魔物の正体
『ゴメ、ン、ナサイ……』
脳に直接響く声、それと同時に、魔物は大人しくなった。
「らっくの言うことを聞くなら、殺さないにぃ。ご飯もあげるにぃ」
『キキ、マス。イノチバカリハ、タスケテ、クダサイ』
「うーん、これって、操獣というより、躾?」
「だな」
メグミの疑問に、まどかも同意する。魔物はらっくを見て、ふるふると震えている。
『ドク、ガ、マワッテ……ア、シヌ……』
「あ、ヤバそう。とりあえず、キュアメディック!」
まどかが慌てて解毒の魔術をかける。魔物の命は、ギリギリ繋ぎ止められたようだ。
「よし!めがろん、行くにぃ!」
まどか達は、魔物にソリを繋ぎ、帝国に向けて出発した。めがろんというのは、らっくが魔物に付けた名前である。
メガロマウス。体長三メートルから二十メートル。高い知能を持ち、主にサンドワームを餌としている砂漠地帯の魔物である。
胸びれは、空を飛べる訳ではなく、多少の浮力と制御が出来る程度のようだ。砂のギャングという異名を持ち、人々から恐れられている。ちなみに、水は苦手らしい。
めがろんは、まだ子供の個体であった。ある時サンドワームに似た、デザートワームを捕食した途端、精神を塗り潰されるような感覚と、破壊衝動に襲われたらしい。
それから砂漠地帯の生物を 手当り次第に喰い散らかしていたが、今日初めて捩じ伏せられたのだ。自分以上の強者など、出会ったことは無かった。めがろんは、畏怖を覚えた。
「それにしても、砂煙で前がみえないっす」
風の結界で、まどか達が砂まみれになることは無いし、途中の魔物もめがろんが蹴散らし、時折つまみ食いしている。ただ周囲の状況が何も見えず、商人に聞いた方角だけを頼りに進んでいるのだ。
「めがろん、飛ぶにぃ!」
背びれだけを砂から出し、某映画のように泳ぐめがろんが、勢いを付けて砂から飛び出す。胸びれを広げ、空中姿勢を安定させると、少しの間だけ砂煙が晴れた。
「ん?まどか、あれ!」
メグミが指を刺す方角に、うっすらだが筋状の何かが見える。そこに沿って、滑るように動くものも。
「魔導列車か!」
それは、物流拠点として繁栄したシノックシティと帝都を繋ぐ列車。魔動機関を有し、この世界唯一の実用化された列車である。
まどか達は一度、帝都潜入の際に、貴族の護衛と物資輸送の荷役に紛れて乗車した事があった。
「らっく、めがろんを停めろ」
「あいさー」
めがろんは着地し、一際大きな砂煙を上げる。まどか達はソリを降りた。辺りは砂漠地帯から荒野へと切り替わる手前であった。魔導列車も緊急停車したらしい。
「これ以上近付くと、列車の護衛冒険者達が来てしまう。メガロマウスが接近なんて聞いたら、パニックになるだろう……いや、停まったってことは、もうパニック中かもしれない。らっく、めがろんを逃がしてやれ」
「えー、連れて行っちゃダメにぃ?」
「めがろんは砂が無いと泳げないんだ。連れて行っちゃ可哀想だろ?」
「うーん」
らっくは「にぃ」を忘れるくらい考えている。
「また会えるよ。な?」
「……ばいばいにぃ」
ソリを外し、めがろんを解放する。らっくは後ろ髪を引かれるようだが、仕方なく手を振っていた。
「ここまで来れば転移も使える。まず列車に事情を説明してから、帝都に飛ぼう」
まどか達は青ざめる貴族と冒険者、顔見知りだった機関士に事情を説明し、帝都へと向かうのだった。




