表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラムガーデン  作者: 潮騒 鴎
序章 始点と終点の交わる器
5/28

3:家庭訪問(1/2)

 目を開けると、そこは小学校の保健室だった。

 俺は慌てて息を吸った。俺は全身にじっとりと汗をかいている。死の危険を察知したからだろうか。

 腕の中で、凛が穏やかな寝息を立てている。角がなくなった小さな頭を、そっと撫でた。

「ほんとに元通りになるんだな、安心したよ」

 俺の一言に言葉を返すものはいない。

「倉科……?」

 あたりを見回すが、彼女はもういなかった。カーテンが風に煽られ、大きく翻る。


 時計は、転移の直前に見たのと同じ、一時過ぎを指していた。


  *


「先輩、ユグドラシルって知ってますか?」

「ユグドラシル? うーんと、どこかの神話に出てくる、大きな樹じゃなかったっけ……? ごめんね、詳しくないの」

「じゃあ、セパル・ドールって知ってますか?」

「何? カフェの名前?」

「俺も知らないんですけど」

「ふふ、何それ、変なの」

 同じファミレスでバイトする小日向南は、笑うと眼鏡を触る癖がある。部活に所属していない俺にとって、彼女は唯一の「先輩」だ。

 今春、大学進学を機にバイトを辞めてしまうとばかり思っていたが、寧ろ出勤頻度は上がっている。

 ……卒業式当日、先輩の背中を見送りながらこっそり流した涙を返してほしい。

「じゃあ、異世界って信じますか?」

「異世界? 天国とか、地獄とかそういうこと?」

「まあ、そんな感じですかね……そういうとこに、行き来できるとしたら、行きたいですか?」

「うーん、ちょっと見学するだけなら、行ってみたいかも?」

「天国へ行ったら、天使の羽が生えちゃうかもしれませんよ」

「空飛べちゃう? ふふ、天使の羽、似合うかなー?」

 先輩が笑うと、元から垂れている目が余計に垂れる。パンダ顔負けのタレ目だ。きっと天使の羽がよく似合う。

「どうしたの陽波くん。らしくないね? いつもは凛ちゃん蘭ちゃんの話ばっかりしてるのに、今日は髄分ファンタジーだね」

「すみません、答えにくい質問して」

「んーん、全然! なんか嬉しいな、意外な一面知っちゃった感じ」

「いや! そのイメージはちょっと待ってください!」

「ふふ、恥ずかしいの?」

 ピンポーン、と高らかな呼出音が響く。

「行ってくるね」

 夕飯時を過ぎた客席は空いているが、その分ホールも手薄で案外忙しい。先輩はくるりと方向転換し、表示された席番を確認する。

 ふわりとピーチの香りがした。

「天使の羽、な……」

 我ながら髄分ファンシーな一言が出たものだ。しかし想像せざるを得ないだろう、凛の頭に生えた角を思い出すと。

 凛と蘭が純白のワンピースに見を包み、真白の翼を広げる姿を想像する。思わず手を組んで天を仰いだ。似合うのも当然だ、なんせ彼女らの本職は天使だから。


 異世界転移をした日から数日。


 凛はすっかり元気になったが、倉科とはまともに会話ができないままでいる。彼女の周囲には未だに人垣が出来ているのだ。

 俺はキッチンへ戻り、調理を始めた。家で料理し、バイト先で料理し。同じことを繰り返す日々に飽き飽きもするが、妹達が俺の精神を支えてくれる。


 おかあさんが、いい


 ふと、凛の言葉が頭をよぎる。

 俺はかぶりを振り、忘却に務める。

 大丈夫大丈夫。何も心配することはない。俺はうまくやっている。


 大丈夫だ。


  *


 総合公園に三十組のテントを張る日雇いバイト、日給につられて応募したことを後悔した。夜の街灯と懐中電灯だけを頼りに、たった六人での作業。言わずもがなの地獄である。夜の屋外作業は二度とやりたくない。

 鉛のように思い足を引きずり、自宅の玄関まで辿り着いたところで、ドアノブにかけられた大きな包みに気がついた。

 メロンないし小玉スイカが包まれた風呂敷のようだ。しかし、持ち上げると存外軽い。

 風呂敷にはクリップでメッセージカードが付けられていた。



 いつも帰りが遅いのですね。

 今日もお会いできず残念です。

 お時間が出来ましたら、

 いつでも私の家へ遊びに来てください。

 

