最終兵器
アシムは苦虫を噛み潰したような表情で戦況を見ている。
「何なのだあれは!巨人兵を倒す力など、この世にあってたまるか!もういい!どうやら帝国も力を使い果たしたようだし……魔人共、制限を解除せよ!」
最初に現れた実験体は、未だ無傷。人の形こそ捨ててはいるが、心は人のままである。そこへアシムの命が下った。
「アレまで使うことになるとはな」
ファルカンは筒状の魔導具を取り出すと、その先端を噛みちぎった。魔導具はまるで発煙筒のように、煙を吹き出している。
「散開。撒き散らせ」
戦場を飛び回る実験体。辺りに煙が蔓延する。その煙にいち早く気付いたのはらっくである。
「これ、あの霞だにぃ」
「らっく様、大丈夫ですか?」
「いっぱい取り込まなければ大丈夫にぃ。でも魔物達は危ないにぃ!」
危機を感じとったジャン。魔導兵団を集め風の結界を張り巡らす。
「ゴルメス様、この煙は厄介じゃ。皆を集め結界の中へ」
急ぎ隊をまとめ、結界に避難する帝国軍。ゴルメスはジャンに尋ねる。
「ジャン殿、これはいったい」
「まぁ、王国の奴らを見ておればわかるのじゃ」
煙を吸い込んだ魔物達は目の色が変わり、唸り声を上げている。人の兵士達も凶暴性が高まり、結界に突進する者も多いが、中には蹲り、動かなくなる者もいる。
「この煙、暴走を引き起こす類いのものか。じゃが、吸い過ぎれば命を落とすもののようじゃな」
暴走する魔物が蹲る兵士に打ち当たると、兵士の身体が硝子のように砕ける。もはや敵味方の区別が無くなった王国軍に、戦場は狂気で溢れかえった。
「なっ!」
「それにしても、王国のやり様……儂以上の愚か者が居るようじゃな」
嘗てジャンも、死霊術師として人の命を弄ぶ実験を重ねた。皇帝の為とはいえ、その行為は許されるものでは無い。
だがまどかと出会い、打ち倒された後は、贖罪の為、皇帝の愛した民の役に立つ研究に没頭している。
王国のやり様は、狂信的に愚行を重ねた自分に通ずるものがある……と、ジャンは思った。
「なればこそ、アレを止めるのは儂の役目じゃろうな」
ジャンは外套の裏から一つの魔導具を取り出すと、マナを込め念じる。
『エンフィー様、【音叉の間】にてご準備を』
『ジャン、いつでもいけるよ』
『ご無理はなさいませぬように。儂も其方へ向いますじゃ』
魔導具をしまい、ゴルメスに駆け寄るジャン。
「ゴルメス様、儂はここまでじゃ。後を頼みましたぞ」
「心得た。ご武運を」
ゴルメスも多くを語らない。ジャンの覚悟が見て取れたからである。魔導師であるジャンに、あえて戦士の礼で応えるゴルメス。彼なりの最大の敬意を表したのだ。ジャンは滑るように皇城へと向いながら、置き土産とばかりに魔弾を乱発して行った。
城の中心に位置する、音叉の間と名付けられた空間。円形に立てられた十六本の巨大な音叉と、それを取り囲む百八本の音叉。その円形自体が魔法陣であり、その中央に設えた二つの椅子の片方に、エンフィーが竪琴を抱いて座っている。
そこに到着したジャン。消費した分を補うように、マナ回復の薬を飲むと、もう一つの椅子に座る。
「さて、時間はこの老体が燃え尽きるまでじゃ」
「その前に終わらそう。みんなで生きるんだ!」
ジャンが椅子にマナを流す。それを受けたエンフィーが竪琴を鳴らす。その旋律は護国の詩。それを受けた音叉が共鳴し、床一面に描かれた魔法陣が輝く。
「「目覚めよ。アレクサンダー!」」




