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第1事件-6

テトラと共に、食堂で昼食を済ませ教室に戻る途中。フェリスはグロスを直してからくるらしい。

二人で他愛もない会話をしている中、廊下から香る甘すぎる匂いに思わず、ルナが顔を上げた。

今まで気がつかなかったのは、違和感なく毎日を過ごしていたから。


「サティ、先生…」

「ルナさん、テトラ君、そろそろ始めるわよ?ほらお部屋に戻って?」


クスリとほほ笑む姿が妖艶な大人で、語学教師というには珍しい派手な服装。

教師陣の服装は特に決まっていはいないので自由だが、サティはいつでも短いスカートをはいていた。

この姿に誘惑されている男子生徒も多く、人気は高いが、一部の女生徒からの人気は最低だ。


「サティ先生の香りは香水でしょうか?」

「これ?そぉよ、パッツァの新作。素敵でしょう?ルナさんも興味を持つ年頃かしら?」

「私はなかなか、狩りのときに獣に気付かれるので避けることを考えてしまいます。」

「「…」」


ルナの真面目な言葉に返答しなかったのはサティで、フォローをいれることすら出来なかったのはテトラ。

固まっている空気を解いてくれたのは、遅れてやってきたフェリスだった。


「どうかしたの?」

「あら、フェリスさん。元気になってよかったわぁ。」

「有難うございました、あの時は私、うずくまって震えるしか出来なくて。」

「仕方がないわ…私も思わず足を向けたけれど、何もすることが出来なかったから…残念な出来事だわ。さぁ、授業を始めるわよ。お部屋に入りなさい?」


無理に明るく口角を上げたサティが教室に入っていく。

その背中を慌てて、テトラとフェリスが追いかけていくのだが、ルナの足は動かなかった。


(そんな?でも、なんで…いや、たしかにあのとき…凶器は?)


振ってきた考えが信じられなく、ぐるぐると落ちる思考の中でふわりとサティの香水が強くなる。

思わず、ビクリと肩を震わせてしまった。


「ルナさん?どうかしたのお顔、真っ青よ?」

「え、と…先程、食べた昼食の量が多くて…少し、気持ちが悪くて…」

「まぁ!大変!ユアン保健医のところまでついていくわよ、無理しないで?」

「あ、えぇ…いえ、大丈夫です。」

「遠慮しなくてもいいのよぉ?生徒は先生に頼りなさい?」


いつもならば反応できるはずなのに、明確な敵意でないからこそ触れようとする手を振り払う理由がない。

そして、サティの笑顔はルナが何かに気付いたと分かっているのか、本当に善意なのかも読み切れなかった。


(どうしよう、どうしよう…こわ、い)


狩りのときも、リオの実践でも知ることのなかった人への恐怖心。

初めての感情に、ルナの思考が止まり、ただその場に立ちすくむことしか出来なくなってしまった。


「サティ先生。」

「!」

「あら、ザグレブ先生。ちょうど良かったわ、こちらの教室を少し見て頂ける?私はルナさんをユアン保健医まで付き添わないといけなくて。」

「授業の準備がそこまで出来ているならば、私がフィオレンティーナ嬢を連れていきましょう。」


ちらりと教卓の前に置かれている教材を見つめ、ザグレブがにこやかにサティに申し出る。

その時に、微かにだがサティの表情が歪んだように見えたのはルナの先入観だったのかもしれない。


「同性の方が宜しいのでなくって?」

「それは配慮が足りませんでした。しかし、私は何も持っておらず、ちょうど次の準備をしようとしていただけですので。それに化学準備室は保健室を通りますからお気遣いなく。」


教室内の生徒たちも廊下を伺い始めている為、これ以上長引かせているわけにもいかない。

サティが、教室の生徒へ目を向けて、少し逡巡した後ルナへ顔を近付ける。


「!」


「ザグレブ先生にお願いしても大丈夫かしら?フェリスさんも一緒に行く?」

「そ、そう…して頂けると、落ち着きやすい…です。」

「分かったわ、フェリスさぁん。ちょっと宜しいかしら?」


廊下に出たフェリスが、顔色の悪いルナと、その背後に立っているザグレブを見て「どうしたの?!」と驚いていた。無理もない、先程までは普通に会話していたのだから。


「少し気分が悪くて、保健室へ…」

「分かったわ、ザグレブ先生もですか?」


訝しい視線をフェリスが送るのは、ルナと何か関わっているのでは、と疑っているから。大衆の印象は地味な化学教師で準備室にこもる人、怪しい認識しか持っていないためにこういう視線を向けているのだろう。

