13:フルストファイト(2/2)
アルトとオピムーへ視線が集まる中、俺だけが琥珀を見つめていた。
琥珀だけが、俺を見ていた。
相手に目はないが、確かにアイコンタクトが取れた感覚があった。
俺の「銃口」は琥珀へ向け、ためらいなく引き金を引く。
途端、クラウムが激しく振動し、爆風が吹き出す。風を受けた皮膚がひりつくような感覚に目を細めるが、引き金を引く手は決して離さない。
張り詰めた弓を放ったような衝撃と同時に、本来不可視であるはずのエナが姿を表す。
渦巻く閃光は業火のごとく紅に紅を重ね、小さな琥珀の体へ食らいつく。
これが俺の、最大出力だ――!
「琥珀!」
名前を呼んだ瞬間、クラウムの宝石部は砕け散った。大きな音に怯んだカエクエンシィの目の前に、目にも止まらない速度で琥珀が飛び出す。
そして息つく間もなく、フルストの目たる鉱石が閃光を放った。
視界は痛いほどの白に満ち、その場の全員が目を瞑る。
ゆっくり目を開けると、そこには二匹のフルストが倒れていた。カエクエンシィの姿はない。会場は、途端にざわめく。
「オピムー!」
アルトが駆け寄る先に転がったオピムーは失禁し、気絶している。当然だ、自分の何倍も大きい獣に狙いすまされ牙を向かれる恐怖は想像を絶する。まさに蛇に睨まれた蛙だ。
俺も琥珀のもとに駆け寄り、その小さな体を抱き上げた。気絶している、というより寝ている――尋常ではない負荷がかかったのだろう。
呆然と立ちすくむ司会進行兼レフェリーへ目を向ける。
「この場合、勝敗は……?」
ハッとした彼のは旗をまっすぐ上げ、高らかに叫んだ。
「ドロー! 両者敗北と見なし、賭け金のバックはありません!」
店中にブーイングの渦が巻き、足踏みで建物すら震えた。
……なるほどな、これは店が儲かるわけだ。
俺は琥珀を胸ポケットに入れ、その小さな頭を人差し指の背で撫でた。
「ありがとな、おつかれさん」
琥珀はむず痒そうに体を揺らした。
*
「すいませんでした」
壊れたクラウムの破片を拾い集め、布に包んで店主に差し出し頭を下げる。
「ああ! いいんだいいんだ! 顔を上げてくれあんちゃん!」
「でも……」
鶏卵ほどの塊だった宝石部が、大きく五つに割れてしまっている。引き金は引かれっぱなしで戻らなくなってしまったし、メインのボタンパーツは弾け飛んでしまい見つからなかった。
「それはもう捨てるはずだった品だ。むしろ、片付けておいてもらえると助かるくらいだぜ。それに」
店主は、背後に置かれたガラス容器に目をやる。チップがこれでもかと詰められた容器だ。
「十分儲けさせてもらったからよ。ほらよ、これ食え」
目の前に、饅頭のようなものが置かれる。湯気が上がり、白い外皮は艶めいて柔らかそうだ。
「いいんですか?」
「サービスだ。もう一人の功労者にもやんなきゃなあ。お前も座れよ」
店主が、俺の背後に目をやって声をかける。振り向くと、そこにはアルトの姿があった。
「早く退散しないと、誰か一人には殴られちまうぜ……」
言いながら、俺の隣に座る。
「はは! だろうなあ! 自分のカエクエンシィくらい、ちゃんと躾けとけよ!」
「うっす……」
流石に今回は、ブリーダーが悪いという言い訳は出てこなかったようだ。
饅頭を齧りながらアルトに目をやると、じろりと睨まれた。ほんのり甘い厚皮だけが口の中に残る。
「……なんだよ」
「お前、何者なんだ」
「ただの旅人だよ」
「嘘付け」
アルトは、そっと差し出された饅頭を齧った。
「いくら旧型クラウムとは言え、エナの負荷で砕け散るなんざ聞いたことがねぇ。それ以前に、俺があんだけのエナを注いだら、あっという間に存在が認知されなくなっちまう」
「存在が認知されなくなる……?」
「お前、ガキの頃一度もエナ切れ起こさなかったのか? どんだけエナ容量でかいんだよ」
彼の視線からは、恐れすら感じる。
俺は異質、なのか――?
