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花あやめ鬼譚  作者: 奏嘉・矢玉
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0話 青年将校side*奏嘉

某国。



国を二分した血生臭い戦争の後、華やかな文明開化の時代が訪れた。



異国から来る文化を享受するものと、旧い考えを頑固に貫こうとするもの。

人々の生き方や生活は、異国の真新しい風を受け目まぐるしく変わっていった。

人々は自由を手に入れたような、若しくはその流れに困惑するような、そんな表情で時代の波を受け歩いていた。




その中、華やかな光の元、時代の「闇」が生まれたことも事実ではあったが。









「悪いな、お前がいないと話がつかないからなぁ」


夜も更け、次第に色を増していく花町。


煌びやかな内装の中、華やかな女達に囲まれた少し茶色がかった髪の男がからからと笑う。

その横に座る青年は穏やかそうな表情を浮かべながらもふつふつと苛立ちを募らせていた。


「解ってる、高官〝様様〟の接待だろう。その相手が泥酔してもう話が出来ないような状態にある事さえ、お前の想定内なんだろうな」


嫌味たっぷりに青年はそう言い首を傾げて見せると、威厳の欠片も見受けられないほどに泥酔状態で女性を両腕に抱く老いた男を一瞥する。



「そう責めるな。適当に飲ませて適当に気持ち良くなって貰えるだけで、表の世界での色〜んな事を上手く行かせる為の切符になる。安いもんだろ?」

男は耳打ちし、口の端をあげると酒の注がれたグラスを取り飲み干す。



男の言葉を聞きながら傍らに座る女達を微笑みながら軽くあしらうと、青年は少し乱れた制服を正した。



「…ならもう俺の仕事は無いだろう。帰ってもいいか?」


「そう言うなって、お前がいるとお嬢さん方も喜ぶんだから」


「なぁ、」男が同意を求める様に問うと、女達はクスクスと上品に笑いながら「ねぇ」と応え、追加の酒をグラスに注ぐ。


青年は深いため息を吐くと立ち上がり、女達を避けながら席を後にする。


その背に男は困ったように「おい」と制止の声をかけるが、青年は「戻るから」とだけ返すと店を後にした。










日を跨ぎ客足もある程度引いたのか、外は驚くほど静かだった。


穏やかな夜風が青年の頬を心地良く擽る。



笑顔に引き攣り凝り固まったままの表情筋を揉むように頬を抓った後、昼間は水が流れているであろう噴水の縁に座った。


制服に染みついた女の匂いに、不意にあの店内での光景を思い出した後、考え込むように眼を閉じた。


好意からでは勿論無い。

それでも囁くような甘い声で、店に訪れた男達に寄り添う若い女性たち。


(ああまでしないと生きて行けないような人々もいるのか)




それを疑問視せず悠然と享受する側の人間もまた然り。




暫くぼんやりとした後、堅苦しい制服の襟を緩めていると、花町の外れ、暗がりの路地から何か男女が揉めるような声がし顔を上げた。



花町の隅、男の怒鳴る声だけが大きく聞こえ、影は争うように蠢く。

嫌な予感がし青年は早足に其方へと歩を進めた。









路地に入ると、建物に反響し一際男の声が喧しく響く。



「異人の女が…っ!!!」


男は乱暴に少女の髪を掴み噛み付かんばかりに幾つもの罵声を浴びせていた。


それでもなお少女は怯むことなく真っ直ぐに男を睨みつけ、掴まれたもう片方の腕を離させようと抵抗する。乱れた着物や暴力を加えられたのか、頬の赤みが痛々しい。



男の身なりは厭に良く、それを驕り少女を蔑むような口振りで口汚く罵倒する。



静かに男の背後に距離を詰めると、青年は少女の腕を掴む男の腕を後ろから思い切り捻り上げ、痛みに怯んだ男のもう片方の手から少女の髪をそっと離させる。



「……頂けないな、女性に乱暴なんて。嫌がっているじゃないか、解らないのか」


あくまでも落ちついた声音で、青年は男を叱責した。



少女は突然現れた青年を驚いたように目を見開き見上げる。

流暢にこの国の言葉を話しながらも、あまりこの国では見かけない高い身長と端正な顔立ちに恐怖を覚えるのか、男も怯んだようにぎょっと青年を見上げた。


その隙に青年は衣服を乱されたままの女性の腕を引き背に隠す。

上着を羽織らせ再び男を見下ろした。

「……彼女はもう貴方に用が無いらしい。羅卒が駆け付ける前に去るといい」



言葉を詰まらせわなわなと震える男を追いつめる様に、不意に近くに数人の駆ける足音がする。

勿論羅卒(警察)の物なのかどうかは分からないが、「世間の目を気にするお貴族様」であろう男を怯えさせるには十分過ぎた。

男は舌打ちをし捨て台詞を吐くと、脚を縺れさせながら走り去っていった。


その情けない後ろ姿が見えなくなると青年は小さく溜め息を吐いた後、振り返り身を屈める。


「大丈夫ですか」


少女は乱れてしまった赤い髪を整えながら「ありがとうございます」と頭を下げた。


背年は痛々しい少女の腫れた頬を見ると自身の冷たい手を頬にぴたりと当てた。

痛みに少女が小さく体を跳ねさせると、青年は小さく謝罪し少女の足元を見下ろす。










何処から逃げてきたのか、履物が片方無かった。



「失礼」



青年は軽々と少女を姫抱きにすると狼狽え首を振る少女をよそに、足元に落ちていた先程の男の物であろう財布を拾い「こんなものじゃ満たされないだろうけど」などと冗談混じりに言いながら迷惑料として彼女に渡した。



