第1事件-4
「助手になる、とはお伝え致しましたが、これでは私が調査していることと代わり御座いませんのでは?」
何とか眉間に皺が寄らないよう表情筋に力を入れて、ルナがザグレブへ不満にも近い疑問を伝えた。
「助手、とは補助的な役割であり、あくまでも手助けをする人物では御座いませんか?」
「円滑に結論を導き出すには、フィオレンティーナ嬢の手助けは必要だよ。」
「では結論はミレット先生が導き出して頂けるのですよね?」
「……さて、私の方の報告もしようか。」
あからさまに話の方向性を変えたザグレブに、追及しようとしたのだが続けられた言葉に意識を取られてしまった。
「騎士団からの調書によれば男子生徒が亡くなったのは発見されるよりも2時間以上前だ。学生ならば授業中で、その日の欠席者には確固たる理由と自宅にいたという目撃者がいる。」
「…なぜ先生が騎士団調書という機密書類をご存じなのでしょうか?」
「細かいことは気にしなくて構わないよ。嘘でもない。だからこそ、生徒が行ったものではないということだ。」
にこりと微笑んだザグレブはユアンのように穏やかな雰囲気を纏っている。焦げ茶色の肩までの髪に鎖で繋がった銀眼鏡が大人らしく教師らしい風貌だ。
しかし、ルナからすれば自分の担任でもなく、授業以外はあまり深い接点がなかったため得体の知らない彼を信じて良いのか、疑問なところだった。
ただ、不可解なことをそのまま放置できる性分でもないため、ザグレブの助手として事件を追うことを決めた。
(リオ兄様にもレオ兄様にもは関わらないように言われているけれど…このままは気持ち悪いわ。それに、学園生活を謳歌して少しくらい好きなことをしなさいと言われたもの)
父始め、学園生活を謳歌する内容が意図していたものと異なる方向へ進んでいることに気付かないまま、ルナは放課後、こうして科学準備室で報告会という名の捜査会議を行っていた。
この二人のことを知るのは、二人を除けばユアンのみ。
「生徒でないならば、学園関係者もしくは外部犯と思うが?」
「外部犯の可能性は極めて低いと思われます。この学園を包む結界は守護や保護など強力なものです。たとえ従者や給仕としてもこの園内には入れません。」
迎えの馬車などは門前にスペースが作られており、そこから先は入ることの出来ない壁が張られている。貴族や殿下を預かる側として施された術式は、魔物の追撃をも防げるという。
「突破口があれば問題ない、出入り業者は?」
「彼らが使う通用口の方がより強い結界が張られています。侵入しようと過去、数人が外壁を登ったり、変装したり、試行錯誤を致しましたが全て建物に入ることなく捕らえられています。」
「どこでそういう情報を手にいれているんだい?」
「図書館に学内誌が残されておりまして、20年程度ならば遡れます。何方でも閲覧は可能で御座いますよ。」
読んだだけ、というルナの表情は何を驚いているのか分からないとも見える。学内誌など手に取ることすら稀であり、20年の歴史を覚えていることを彼女は意図も簡単に言ってのけるのだ。
「…君を味方にして随分、心強くなったよ。」
「賛辞は全て解決した際に受け取らせていただきます。」
「全く立派なものだ。さて、フィオレンティーナ嬢の知識力から生み出せる候補者は?」
「学内関係者…いえ、具体的に言えば学内教諭。」
「だろうね。想像に容易いのは、メラン嬢が発見するよう手伝いを頼んだ地学のグランド先生だが。」
「グランド先生はご高齢で、男子生徒に敵うお力はないかと。」
男子生徒は後頭部を殴られ、喉を掻き斬られた状態だった。凶器自体も見つかってはいないのだが、刃物ならまだしも、後頭部を殴打するほどの鈍器を持ち上げる体力が御年70を越えるグランドに出来るとは考えにくい。
「それに、喉元の傷口が気になります。」
「小型ナイフによく似た鋭利な刃物で傷つけられたとされる、あれかい?」
「はい。先日、見せていただいた際に感じました違和感は刺されている方向と切り口です。」
前回、どこからか入手した現場のホログラムをユアンが得意としている幻覚魔術で、映像として可視化してくれていた。生々しい情報ではあるが、しっかりと見た時、ルナの頭に引っ掛かりを覚えていたのだ。
魔法で水風船のようなものを作り上げ、片手に机にあったペーパーナイフを持つ。
「グランド先生は身長が高く、もし喉を切るならばこのように真横または上から下に向かう斜めの切り口になります。」
パサリと水風船を切ると右上斜めの切り口に沿って割けていく。
「ですが、あの首もとは違います。」
下から上に右下斜めの切り口。
「彼より背の低いものの犯行だと言いたいのか?」
「そこに繋げるのはまだ早いです。まずは殴打と殺傷があるならばどちらが先なのか、致命傷について知る必要があると思います。」
「先に殺傷、次に殴打でほぼ確定だ。」
「何故でしょうか?連続ではなく複数犯として同時も有り得るのでは?」
「床に残る血痕が殺傷から先だと分かる。」
動脈であれば血飛沫が舞うため、そこから動けばより多くの血液が流れる。あの廊下は絵の具をばら蒔いたかのように血生臭く、広がっていたのだ。倒れていた生徒自身も赤く染められるほどに。
「殴打で意識がなければ、あんなに派手には散らない。それに周りへ血液が飛ぶことも考えにくい。」
「そう言うことだよ。ただあれは殺傷が先としても広範囲すぎる気がしたけどね。」
「…廊下に漂う血液の香りが大変でした。廊下に風を通して換気をしましたから。」
あのときルナの指示にようやく大人が動き始めたのだが、いくら視界を結界で覆ってもあの香りが生徒に触れてはならないとして、駆け付けてくれたカーマツが充満する死臭を窓を開けて消し去ったのだ。
それでも一度嗅いでしまった、あの喉の奥に張り付くような鉄分の臭いが気持ち悪い。
「フィオレンティーナ嬢、あまり無理はしなくて良い。」
(誰のせいで全部覚えているんだか)
「無理をしなければ解明は叶いませんが?」
「君の体調の方が大切だ、と…言えれば良かった。悪いがここまで来たんだ、よろしく頼むよ。」
眼鏡の奥でキラリとザグレブの瞳が光る。
その笑みに、ルナが引きつった口角を上げた。