第1事件-3
「ねぇ、ルナ?最近は放課後すぐに居なくなるけど何処にいるの?図書館でもないでしょう?」
フェリスが小首を傾げてこちらを見つめる。
心配そうな瞳は心からルナのことを思っている気持ちが表れており、彼女の優しさにクスリと笑みが漏れた。
「サミット先生から、以前授業で話された天文学についてより詳しいものを教わっているの。」
「そう?ルナが、あの事件について何か探しているのかと思っていたの。危険なことはしていないのよね?」
「えぇ…危険、ではないわよ。大丈夫、ありがとう。」
「お礼を言うのは私よ。何も出来なくてただ蹲っていただけだもの。カーマツ先生のときだってルナが守ってくれたから。」
「それこそお礼でも何でも受け取れないわ。私は事実を言っただけ。フェリスはあんなことしない、それに、あんな評価も受けるべきじゃない。」
フェリスはこのように明るく振る舞っているが、男性の力に敵うものは何も身に付けていない。詳しく聞いたことはないが襲われかけたことも幾度かあるそうで、決まって「誘ったくせに」と詰られたらしい。
フェリスは貴族令嬢として波風立たせず振る舞うのみ、それを勘違いするならば男性の教養も足りないのだ。
それに、彼女は馬鹿ではない。
人一倍努力している彼女を悪く言うなど、絶対に許せない。
「フェリスは凄いのよ。あんな言葉、フェリスには似合わないわ。」
「あぁ、もう!ルナが子息なら嫁いでいたのに!大好きよ!」
「わ?!ちょ、ちょっと!」
抱きつかれ彼女の甘い香りが自分に移る。
そんな可愛らしいフェリスに心の中で謝罪を言いながら、ルナは一人で化学準備室までの廊下を歩いていた。
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入室を促すザグレブの声に室内へと足を踏み入れる。
(いつも、ここはものが多いわ)
窓は解放されているため空気は悪くないのだが、壁付けされた戸棚にはさまざまな薬品瓶があり、床には書類と本が積み上げられている。
中央にある直径50㎝程の小さな丸テーブルのみ何も置かれていないのは、ここに来た初日にルナが耐え切れず、片付けたからだった。
「いらっしゃい、さて、何か分かったかな?」
「フェリスはきちんと忘れています。彼が倒れていた姿も覚えていません、あの道は資料室に行くためには近くて通りやすい道だというだけでした。フェリスも誰かから聞いて知り、指示された訳ではありません。」
「なるほど。やはりメラン嬢との関係性はないか。他には?」
「男子生徒とトラブルの生徒は特にいません。当たり障りなく、目立つ生徒でもなかった、とのことです。」
「口を閉ざすまでもなく印象無しか。全く振り出しだ。」
溜め息を吐くザグレブにルナも同じく肩を落とした。
振り出し、となればまだしばらくここに通わなければならなくなる。
フェリスに嘘を付きたくないし、そろそろリオもルナの態度を怪しんできている。
そもそもルナは鉄仮面というわけではない、表情は変わる方なのだ。
(リオ兄様の「何してるのかな?」という尋問の瞳が怖いのよ!)
隊員からは鬼と書いて美鬼と言われる国公騎士団副隊長のリオに、ルナが吐かされるのも時間の問題だ。友人だけでなく家族も、事件に関わることはあまり良い顔をしていない。
(当たり前よね、淑女の嗜みとしても異常だわ。まぁ、変わり者令嬢だからね)
元から令嬢としては少々活発な性格だったため「変わり者令嬢」と扇の影で言われていることは知っているため今更だ。茶会よりも図書館へ行きたがり、カップよりも剣や銃を持ち狩りに行く方が好きなので仕方がない。
「私は次、いかが致しましょうか。」
「それを考えて行動することを含め、助手だよ。フィオレンティーナ嬢ならば最適解が導き出せるさ。」
あの日ザグレブから提案されたのは、最後までこの事件に巻き込まてくれないか、というものだった。
国公騎士団が動いているものの、貴族らが通う学内では目立った捜査や調査はやりにくい。目撃者も少ないため、困って居たのだが学園内で起こった事件ということから、ザグレブはこのまま納める訳にはいかなかった。
そして第一発見者であり、あの日冷静かつ的確な指示を出していたルナをこの準備室に招いたのだ。
そう、ザグレブ・ミレット化学教諭の助手として。