少女は渡された財布に困りながらも店に預けようと思い苦笑しながら受け取る。

青年は軽い足取りで噴水まで戻るとその縁に少女を座らせた。




「赤みが引いたらお店までお送りします」



穏やかに微笑んだ後、近くにあった水道で手拭いを濡らすと相手の頬を冷すように勧め、少女が落ちつくのを待つ。


「痛みますか」


そう問うと、少女は小さく首を振る。


どこか泣き出しそうに見えるのに、その少女は決して痛みを訴えることも涙を溢すことも無かった。

紅い髪と白い肌が月光に透かされ、相まってどこか儚げにも感じる。



「美しい色ですね」


不意に青年が口を開くと、少女は不思議そうに首を傾げる。

「ああ、」と青年が笑うと髪を指して微笑んだ。




少女は呆気に取られぽかんとした表情を浮かべた後、僅かに顔が赤くなるのを手拭いを持ったままの手で少し隠し、それに首を傾げる青年を見ながら唇を開く。



「…そんなこと、母以外に言われたのは初めて」











「……異人だって決め付けて、皆気味悪がるものです」


ぽつりと少女が呟けば、青年はまた声を出しおかしいと笑って、


「私と貴女を比べたら、貴女の方が断然この国の人間らしいでしょう」


と肩を竦めて見せる。

見るからにそう言われれば…とでも言いたげな表情を浮かべる素直な少女に、また青年は笑った。

少女は再び慌てた様子を見せるが、青年は「気にしていない」と告げる。



「この目まぐるしく変わるの世の中で、私たちのような存在はこれからまた増えましょう。恥じず生きていれば、認められる時がいつか来る」


青年の目は鋭い光を宿しながら、ただ一点、真っ直ぐだ。

それは、自分に言い聞かせるようにも聞こえる静かな落ち着いた声音だった。






暫くしてある程度少女の頬の赤みが引いたのを見ると、再び青年は少女を背負い道を尋ねながら店へと向かう。


沢山の言葉を交わしていればあっという間に到着してしまい、名残惜しそうに二人は笑った。

最初に名乗らないまま会話を続けていた為、青年が最後に名前を問おうと口を開く。


ーーーーーー突然店の扉が開き、彼女を店の女たちが取り囲んだ。


年上であろう女性たちに心配され揉みくちゃにされながらも苦笑する少女を見、脇に追いやられた青年は安堵の表情を浮かべると静かにその場を後にする。



遠くに聞こえた少女の名前に、「あやめさん、またお会いできたら」とひとり呟く。


元の店を出てどれだけの時間が経ったのか、叱られる事が予想できたが賓客は泥酔状態できっと潰れているだろう。

特に急ぐことも無く、青年は自身の元いた店へと向かった。











あの夜から、数カ月後。


青年は元の地の薄い髪の色を黒く染め直し、幾つかの階級章を胸元に下げた厚い軍服姿で自身の屋敷にいた。

早いに越した事はないと勝手に伯父が取り決めてきたお見合いに数時間後、出席するためである。

相手の家は古くから在る華族の出らしく、異国文化が嫌いらしいという理由から髪は半ば強制的に黒く染められた。

それほどまでに伯父が真剣であるとなると、更に気は進まなくなるばかりであった。


それは殆ど結果が決まっているようなものだった。

当の本人達の意思は関係無く、家同士が決めてしまっていた。


(向こうのお嬢さんも気の毒に)


何より、武家の出の華族、現に軍人の当主が相手となると、未亡人となる確率が高くなる為に普通子を想う親であれば嫌うもの。



(家が困窮しているとはいえ、娘が可愛くないのか)


「……他人の都合に理不尽に振り回される。籠の中の鳥、か」


小さく呟いて、何故かいつかの美しい紅が脳裏を過った。



それを断つように、自身の両頬をパンッと叩く。

もう決まってしまっているのなら、自分がすべきことは一つであると思い直す。

小さく息を吐き、立ち上がる。



「行ってきます」



いつもの完璧な笑顔を貼りつけ、見送りに玄関まで駆けつけてくれた人々に声をかけ屋敷を出た。

何年も前に書いた物をちみちみ手直し(出来ているかは謎)したものですm(_ _)m

本当に文章力無くてお恥ずかしいかぎりなのですが、矢玉さんとリレー系形式で個人的に滅茶苦茶楽しく書かせて頂いたものなので少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです…。

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