俺は彼女が転ばないように支え、抱き締めた。


跳ねる鼓動は、彼女のものか、それとも俺のものか・・・。


ふと気がつくと、彼女は耳まで真っ赤になっている。

そして緊張のせいか、手も震えているようだ。

抱き締めた体勢を少しだけ弛め、彼女の手を握る。


そして瞳をジッと見つめて言葉を紡いだ。


「こんな気持ちになったのは初めてだ。出会ったばかりだというのに、こんな事を言う俺を軽蔑しないでほしい。だが、今までに口にすらしたことも無いというのは、知っておいてほしい」


そこでいったん言葉を区切り、そして続けた。


「・・・俺と付き合ってくれないか?」



彼女は顔を赤らめたまま、口をパクパクさせて言葉を失っている。


あまりの可愛さに理性が飛んだ。


頭の後ろに手をまわし、腰も掴んで引き寄せる。


そして彼女の唇をふさいだ。

小さく柔らかな唇をついばむように、何度も口付けた。


そこで一旦顔を離すと、更に赤面した彼女は全身プルプルしていた。


心臓が破裂しそうな程、緊張している彼女を見て、少なくとも自分を意識してくれていると判断して、嬉しさを感じてしまったのは仕方がないだろう。


「すまない。あまりに可愛くて抑えられなかった」


そう言って再び抱き締め直す。

背中をさすって落ち着かせること暫し。


数分経過してから彼女は言う。


「・・・会ったばかりの、どこの誰とも知れない一般人に、高貴な身分の貴方が言う台詞と、する行動では無いでしょ!」


からかわれているとでも思っているのだろうか?


