一本角 2
「おそらく、体内に取り込んだ魔物のマナが荒れ狂って、自我を保てないのだろう。マナを抜き取ってしまえば或いは……」
腕組みをし、様子を伺っているネム爺。まどかの考えに、甘さを感じていた。
「殺す事を躊躇うか……あんな細っこい糸を絡めた所で、何になると言うのじゃ」
ハンスは糸を引きちぎられないように、一本角の背へ飛び乗る。
「この糸は、マナを吸えば吸うほど強化されるっすよ。まぁ見てるっす」
糸を十本、二十本と増やし、一本角の首や胴に次々と絡めていく。猛牛の背でバランスをとり、片手で束ねた糸を掴んでヒャッハーしながら振り落とされない姿は、まるでロデオである。
「ま、まどか様、思った程吸えないっす」
「え?ジョーカー!」
「かしこまりました。魔眼!」
ジョーカーの眼が赤い光を放つ。一本角のマナを探っているのだ。怪訝な表情を浮かべ、まどかに報告する。
「あの体毛が原因の様でございます。マナ阻害の効果があり、魔術による攻撃を減退させます」
「体毛……毛の無い所……!ハンス、角だ!」
「承知」
ハンスはロープを身体に巻き、一本角の首に自らを固定すると、糸を角に集中させた!
「グ、グモォォォォ!」
一本角は突如のたうち回る!寝転がり、角を地面に擦り付けて糸を剥がそうとするが、既にその程度では切れない強度になっている。ロープを巧みに操り、ハンスもギリギリ押し潰されるのを回避した。
「グ、グォノレェッ、ジャマヲスルナァ!」
「喋ったっす!」
まどかの睨んだ通り、一本角には人の部分もあるようだ。その意思を持って暴れているらしかった。
「ワタシヲコンナスガタニシタオウコクニ、フクシュウヲ」
(自ら力を求めた訳では無いのか……)
まどかは一歩ずつ一本角に近づく。
「オウジョウニツッコミ、タメコンダマナヲボウハツサセテヤル!」
「ちっ、めんどくせぇ、ジョーカー、マナはどれくらいだ?」
「お嬢様、四割程削りましたが、半径三百メートルは吹き飛ばせるかと」
「オノガジッケンデウミダシタモノニ、ホロボサレルガイイ!」
「何となく察しは付いたよ。だが何の罪も無い人々を巻き込むのは、許せる範中では無いな」
まどかの全身から炎が噴き上がる!紅蓮の炎はやがて色を変え、白く染まる。
「な!白き炎じゃと!」
「チェリー、コバルト、退避です。お嬢様に巻き込まれないよう」
「「かしこまりました。ジョーカー様」」
ジョーカー達は知っている。まどかが纏う白き炎の意味を……魔に属する者全てを消滅させる、浄化の炎を
「ハンス、らっくを連れて下がって」
呆けるようにまどかを見ているらっくを 一本角の首から跳ねたハンスは抱え、一足飛びに下がる!
「メグミ、守って」
名を呼ばれた瞬間から、メグミは矢を二本抜きとり、聖なる炎を纏わせると、五メートル程間隔を空けて地面に突き立てた。
「聖結界」
湧き上がる光。炎のように揺らめき、水のように波打つシャボンの膜のような壁が、矢の間に立ち上った。
それを見届けるとまどかは、トンと地面を蹴り、一本角の眼前へ。鼻を撫でながら諭すように呟いた。
「思いは引き継ごう。だがお前は、ここに居ちゃいけない。輪廻の環に帰れ。聖焔」
白き炎が一本角を包む。その揺らめきの中、まるで影絵でも見ているかのように、巨大な牛は人の影へと姿を変え、やがてサラサラと風に舞う落葉の如く消えていった。
次回投稿は、3日の予定です。




