かんちがい
初投稿です
「決めましたわ。私小説家になりますわ!」
夕方のおしゃれなカフェで突然こんなことを吉田さんが言い出した。突拍子もないことを言い出すのが吉田さんの癖だとは知っているが、小説家とはまた大きなことを言い出したものだ。
「小説家ねえ、また変なことをいいだしますわね。とはいえ、なりたいというのなら応援しましょう。」「で、いったいどんな話を書くつもりなんですか?」
どうせまた流行りの何かに乗っかったもんなんだろうな、この人の場合。年頃の女の子がたくさん出てくるアニメを見始めてから、最初は楽器から始まり、バイクや釣りといったものから、キャンプやサバイバル等の体を張るような、本人の口調には全く似合わぬ趣味に次々と手を出していき、その都度私も付き合わされたものだ。女の子が今度もどうせまた、流行りの鬼を滅していく時代劇ファンタジー作品に影響でも受けたのだろう。
「いずれは長編を書きたいんですけど、まずは短編、それも SS というものを書いてみますわ」
「短編、それも SS を書きたいですと?簡単に言いますね。長編を書く前に、短編を書いてみるというのはすごくいい考えだと思いますわ。大きな成功のためには、小さな成功体験を積み続ける事が肝要ですからね。しかし、SS を書くのはとても難しいんですよ。」
「そうなの?」
この人はそんなことも知らないのかな?あきれた話である、でもまあこの人が見切り発車しがちな人な昔からなので仕方ないこととあきらめるほかないか。
「いいですか、そもそも SS というのはショートショートという言葉の略でしてね、1920 年ごろのアメリカの雑誌のコスモポリタンってとこで考案されたスタイルなんですよ。明確な定義は定まってはいませんが短編よりも短い長さ、つまり文庫本でいうと1桁のページ数で終わるくらいの長さのもののことを言うんですわ。まあ、いろいろと有名な作者はいますけど、一番有名なのはやっぱり星新一さんですわね。」
「星新一?そんな名前の SS 作家がいたの?」
「星新一を知らないのに SS を書こうとしていたのですか、これだからあなたという人は。」
思わずため息が出る、無知だとしてもここまでひどいとは思わなかった。
「いいですか、星新一は生涯で1001本もの SS を生み出した SS 界の巨匠であり、巨人ですわよ。こんなのほぼほぼアンタッチャブルレコードですわ。この人のせいで SS を書くのは難しいんですよ。なんといっても私たちが思いつくような話は片っ端から書いてるんですから。」
「そんなにすごい人がいたのね、でもそうはいっても昔の人だから、今の私が思いつくようなものは書いてないでしょう。」
「いーや、書いていますわね。なんて言っても、そもそもの作風が出来るだけ通俗性っていうんですかね、具体的な地名とか人名とかが全く出てこないようなものですから、国境も時代も飛び越える普遍的な物語なんですわ。」
「本当ですか、それはすごいですわ。いやでも私が書きたい作品は最近の流行に合わせたものですから、被り問題はおきないですわ。」
「いや、星新一作品は時代を超えるって言いましたわ。現代のインターネット社会や公害問題、監視社会まで風刺したような作品を1970年代に書いてるんえすよ、きっと被ってしまいますわ。」
「いや、でも私が書きたい SS って鬼滅の刃の SS なんですわ。」
「そっちかい!」
ええい、恥ずかしい勘違いをしてしまった。SS といってもショートストリートと言われる、インターネットで流行っているもののことだったとは。アニメや漫画を元ネタにして台本形式で物語をすすめていく方だったとは。まさかまさかである。辛い。目の前のお冷を一気に呷り、顔の熱さをごまかそうとした。はずかしいはずかしい。私がそうこう自分のミスに悶えていると、目の前の吉田さんもお冷を一杯呷り席を立った。そして、伝票を手に取ると私に向かってこう言った。
「相談に乗ってくれてありがとう。ずいぶん助けになりましたわ。先に会計しておくから、好きなだけくつろいでな。」
助けになれたのはとてもよかった、しかし吉田さんはいつまで私に相談するのだろう。私も年頃の女性として関西弁丸出しな中年のおじさんに付き合わされるのはそろそろ終わりにしたいのだが。
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