13:フルストファイト(1/2)
「お前、あの時の脱走野郎じゃねぇか!」
「その節はどうも……!」
投げ捨てるように手を離す。
忘れるはずもない。彼は、俺を立ち上がれないほど蹴った男の一人だ。ブーツに刻まれた刻印が、この距離からならはっきりと見える。
男は舌打ちした。
「誰のせいでこんなノートスの片田舎まで出張させられてるのか分かってんだろうな……? 何故お前に「罰」が配られなかったのか知らねぇが、気に食わねぇ」
俺の脱走も、投獄時に問われていた罪も、ステラによって不問にされたと聞く。詳しい経緯が看守にまで伝わっているわけではないようだ。なんせ権力で握りつぶしたのだから、説明らしい説明はしようがない。
「俺には関係ないな」
「関係大アリだクソ野郎! お前が逃したガキを屋外追放するまで、俺たちの仕事は終われねぇんだよ!」
「俺が逃したんじゃないな。俺に気を取られたお前が逃したんだろ?」
「もう一度痛い目に遭いたいのか……?」
「仕事サボって賭け事してんだろ? 大人しくしてたほうが懸命だと思うけどな」
「チッ……覚えてろよ」
その台詞、生きているうちに聞けるとは思っていなかった。大口を叩いているが、内心穏やかではない。殴られても助けは呼べない、今俺たちは真に追われる身なのだ。彼らに俺たちの情報が行き渡っていないことは、ありがたい限りだった。
彼の肩上に、巨大なフルストが鎮座している。バレーボールほどのサイズ感がある。
牢屋での出来事を思い出すと、この二人組、一人はメタボリックシンドローム待ったなしの巨体だった。コンビでサボタージュ中に違いない。
案内されるがままにフィールド脇に立つと、緊張感で汗が吹き出した。フィールドの外周を囲むように観衆が床を、空間を埋めている。殺気にも似た熱がその場を満たしているのだ。
フィールドに琥珀を降ろし、クラウムを構える。
「お前、まさかそんなオンボロ機種で勝負しようってのか? 舐められたもんだなあ!」
アルトと呼ばれた男がクラウムを取り出す。それは俺の持つクラウムとも、店主が持っていたクラウムとも違う。
宝石部は細く尖り、まるで違う道具であるかのようだ。俺のは日本警察の銃、相手のは西部劇で見る銃、といったイメージだ。銃の性能は外観イメージに比例しないだろうが、クラウムはどうか。
「それでは両者、準備はいいですか!?」
会場が静まり返る。
お手玉サイズの琥珀とボールサイズのオピムーが向かい合い、間に下げられた旗越しに睨み合う――目はないのだが。
「三、二、一……ファイッ!」
勢いよく旗が上がる。視界が開けたその時、既に旗の寸前までオピムーの体が迫っていた。
「琥珀危ない!」
琥珀はいち早く気づきサイドへ跳躍したが間に合わず、もろにオピムーの体重を受けて背後の壁に打ちつけられてしまう。
「今のは卑怯じゃねぇのか!?」
「ルール上、スタート前は旗に触れなきゃ何でもいいんだよ! 文句言ってる暇があったら援護してやればどうだ? 今のもエナブーストがあれば避けられただろうによ!」
下唇を噛み、クラウムの先端を琥珀へ向ける。しかし琥珀自体の動きが早く、トリガーを引く気にもなれないほど照準が合わない。
「オピムー! プリムの型だ!」
アルトが声を張り上げると、オピムーはフィールド上で高速旋回を始める。
旋回軌道の中央に取り残された琥珀は、身動きが取れずに右往左往した。今が好機とトリガーを引くが、琥珀の様子に変化はなく、エナが全く届いていないようだ。
「おいおい! あっという間に終わっちまうぜ!」
アルトがクラウムの先端をフィールド上に向けると、青の光がビーム状に照射される。ビームの先端がオピムーの導線上にピタリと一致すると、アルトは繰り返し引き金を引いた。
「俺の機種は、多機能性を犠牲に精度を高めた業務用なんでな! このレーザー照準も特製だ! お前の機種とは天と地ほどの差があるってわけよ!」
一度、二度と引くたびに、オピムーの速度が上がっていく――!
