誘拐未遂
宿に戻ったまどか一行。
そこに待っていたのは、王都ギルドのマスター、銀狐の獣人、ファガットだった。
「おやおや、幼子をほったらかして、何処に行っていたのですか?」
「ん!何かあったの?」
「有り体に言えば、誘拐未遂ですかね」
「っ!らっくは!」
「無事だよ。そんなに慌てるくらいなら、出掛ける前にギルドに一言欲しかったね」
「そうか……らっくが起きる前に戻るつもりだったんだ。連れていくのは危険だと思ったし。迷惑かけたようで……すまない」
「まぁ、等の誘拐犯は、無事では無いんだかな。ウチの冒険者が到着した時には、もう終わってた。その後始末の方が大変なくらいだ」
まどか達が出掛けた後、賊が侵入。目覚めたらっくが、まどかが居ない事に気付き、辺りを探しているところに遭遇、言葉巧みに連れ出そうとしたらしい。宿の従業員が不審に思い、ギルドに通報、駆け付けてみれば、既にらっくが制圧した後だった。
「大方、急用で出掛けたまどかに頼まれたとか、そんな事を言ったのだろう。幼くとも勘働きは流石獣人と言った所か。すぐに見抜いて戦闘になったらしい。誘拐が未遂に終わって、正直ホッとしてるよ。色んな意味で」
ファガットは、もしらっくが誘拐された場合を想像して、キレたまどかに王都が蹂躙される様を幻視したらしい。
「らっくは今何処に?」
「別室で朝食を食べているよ」
「んじゃ、私達も朝食にするかな」
「呑気なものだな」
正に【この程度の事、朝飯前だ】である。
部屋に入ると、両手に串焼き肉を持って走り回るらっくを 数人の冒険者が追いかけている最中だった。
「ほら、座ろう。大丈夫だから、取らないから」
「やだにぃ!その目は狙ってるにぃ!」
「おい、もっと行儀よくしないか」
「べぇだにぃ、ここまでおいでーだにぃ」
「なんだ?これ」
唖然とするも、ジョーカーに促され席に座るまどか。メグミとハンスも席に着き、メイドの二人は、お茶の支度をする。
「あーーっ!たーっちゃあーーん!!」
手に持つ串焼き肉を可変翼のように広げ、スピンしながらまどかの胸に飛び込むらっく。そりゃネコだけど。キャットだけど。
「らっく、偉いぞ。ちゃんと留守番出来たね」
「にぃ!にぃ!」
遠目では分からなかったが、らっくは涙を溜め、必死に我慢していた。
「またたっちゃんが居なくなったと思ったにぃ。ひとりぼっちはやだにぃ!」
まどかは理解した。冒険者たちとの追いかけっこは、子供故の行儀の悪い我儘では無い。寂しさを誤魔化す為の、らっくなりの我慢だったのだ。
身体を動かしていないと、寂しくて泣きそうだったのである。飼い主が突然居なくなるという経験は、二度と味わいたくは無いトラウマなのだろう。
まどかはらっくを膝に乗せると、これでもかっ!と言うほどモフりたおした。らっくも大人しくなり、いつもの指定席で朝食を済ませ、しばらくまどかにベッタリで離れようとはしなかった。
まどかは、らっくにまとわりつかれながらも、食後のお茶を飲みながら、思案顔で呟く。
「屋敷の主が居なかったな……」
「それはわたくしも、気になる所でございます」
「今回の目的が、コバルト奪還だったんで、今まで気にして無かったっす。そう言えば気になるっすね」
「たまたまタイミングが良かっただけじゃないの?ちょっと用事で出掛けたとか」
「早朝から出掛ける用事が?」
「うーん、そう言われると……」
丁度会話が途切れた所で、ギルドの伝令が慌ただしく入ってきた……




