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第1事件-7

「サティ先生が怪しいと、推測します。」


はっきりとしたルナの声に、ザグレブが眼鏡を押し上げる。


「根拠は。」

「…いくつか、まず…」


感じた違和感はあの廊下で嗅いだ血液の香り。

狩りを行うときに、獲物を裁くこともしていたが、その時に香る鉄分以外に微かに漂うものがあったのだ。

それに気が付いたのは、微かに香っていた香りを思い出し、同じ香りに触れることが出来たから。


「それが、サティ先生としても大衆販売のものならば、他が使っていてもおかしくない。」

「そうです。ですが、私が感じた違和感は香ってきた香水と()()()()()()()()もの。」

「香らなかったもの?」


ユアンが首を傾げてくる視線にルナが頷く。

ニパルマのように身に纏う香りはその人物の痕を残す。同じようにサティの香りはよく分かる。

ただ、駆け付けてきた彼女から香水の香りは無かったのだ。だからこそ、初めに駆け付けてきたのが誰なのか。ルナは姿を確認するまで分からなかった。


「そういう日もあるだろう。」

「そうです、ですがあの日は私たちのクラスに語学の授業がありました。その時はしっかりと、香水の香りがあります。」

「…何が言いたい?」

「香水を落とす状況に陥った、と。殺傷が先だとミレット先生から伺いましたが、動脈を傷付ければ返り血を浴びる。シャワーや着替えをしなければならない程に。」


ベットリと纏う赤を想像し、ルナは唇を噛み締める。

服の上に保護膜を張り、自分に飛ばないようにすれば着替えもなくシャワーの必要もないが、サティには魔力がない。

それに生徒であれば替えの制服など簡単に用意できるものでもないため、フェリスのサシェのように服へ香りは残るはずだ。


「あの血液の海はわざと作られているのではないでしょうか。自分の残り香を消すために。あの充満した香りは誰しも嗅ぎ続けていられません、今回カーマツ先生がしたように窓を開け、香りを吹き飛ばせば香水も残らない。もしかしたら、返り血や床へ自分を特定できるものがあったのかもしれません。それを消すためにも床へ血液を広げた。」

「…今はすでに清掃済だ、証拠を確かめるわけにはいかない。」


廊下を封鎖し続けることも不便であり、現状を保存しておくには凄惨なため、国公騎士団から紹介してもらい掃除屋を入れていたのだ。すでに血痕も何もそこには見えない。


「否定ばかりではあるが…サティ先生は女性だが大人だ。生徒よりは背が高い、あの切り口の説明は?」

「それは…推測ですが。サティ先生の噂はご存じでしょうか。」

「あまり名誉なものではない、異性交遊のことか。」


ザグレブの言葉にルナが頷く。

サティは一部の男子生徒と男女の関係を結び、成績救済と引き換えに貴族子息の立場から贈り物を受け取っているというもの。

根も葉もない噂、と断定するには怪しい事も多く学園内では触れられない闇とされていた。

この時代、経験はなくともどういう行為かは知ることが出来る。


「組み敷かれる体制となれば、下から至近距離で刺すことが可能です。」


ザグレブもユアンも口を開かない、いや、開けない。


「あくまで憶測です、ですが説明はつけられます。」

「フィオレンティーナ嬢が言うように不確定が多い。第一、凶器は?浴びた血液を他の廊下に落とさないまま、シャワー室へ移動できるのか?」


ザグレブの固い声に、ルナが視線を一度伏せた。

俯いた彼女はただの女生徒で、思わず厳しい口調をかけていたことに気が付いたザグレブが慌てて謝罪をする。

しかし、ルナが視線を下げたのは思考の中に入っていたから。

視線をあげた彼女のサファイア色の瞳が美しく光を受けていた。


「ユアン先生、人間の体で固い部分は何処か、お聞かせ願えますか?」

「最も固いのは歯ですね。他生物の歯は古来、刃としても使用されております。水晶と同程度の固さがあるとも鑑定されていますよ。」

「他にはどちらでしょう?」


ルナの問いかけに顎に片手をかけてユアンが、間を置いてから再度穏やかな口調で語り始める。


「骨ですね。頭蓋骨も固く、その次は大きな大腿骨です。あとは爪も固いですし、鍛え方にもよりますが大きな筋肉は固くなります。」

「有難うございます。噛みつかれたような痕ではありませんでした。骨も削り出すことが不可能です。ですが、人体には固くて研ぎやすく、整える際に痛みもでない部分があります。」

「爪...か...」


ザグレブにルナが視線を会わせ、小さく頷く。

サティはネイルアートをしており、長い爪や派手な色は授業でもよく目にしているのだ。

ほぼサティ自身の爪だとは思うが、一部はフェイクネイルとして模造爪を付け長さを合わせているらしい。


「自身の爪ならば殺傷後、切って捨てれば証拠には残らないです。模造爪を使用したとしても同様で、捨てて新しいものを準備すれば問題ない。これが私が推測する凶器です。」

「鈍器についてはどうなる?」

「あの廊下にはさまざまな教室があります。その中のひとつに、催事備品や過去考査資料を保管している倉庫がありますよね。」


人が一人通れる程度の狭さしかない倉庫は物置として、誰かが立ち入っている様子はない。ルナが言うまで、ザグレブもユアンも、その場所すら意識から抜け落ちていた。


「まるで見えない扉だな。目に捉えているはずが、開かないものとして意識から外していた。」

「人の脳は優秀であり、非常に曖昧でもあります。先生方のように誰もが、あの倉庫の存在を無意識に除外しています。そこならば、鈍器を置くことも、身を隠すことも出来るということです。」


そして、その倉庫の裏は語学準備室。

確認してみないことには確証を持てないが、ルナの推測としてはサティが男子生徒を人気のない場所に誘い殺害、凶器など一旦倉庫で身を隠す。壁一枚隔てている程度のため、あらかじめ通れる空間を確保しておき、倉庫から語学準備室へ移動。そこからきちんと綺麗にするためシャワー室へ行った、というのがルナの考えだ。


「フェリスが言いましたが、資料室へのあの近道はAクラスの生徒から聞いた、と。」

「サティ先生の担当クラスか。だが、倉庫の内の証拠も処分されていれば何も出来ない。」

「はい、これは臆測の範囲でしかございません。」

「…フィオレンティーナ嬢、いったい次は何をするつもりだ?」

「可能性を潰すために…サティ先生ではないと信じる為にも、調べないといけません。」


ルナの深海色をした瞳が、悲しそうに伏せられた。


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