人の造りし精霊
神話の一節に今も残る伝承。
嘗て人と精霊が共存していた頃、一柱の神が人に知恵を与えた。人々は森を切り開き、精霊の力と住処を奪う。
その力を人は魔術と呼び、それを使ってより多くの精霊を窮地に追い込んだ。
精霊の王は怒り、人々を煉獄の焔に包んだ。神は人々の嘆きや苦しみを糧とし、世に混沌を撒き散らす。それこそが、人に知恵を与えた神の思惑であった。
殆どの精霊が、知恵を得た人は危険であると考える中、たったー柱の精霊だけが、異を唱える。
人とは迷う生き物。神の甘言に踊らされ、操られているに過ぎない。過ちに気付き、心改めれば、人は良き隣人となる……
そう信じたのは、家の精霊アレクサンドロス。日々人の営みを見つめ、人に寄り添ってきた精霊である。
アレクサンドロスは巨大な家となり、人々を匿う。煉獄の焔より人々を守ったアレクサンドロスは力尽き、後には救われた人々と、抜け殻となった家が残った。
我が身を犠牲に人々を守ったアレクサンドロスに心打たれ、精霊王は人を滅ぼすことはしなかった……
生き残った人々は、その精霊の抜け殻を【アレクサンドロス城】と呼び、人が侵した過ちを忘れぬよう奉った。それから後、国を束ねる王となる者は、その抜け殻を模した城を建てるようになった。
ジャンは、持てる魔導の知識と、友である錬金術師の技術を結集し、精霊アレクサンドロスの復元を試みたのだ。精霊の魂の代用として、自らの命を核とした。エンフィーの奏でる竪琴は、精霊力に酷似したエネルギーを持つ。それを共鳴により増幅させ、動かす力に変えて……
中央の窓に輝く光は、さながら瞳の如く。両端の尖塔を腕にして城を支え、座したまま向きを変えるように動き出す。皇城アレキサンダーは今、戦場を睨む!
「精霊砲用意……撃てぇっ!」
アレキサンダーの両肩六門の砲塔が、一斉に光を放つ!それは鎮静の光。これが純粋な精霊力であったならば、この光の効果は【停止】であった。あらゆるものを止める力。時も、精神も、物質も、生命活動さえも……
だがエンフィーの竪琴は、想いの力である。無益な争いを沈めたい!その想いが光に乗って戦場を包んだのだ。
暴走する魔物達は動きを止め、兵士は憑き物が落ちたようにその場に立ち尽くす。この戦場に蔓延していた圧倒的殺意は、次第に薄れていった……ただ一人を除いて。
「そうか……私は何を躊躇っていたのだ。帝国軍など、相手にせずとも、簡単に帝都を塵芥に出来るのに……もう手段などどうでも良い。全て壊してしまえ!ゼロォっ!」
魔導具を起動させるアシム。ゼロのマナを圧縮爆発させれば、都市の一つを消し去るくらい造作もないこと。すぐにここにも押し寄せるであろう爆風に備え、結界を張るアシム。しかし……
はるか後方に立ち上るキノコ雲。遅れて届く雷鳴の如き轟音と、吹き付ける砂嵐。方角からして、爆発したのは水晶の樹海である。
「なっ!何故?彼処には封印が……」
砂嵐が過ぎ去り、一瞬の静寂。だがアシムは、身も凍るような悪寒に襲われる。
『ミツケタゾ』
それは常人ならば、触れただけで命を落としそうな、純粋な悪意。ドロドロした粘着質な、どす黒いなにか……その得体の知れないものが、アシムの横に鎮座する国王の中に入った。
「久しぶりだな、ニンゲン。欲望は満たされたか?」
国王の声ではあるが、明らかに異質なるモノ。この世に厄災が解き放たれた瞬間であった。