サティについても、女生徒と一緒に歩かせるような人物ではないという考えをしているからの配慮だと思う。

ルナは心の中で疑ってしまったことを詫びつつ、頭を下げて教室を後にする。

しっかりとフェリスに肩を抱かれたまま、保健室に入ればザグレブがジッとルナを見つめて口を開いた。


「何か、思い当たることでも?」

「…可能性です。口に出すことを憚るほど、根拠のないもので…」

「判断するのは私たち大人に委ねなさい。」

「ザグレブ、言い方。こんなに顔色が悪い中、言葉を重ねても混乱するだけだ。フィオレンティーナ嬢、メラン嬢、温かい紅茶かココアどっちがいいかな?」


ユアンが穏やかに微笑んでポットを片手に、ザグレブの言葉を遮った。

二人にココアを入れたマグカップを手渡し、ザグレブにはパイプ椅子を。二人にはソファに座るように誘導してくれる。そこでやっと一息つくことが出来た。


「…有難うございます、美味しいです。」

「物理的に温めるにはこれが効果的ですから。ご令嬢の執事には敵わないほど、拙いものだけどね。」

「とんでもありません、ユアン先生のココアは美味しいです。」

「嬉しい評価ですね。そう言えばメラン嬢、悪い夢は見てはいないですか?」


フィリスが頷き、年相応に頬を染める。

ユアンはこの風貌と気配り出来る性格も相まって生徒から人気が高い。

家柄も伯爵に上がることが決まっている子爵の子息。本人曰く次男の為、自分に価値はないと言っているが肩書は十分だった。


「それは良かった。お伽話など幼稚過ぎたかと反省していましたから。」

「そ、そんな!ユアン先生のお心遣い、大変感謝しています!」

「照れますね。他のお話は図書館内にも蔵書があります。良ければ読んでみてください。」

「はい!」


元気良すぎる返事をしてしまったことを恥じるようにフェリスが俯きながらココアをすすっていた。

その姿を見つめ、ルナの気分も浮上していく。そして、ふぅ、と一息ついた後フェリスへ質問を投げた。


「ねぇ、フェリス。覚えていたら、で良いけれどあの地図倉庫への道、誰から聞いたの?」

「え?随分前、だから…たしか、Aクラスの生徒かしら?花の授業で一緒になって、そこで、だったと。」

「ならもう一つ。フェリスのその香りは香水?」

「あぁ、これは自室にサシェを置いていて持ち物や服、髪にまで香りがついてしまうの。シャワーを浴びたくらいじゃなかなか取れなくて。ルナはこの香り苦手だったかしら?!」

「ううん、この香りは好き。フェリスらしくて華やかで優しくて、良い香りだわ。」


ふ、と何気なくフェリスの首元に鼻を寄せれば、ボッと瞬時にフェリスの頬が染まり出した。


「ん、もう!こうだから、ルナが子息なら、という令嬢が後を絶たないのよ!」

「私は令嬢よ?」

「だから勿体ないの!もう!元気になったのならば良いけれど…」


顔色も血の気が戻り、ルナの思考もいつも通り働き始める。

そして、にこりと笑みを浮かべユアンとフェリスへしっかりとした声を出した。


「もう少しだけ休ませていただきたく…先に戻っていてくれる?」

「大丈夫?」

「任せてくれて大丈夫だよ、血糖値が急上昇して頭痛でも引き起こしたのかもしれない。こちらでいくつか薬を飲んでもらうことにするから。」

「ユアン先生がそうおっしゃるなら…」


ザグレブに睨みを利かせつつ、フェリスが保健室を出ていく。

扉がパタンとしまったとき、ルナが防音結界を張り巡らせる。


「フィオレンティーナ嬢は結界術式が得意なものだな。」

「父と領地保護を行った際に学びました。」

「幼い時からの英才教育が凄いな。さすが、辺境伯様だ。さて…落ち着いたのか。」

「はい。ただ、今からお話することは確定ではございません。足りていないものが多すぎます。」

「それでもいい。」


ザグレブと向かい合い、ルナは震えそうになる喉に力を込めた。

「サティ先生が怪しいと、推測します。」


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