高速化したオピムーは、もはや残像しか見えない。残像が見せる円はじわじわと小さくなり、琥珀はついに足を止めてしまう。
ここだ!
俺が引き金を引くが、その瞬間、琥珀は上空へ跳躍した。俺の送ったエナは外れただけでなく、琥珀の足元に到達したオピムーに当たってしまう。もはや生き物とは思えないほどに勢いづいたオピムーの巨体は、バスケットボールよろしく跳ね上がる。軽やかさはバスケットボールでも、その重量感はむしろボーリング玉に近い。
「ギィッ!」
琥珀が金切り声を上げて、更に上方へと突き上げられた。彼女の体は目線より高い位置へ投げ出される。
オピムーが先に地面に落ちると、フィールド上に強い衝撃が伝わる。その直後には、オピムーは追撃の体制を取った。
タックルを腹に食らった琥珀は、打撃点を庇うように丸まった。
打ち上げられたロケットのように直上する物体は、落下に切り替わる瞬間、刹那の静止を得る。
この瞬間しか、ない――!
「当たれえええええぇぇえ!!!!」
少年野球で鍛えた動体視力が、琥珀の姿を捉えた。
トリガーを引き、そして離さない――放出し続ける。エナの姿は不可視だが、自らの体内から吸い上げられていく実感があった。連打よりも負担が大きいが、こうでもしなければ当たらない。
「そんな使い方したら――! お前、消えちまうぞ!」
アルトの声が聞こえるが、返事をする余裕もない。
空間を伝導するエナの軌道が、感覚として分かる。落下軌道と交わるように打ち続ければ、いつかはエナの帯に琥珀の体が触れる。
そして、その瞬間は訪れた。
エナを受け取った途端、琥珀は弾丸となった。声もなく、地面に向かって加速した肉体は、地面に付き刺さらんばかりの勢いで突進する。そのエネルギーをすべて受け止めたのは、オピムーの体だ。オピムーのボディは、クッションを上から押し潰したように歪み、悲痛な鳴き声があがる。
しかし。
「これでも倒れねぇのかよ……」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう。賞賛の意を込めて。
琥珀は追撃の手を緩めないが、オピムーはエナの追加を受けて更に速度を上げ、毎回巧みに技をかわしていく。経験の差は簡単には埋まらないようだ。
エナ供給を受けて速度を上げた琥珀の動きに、もう俺の視力は追いつかなかった。狙って引き金を繰り返し引くが、まぐれにも当たらない。噛み締めた歯が嫌な音を立てる。
その瞬間、外が突然暗くなった。店内の時計から夜時間の到来を告げるメロディーが流れ、室内灯が一斉に強くなる。フィールドの外に落ちた影は濃さを増した。
この場にいる人間にとって、この現象は当然のものなのか、誰一人としてフィールドから目を離さない。俺だけがその変化に動揺してしまい、あたりを見回した。
しかしだからこそ、気がついた。
「琥珀! 止まれ! フィールドの端に退避しろ!」
俺からの指示が耳に届いたのか、琥珀はひらりと跳躍し、退避する。
俺の目はしっかりと捉えていた。アルトの深い影の中から、カエクエンシィが顔を出す瞬間を。
影の獣はフィールド上に二匹のフルストを見止める。そして、よく肥えた方へ瞬時に目をつけた。
「三十八号!?」
ここでようやく、アルトが自分のペットの動きに気が付いた。
「止めろ三十八号!」
カエクエンシィの頭は素早くフィールドに突き出され、そして大口を開ける。
「そいつはフルストじゃない! オピムーだ!」
主人の指示を聞くことなく、牙をむき出しにする獣。凍りつくその場、搔き消える野次。
「止めろぉォオオ!!!!」
アルトの叫び声が響く。




