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第1事件-5

帰宅の時間が遅くなると心配掛けるため、誰に言われたでもなく、ルナ自身で18時には帰ることにしていた。


普通、辺境伯令嬢ともなれば迎えが来て馬車で帰路に着くのだが、さして遠くもない自宅までの距離に乗ることを拒否した。

それについて一年の春は両親とも危ないだの、誘拐されるだの大変問答したが、武術の成績がすこぶる良いこととリオの実践についていけるほどルナの実力が上がっていたため夏からは容認されている。


「こういう事件の後くらい馬車で良いじゃないか。」

「私が乗らなければその分、他のものに使え効率的ですわ。」

「効率というか…我が家は、そこまで危ない経営ではないよ?」

「レオ兄様の手腕は存じております、これは稽古の一貫です。体力作りかつ勉強として譲ってくださいませ。」


ルナが微笑めばレオは何も言わない。

春の段階でレオはルナに武力では敵わないのだ。


**********

ガチャン


門扉を開ければふわりとバラの香りが漂ってくる。

この妖艶な香りは母の香水ではない。


「ニパルマ様!」

「あら、すっかりご令嬢ね。いつ見ても綺麗なサファイアの瞳だこと。海を閉じ込めたのかしら?」


クスクスとふわふわな羽毛があしらわれた豪奢な扇は紅色。纏うドレスも訪問着より社交界用に見えるドレープのたっぷりついたワインレッドで、寄せられた胸元にはバラのコサージュがあり、ざっくりと空いた背中が艶やかだった。

ニパルマ・リンド。彼女は馬車で数里離れた数百人が暮らす街の財政を担っている女領主である。


「ルナとシャナだけよ、私へきちんと名前を呼ぶのは。」


シャナは10歳になる妹で、ルナに格好いい生徒が居ないか聞いてくるようなある意味女性らしい子。ニパルマの隣に腰かけているシャナにルナが顔を見合わせ疑問符を浮かべた。

ニパルマは母の姉にあたるため、名前を間違えるなど有るわけがないのだが。


「レオ兄様はニパルマ「叔母」様って言ったのよ。」


ニパルマの実年齢は知らないが、立場で言えば叔母で間違ってはいない。ただし、美しい彼女はたとえ妹の子供からだとしても「叔母様」と呼ぶことを物心ついた段階から禁じているのだ。


「なるほど。それはレオ兄様がダメね。」

「そうよぉ、失礼しちゃうわ。女性の扱いが次期領主としてなっていないわね。スクナもきちんと教えなさいな。」


スクナは母のこと。穏やかに笑うだけで何か言うつもりはないらしい。疎遠なわけではなく、こうしてニパルマに叱られている男性陣を見ることを楽しんでいるだけだった。


「ニパルマ様、どうなさったの?夜会?」

「それもあるけれど、そろそろシャナの茶会デビューと聞いてね?可愛らしいものを揃えてあげたくなったのよ。」


10歳になれば仲の良い貴族令嬢で始めて茶会を行うのだ。離れたテーブルに保護者が座り、令嬢たちは拙いながらも淑女の茶会を嗜むもの。


「ニパルマ様が見立ててくれるの!大人っぽいのが良いなぁ!」

「シャナの魅力が引き出されるものにしてよ、ニパルマ。」

「任せなさい、女領主の手腕はこういうときに魅せるべきでもあるからね。」


快活に笑うニパルマにルナが少しぎこちなく微笑み返した。

ルナも同じく茶会を経験しているのだが、なかなか上手くいかず、せっかく準備してもらったドレスも木登りで汚れる始末。


(あれは、母様が物凄く起こっていたわ…あれからもう7年なのね)


回想していたため黙りこんだルナにシャナがにこやかな笑みを下から向けてきた。


「ルナ姉様の敵はとってくるわ!」

「私は戦いに行った訳でも負けたわけでもないわよ。」

「だって、ルナ姉様のクラスに殿下もテトラ様もいるのに何にも話題に上がらないもの。」


つまらない、と唇を尖らせているシャナは可愛らしい。

まだ、恋を夢見る年ごろらしく、遠目で見たことのある殿下やテトラという見目麗しい男性が良いようだ。


「ルナも年頃、良い方はいないのかしら?」

「私は特に。よき友人に恵まれておりますので。」

「…なら、宜しいけど…物騒な話も聞いたからね。優秀さも分かるわ、無理はしてはいけないのよ。」


ふ、と顔を近付けるニパルマにまたバラの香りがふわりと香る。

淑女の嗜みとして母であるスクナも香水を愛用しているのだが、このニパルマの香りはバラがベースになっており、彼女の通り道がわかるほど。


そこで、頭の片隅に何か引っかかるものがあった。


「どうかしたの?怪訝な顔をして。」

「あ、え?いえ…着替えてまいりますので。」


まだ制服のままでいた自分を見下ろし、ルナは自室へと戻る。ルナ自身香水をつけることはしない、それは狩りの際に動物に気取られ、存在を知られてしまうことを避けるため。


(何だろう、ん?何か、変な?)


喉につっかえた違和感の答えが分からないまま、ルナが室内着に着替え階下に降りる。

そこに漂うバラの香りに包まれながら、靄がかけられた気持ちでいた。

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