「俺は本気だよ。家に帰ったら、即刻家族にも伝える。それに、君が俺を知っているように、俺も仕事で君を見ていたよ」


俺が彼女について認識していたというのは、予想外だったらしい。


「私ね、今の仕事に就けた事を誇りに思っているの。だから今は仕事だけに集中していたい」


経理一課に合格者が出たのは、実に4年ぶりだったか。

それ程までに狭き門をくぐり抜けて職に就いた彼女は、まだ働き始めで覚える仕事も多く、心身共に余裕が無いのだろう。


「だが俺は君を諦めたくはない。仕事が優先と言うなら、俺も現状は同じだ。君の負担にならないように気を付ける。だから頼む・・・!」


俺も東の領主の座を父から引き継ぎ、さらに忍の風雅一族の十七代目空也を襲名したばかり。


余裕が無いのは俺の方だ。

だがもう彼女を手離す気は無い。


必死に頼み込んだのが功を奏して認めらるのか、はたまた思考を放棄して後回しにされるのか・・・どうやら今回は後者の方らしい。


「きっと熱が高くて、正確な判断がつかなくなっているのね!休めば落ち着くでしょう!」


彼女は俺の肋に治癒術を施し、布団をかけ直した。


「後で食事を持ってくるから、しっかりと眠って休養してちょうだい」


有無を言わせぬ態度で、子供を甘やかすように頭を軽く撫でて立ち去る。


そんな風に扱われた事の無い俺は、不思議と心地よさをおぼえて眠りについた。


自分が思っていたよりも疲労が蓄積していたらしく、午前中に休んだはずが、昼にも目覚めず眠っていたため、彼女は気をつかって起こさなかったようだ。


俺が目を覚ましたのは、夕飯時の午後7時になってからだった。


彼女の作った夕食は、病人にも優しく消化のいい品が中心だった。

「毒味だよ」と言って、目の前で先に食べて見せる彼女に、そんなことは気にしなくてもいいのにと思ったが、一生懸命な姿を見ていたくてそのままにした。


「もう暗いけど、宿泊場所は決まっているの?」


心配そうに確認してくる彼女に悪戯心が沸く。


「いや?決まってないんだ。ここに泊めて欲しいな」


言って手を握ると、アワアワと恥ずかしそうに焦っている。


「ぐ、具合が悪そうだから泊めてあげるけど、私はダイニングで寝るから!別室だからね!」


優しい彼女は、熱があり怪我人でもある俺を泊めてくれるようだ。


「他の男は泊めたらダメだよ」


俺は思わすそう念押ししてしまった。なんだか流されて騙されそうで心配になったのだ。


するとモジモジしながら反論された。


「泊めないよっ!」


そう言う彼女がいじらしく、軽く抱き寄せてしまったのは悪くないだろう。


その後、熱で出た汗を流すために風呂を借りて、彼女の兄のために買ったという服をもらって着替えた。

どうやら同じ位の体格らしく、服のサイズはピッタリだった。


「添い寝はしてくれないのか?」


そうからかってみたが、プイっと顔ごと視線を反らされる。

自分らしくない言葉ではあったが、彼女の前だと自然と出る。


つれなく袖にされたが、今日はここまででいいだろう。

あまり強引にして嫌われたくない。


これまでの人生で、最も幸福で安らげる1日だった。

彼女が使用している柔軟剤の香りがする布団に潜り込むと、すぐに瞼が重くなり、深い眠りに(いざな)われた。




―――次の日の朝、今日は日曜日なので神殿も休みである。


俺が目覚めると、朝食の支度をしていたのか、キッチンに彼女が立っていた。


「おはよう!具合はどう?ちょうど朝食ができたけど食べれそう?」


パタパタと近寄って来て、俺の額に手を当てた。

そして熱が下がっているのを確認すると、ホッとしたようだ。

続いて肋を確認しようと服に手をかけられる。


「あー。服を脱がされると、理性が持たない・・・」


ボソッと呟くと、彼女は後退った。

だが捕まえて抱き寄せ、軽く髪に口付けをした。


「すまない。冗談だからあまり警戒しないでほしい」


「もうっ!早く席に着いて!」


体を押しやられて離される。

席に着いて顔を会わせるとふと思った。


「そういえば、キチンとした自己紹介をしていないな」


「本当ね・・・じゃあ私からね。葵花音(あおいかのん)18歳。花音って呼んでね」


「俺は風雅十七代目空也、24歳だ。だが君に・・・花音には子供の頃の名前、璃空(りく)と呼んでほしい」


お互いに名乗ると、顔を見合せ微笑む。


「何か照れくさいわね。・・・ところで肋はもう痛くない?」


まだ気にしているようだ。


「ああ、もう大丈夫だ。昨日の治癒術が効いたよ」


向かい合っている彼女の手を取り、指先に口付けを落とす。


まだ慣れないのだろう。赤面している。


そうして2人で朝食を摂ると、和やかな雰囲気で会話をした。


熱を出し、怪我をしたおかげで、思いがけずに幸福な時間を過ごせた。


だが俺はそろそろ領地に戻らなければならない。


着替えをすませて部屋を出る。

外まで見送りのために付いて来てくれた彼女に問う。


「・・・また来てもいいだろうか?」


迷惑では無いだろうか。そう不安になったが、彼女はそれをあっさりと解消した。


「もちろんいいよ・・・なんか噂の人物とは違って心配だからね。黒耀丸を璃空の助けになるように鍛えておくよ」


彼女は黒耀丸を抱え上げて見せる。

俺が子犬の頭を撫でると、手を舐めようとジタバタしている。

その様子を微笑ましく見守る。


「いいのか?」


この可愛い子犬を風雅の忍犬として活動させていいものか。

申し訳なく感じて再度聞く。


「璃空は本当に不器用だね。甘え方が下手なのよ」


仕方がないなぁ。という苦笑いを浮かべている。


「・・・待ってる」


そしてポツンと呟き、彼女の方から抱擁をしてくれた。



まるで夢のような1日だった。



風雅の領地へ帰り、早速父親へ彼女の存在を報告する。


すると何処から聴いていたのか、わらわらと伯父4人と、兄弟4人が部屋に入って来て話しに加わる。


風雅は男系の一族で、男性の出生率が高い。

父親には4人の兄がいて、俺には4人の弟がいる。

どちらも男ばかりの5人兄弟で、同じ部屋に集合すると、やたらと狭くなる。


「兄上がそこまで言うなら、いい人なんだろうね」


俺の2歳下で22歳の暁斗(あきと)は肯定的だ。

黒髪に鳶色の瞳ばかりの兄弟の中で、唯一の赤髪の持ち主である。

肩甲骨辺りまでの、ややうねりのある癖毛をハーフアップにしており、明るい薄茶色の瞳をしている。


「えぇー。実際会ってみないと分かんねぇじゃん!兄貴には悪いけど、まだ認めねぇ」


19歳の弟、鋼輝(こうき)は、まだ認めたくないようだ。

兄弟で一番髪を短く切っており、活発なイメージがある。


「兄さんの判断が間違ってた事はないでしょ。でも自分の目で見たいのは確かにそうだよね」


17歳の弟、水月(みづき)は、信頼をにじませつつも、判断は見てから、という慎重な考えのようだ。

肩の上で切り揃えられた髪は、サラサラのキューティクルヘアで、天使の輪が浮き上がるほどの艶がある。


「兄ちゃん!姉ちゃんが欲しいから早く連れて来て!」


14歳の弟、東風(こち)はきっと何も考えていないのではないだろうか・・・。

俺と同じように、伸ばした髪を一本結いにした髪型をしており、実際に「真似してる!」と公言してはばからない。


「どんな相手なんだ?」


父、崇光(たかみつ)に質問され答える。


「太陽神殿の経理一課に勤めていて―――」


「おや凄い娘さんだね」


『絶対に逃がすな!!』


「あー。一刻も早く連れて来てくれないか?僕の仕事を手伝ってほしいんだけど…」


俺が言い終わる前どころか、言い始めてすぐに、伯父達が口早に言葉を被せてきた。


一番上の伯父から順に、天音(あまね)と、双子の雷太(らいた)風太(ふうた)、それから(ほむら)である。


父はその様を見て苦笑いだ。


「その相手では、こちらの方が頭を下げなければいけないね。でもまだ若いのだろう?その職場に就いたばかりでは、結婚などもまだ考えていないのではないか?」


さすがは先代。相手の心情と実情をしっかりと把握している。


「その通りだ。仕事に集中したいと言われたよ。でも諦めるつもりは無い」


『その意気だ!!』


双子の伯父達は息が合っており、全くの同じ台詞を同時に放つ。


「もうひとつ報告すべき事柄がある。仙術を使える子犬を譲ってもらえることになっているよ」


「ほぉ!それは更にその娘さんの重要度が増したね。護衛をつけた方がいいのではないかい?」


そんな天音の言葉に俺は返す。


「いや、いらないと思う。彼女は俺の肋骨を3本、即座に折れるほどに強いから」


『は?』とか、『まさかあり得ない!』


等という、家族一同の驚愕の声が、風雅の屋敷に響き渡った。











真面目な璃空が家族に初めて女性について報告したため、親兄弟や伯父達は嬉しそうにはしゃいでいます。

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