 琥珀



「なぜ俺の家を知っている……」

 今日も、という言い回しから、俺の家へ足繁く通う倉科琥珀が想像される。そして玄関に贈り物を残していく……友人でなければ完全にストーカーの所業だ。

 彼女との交流はあれきりで、友人と呼ぶにはいささか抵抗があった。

 自称「お人形」の私生活に、少しも興味がないといえば嘘になるが。遊びに来てくださいと言われても、俺はあいつの家を知らない。

 家どころか、俺はあいつのことを何も知らない。

「関係ないな! うん! 俺には妹がいるしな! それ以外は何もいらねえな!」

 大きな独り言で自身を奮い立たせ、家の中に入る。

「遅い!」

「遅いよおっ」

 束ねた髪が、犬のしっぽのようにパタパタ揺れ動く。凛と蘭は俺の周りをくるくる走り回り、最後には俺の足に飛びついた。

「ちゃんとご飯食べたか?」

「食べた!」

「全部食べたよ!」

「おー! 偉いぞ!」

 今日のハンバーグに、人参とピーマンが混ぜ込んであったことには気が付かなかったようだ。

「ところでお兄ちゃん」

「それ、なあに?」

 俺が靴を脱いで廊下に上がると、二人は目ざとく俺の荷物――琥珀からの贈り物を発見した。

「わかった、スイカでしょ!」

「違うよ、メロンだよ!」

「それは蘭が食べたいものでしょ!」

「凛のスイカだってそうでしょ!」

「違うもん!」

「はいはい、わかったわかった。よーしお風呂に入るぞ!」

「ええっ、せめて答え合わせをしてから!」

「メロンのお姿を見てから!」

 二人がやたらと急かすので、仕方なくその場で開封することにした。

「言っておくが、メロンでもスイカでもないからな」

 どう考えても果実の重さではない。身に覚えの無い荷物を開けるというのは、どうも緊張するものだ。スイカかもしれない、と思いながら開ける方が、いくらか気分はマシだったかもしれない。

 縛り目を解くと、球状のそれはするりとドレスを脱いだ。

「ん?」

「なにそれ」

 二人がそれぞれ小首を傾げる。俺の背には、冷や汗が伝った。

「グラムガーデン、か……?」

「きれーだね?」

「おもちゃ?」

「はい解散! フルーツじゃなくて残念だったな! これは超高級な置物だからな、絶対触るなよ」

「超高級!」

「何億円?」

「プライスレス」

 見慣れないものにはしゃぐ二人を居間に押し込めて、俺はちらりとグラムガーデンに目をやる。水晶の中に、封じ込められたジオラマは、非常にシンプルだ。砂漠の中心に、ポツンとあばら家が立っている。

「どういうつもりなんだ、あれは……」

 俺は妹たちに聞こえない程度の声で、ため息ついでに呟いた。


  *


 早朝の学校というのは、世界から人という人が消え失せたかのような静けさがある。日直だという蘭に合わせて家を出たが、流石に早すぎたようだ。

 席に座り、窓から見える校庭を呆然と眺めていた。

「おはようございます陽波さん」

「うっわ! 気配を消して近づくなって!」

 唐突に後ろから話しかけられ、肩が思い切り跳ね上がってしまった。周囲を見回し、誰にも見られていないことを確認する。

 改めて振り向くと、背後の座席に倉科琥珀が座っていた。

「……今、本当に音もなかったぞ」

「この座席を出現ポイントとしていますので。まさかこんな朝早くに登校している生徒が居るとは想定外です。出現ポイントの修正が必要かもしれません。不登校の水際さんの席はやめて、女子トイレの個室あたりが良いでしょうか」

「出現ポイント?」

「毎朝異世界から登校していますので」

「ああなるほ……異世界!?」

「私の世界に繋がるグラムガーデンは、お渡ししたはずですが? 一向に訪ねてくださいませんね?」

「あの中に住んでんのか……」

 まさか、自宅の入り口を渡されているとは思わなかった。

 俺は自分の右手首に目をやった。リストバンドで隠しているが、その下には未だに痣が残っているのだ。異世界へ渡った日以来、風呂に入るたびに確認しているが、いつになっても消える気配はない。

「何なんだ結局、グラムガーデンってのは」

「あ、興味が湧きましたか?」

「いや、そういうわけでは」

「では行きましょう、私の家へ」

「いやまて! 授業があるだろ!」

「大丈夫です、ユグドラシルのたもとには時間の概念がありません」

「何言ってんのか全然わかんねえ!」

 彼女は俺の腕をしっかりと掴み、にこりと微笑む。机の上に置かれたリュックサックの蓋を、片手で器用に開けるのを見た。

 ――嫌な予感がする!

「良くない! こういうの良くないぞ!? ていうか痛ってぇ! お前握力強すぎだろ……!」

「照れますね……」

「褒めてねぇぞ!?」

 彼女がリュックサックに手を入れる。俺は知っている、そのリュックサックの中身を。

透き通り、反射で光るその曲面。

「……手土産もないが?」

「お構いなく」

 彼女の瞳の奥に、引きつった俺の笑顔が見える。彼女の腕が、みるみるリュックサックに飲まれていく。俺は諦めて目を瞑り、頭を垂れた。

 大きく息を吸い、止めて衝撃に備えるも――結局はすべて、吐き出してしまうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