蠢く者達 3
「で?なんで死のうと思ったの?」
思わずキョトン顔になる男。拷問を受ける覚悟まで決めていた所に、予想外のズレた質問だったらしい。
「聞いてどうする」
男にとっては、答える必要も無い質問だったはず。如何なる拷問を受けても、無言を貫くつもりであったはずなのに、つい口を開いてしまった。
「そりゃ、自殺しようって人を助けたら、普通聞くだろ。まぁ、命を粗末にするな!なんて、説教するつもりは無いけどね」
「気付いていたんだろ、私がつけていたことに」
「まぁね。だから話を聞こうとしたら、いきなり毒なんか飲むから、慌てたよ」
「仮に、私があんたの命を狙っているとしても、あんたは助けるのか?」
「貴方も趣味や酔狂でつけてきたんじゃないんでしょ?仕事として私達を監視していた……それがバレたからって、死ぬことはないじゃない」
「そういう仕事だ。誇り、矜恃、責任、覚悟……それを失ったら、おしまいだろうが」
「ふーん。死んだらそれが保たれる?一応言っとくけど、ここに居るチェリーは、貴方の記憶を全て見る事が出来る。貴方が喋ろうが黙ろうが、貴方の雇い主の情報は既に把握出来てるよ。仕事は失敗、情報は筒抜け、ここで死んでも、もはやそれは逃げでしかない」
「くっ、あーもう!好きにしろ!」
実際、チェリーは男の記憶を全て読み取り、情報は搾取済であった。だがその中に、解体され、杭を打ち込まれているコバルトの姿を見て憤慨していた。
今にも首を引きちぎらんと髪を掴み、力を込めているのだが、まどかがこの男を殺さないと言っている以上、ギリギリの所で押し止めているのだった。
「コバルトを壊したのはコイツじゃない。チェリー、よく我慢したな。張本人と対峙するまで、その怒りは取っておこうよ」
「……かしこまりました」
人形の身体に、魔族の魂を宿し顕現した魔人形。本来魔族とは、他者どころか自身に対しても、生死という概念が希薄な種族である。現世に存在するか、魔界に存在するかの差でしかないのだ。
そのチェリーが憤慨する理由……それは、絶大な力を持つまどかに惹かれ、主と仰ぎ行動を共にする中で、今の生活を気に入ってしまったのだ。
そんな主より賜った身体、魔晶石も与えられ、魂に馴染み、力も増大した。その身体を破壊するなど、主への冒涜であり、魔族としての矜恃を踏みにじる行為である。
仲間をやられ、復讐心に身を焦がす人間とは、感情のルーティンが違うのだ。ただ今回に限っては、たまたま同じ結論に至ったのである。報復と制裁の違いはあれども……
「それで、この男はどうなさいます?」
「そうだなぁ……雇い主に報告するも良し、秘密を知られては生かしておけぬ!とか言って私達を襲撃に来るも良し、足を洗ってひっそり生きるも良しかな」
「次に敵対するのであれば、我慢出来そうにありません。魂ごと刈り取るご許可を」
「……だそうだ。兎にも角にも、二度と私達の前に姿を表さないのが正解のような気がするよ。今は黙って立ち去ろうか」
何か言いたげではあったが、男は頭を振ると静かに歩き出した。どこに向かうか等は、既にまどかの興味外である。願わくば、雇い主に男が始末されるのだけは勘弁して欲しい、せっかく助けたんだし、寝覚め悪くなるのは嫌だし……その程度である。そしてこの先二度と、まどかはその男に会うことは無かったのであった。