「じゃあ、わかんねぇか。すげぇ怖いぞ、誰にも認識されないってのは。エナが底をつきた途端、俺なんていなかったかのように振る舞われる。空気になったみたいに――暴れて花瓶を割っても、風の仕業くらいにしか思われねぇんだからな」
アルトがもう一口、饅頭を齧った。
エナが無くなる、なんてことは想像したこともなかったが、そういうことになるのか。自身がいつの間にか危ない橋を渡っていたことは分かったが、いまいち実感はない。
饅頭を大きく齧ると、肉餡にたどり着いた。この饅頭は肉まんだったようだ。相変わらず何の肉かはわからないが、噛むたび口腔内に肉汁があふれる。脂の甘みがたまらない。
「ほらよ」
アルトが何かをカウンターに置いた。ネックレスのように長いチェーンがついた、極々小さな正八面体だ。
「なんだこれ?」
「つきっぱなしになってんだろ? 制限具。解錠孔に差し込めば開くからよ」
アルトが指差したのは、俺の右腕だった。
「頼むから人里離れた場所で外して捨ててくれよ。お前が脱走しやがったせいで、俺はそいつを紛失した事になってるんでな。ここで回収して帰ると、お前と再会したことがバレちまう」
それが人に物を頼む態度か? と思ったが、口には出さなかった。チェーンを引き、正八面体の鍵を手に取ると、これも宝石であることがわかる。
俺はとりあえず、そのチェーンを首にかけた。
鍵が胸ポケットにコツンと当たると、中でごそっと琥珀が動いた。そういえば、あるとの周囲にはオピムーの姿がない。琥珀と違って、ポケットに入るサイズでもないだろう。
「お前の相棒は大丈夫なのか?」
「お前に心配される筋合いはねぇな。正直俺は金輪際、お前みてぇな化けもんとは関わりたくねぇ。次に会う時ゃ他人だぜ」
アルトは、店主にハンドサインで挨拶し、カウンターを立った。
「……勝負、台無しにして悪かったな」
去り際に、小さな声が聞こえた。案外良い奴なのかもしれない……と思ったが、思い直した。
謝ってほしいのはむしろ、暴行の一件の方だ。
ただ、喉元をすぎると熱さを忘れてしまう質のせいか、そこまで腹を立てる気にもなれない自分がいた。
去りゆくアルトの背中を見送ると、胸ポケットから琥珀が顔を出した。鼻をスンスン鳴らしている……肉まんの匂いで目を覚ましたらしい。
「お、嬢ちゃんも起きたか。早く元に戻して、これ食わせてやんな」
店主が紙袋に饅頭を入れる。かわいい嬢ちゃんには更にサービスだ、ともう一つ追加して袋の口を折った。
「どうも、ごちそうさまでした」
「おうよ。また来いよ」
店主から紙袋を受け取り、荷物をまとめて席を立つ。琥珀の服が転がっている控室は目と鼻の先だ。しかし、控室に目をやると、明らかな異変に気がついた。
「なんだこれ……」
更衣室の前には鳥の羽のようなものが散らばり、大きな布切れが落ちていた。拾い上げ、きれいに広げると、それがなんであるかが分かった――琥珀のスカートだ。
「キィ!」
フルストのちいさな鳴き声が胸元から響く。
勢いよく控室のカーテンを開けると、そこはもぬけの殻だった。室内にも鳥の羽が散らばり、その他は本当に何もない。
「盗まれた……!!」
貴重品は置いていない。置かれていたのは、借り物の魔法陣、琥珀の服、そして白い鳥だ。どれもわざわざ盗むようなものとは思えない。全くの想定外だ。
胸元で琥珀が大暴れしている。このままでは元の姿に戻れないし、戻れても全裸不可避だ。俺でも力いっぱい暴れるだろう。
「行くぞ琥珀、お前の尊厳を取り戻す……!」
俺は散らばった白い羽を道標に、店の裏口から外へと飛び出した。
*




