12:町はずれの酒場にて(2/2)
「あ、ああ、ごめん」
「ファイターはあちらの控室で準備するそうですよ」
琥珀の指差す先には、アパレルショップの試着室を彷彿とさせる、カーテン仕切りの個室があった。
「インターバルは四半刻、と言われましたが、それか何分間なのか分かりませんから……急ぎましょう」
いつの間にか、琥珀のほうがやる気になっている。言われるがまま個室へ移動すると、畳一枚分ほどのスペースに押し込まれる形となる。疲れもあって、俺達は床に座り込んだ。
ふと、にんにくの匂いがする。
「……琥珀、なんか食べた?」
「いいえ?」
「ガーリック」
「近づかないでください」
「肉」
「あの、近いですよ?」
「油と青菜」
「ごめんなさい口にしました!」
「この裏切り者……ッ!」
でもほんのひとくちです、味見です、と琥珀は言い訳した。さっき店主との会話の中でつまんだのか――道理でやる気に満ちているわけだ。
会話に入らなくとも、後ろで相槌だけ打っておくべきだった。しかし後悔は先に立たない。
「重要な情報を得てきましたから、それで許してください」
琥珀は俺の手に握られたクラウムをそっと取ると、一番大きなボタンを押した。そして俺の右腕に銃口――宝石部を向け、トリガーを引く。すると、線香花火の刻印が赤く色づいた。そして俺の意思とは無関係に火球が現れ、ぱちぱちと火花を散らす。思わず、驚きの声を上げてしまった。
「俺、今全く何もしてないけど」
「そうでしょう。私のエナを遠隔送信したのですから」
「それだけ?」
「反応が薄いですね……では、クラウム無しに同じことをしてみてください」
琥珀が右手を上げる。その腕には、何種類かの刻印が刻まれている。
俺は手をかざし、エナが空中を伝って送られるイメージを持つ。
イメージだ。
イメージを……
「だめだ、出来ない」
「そうです。自分の体以外に刻まれた刻印や魔法陣は、触れた状態でなくてはエナ注入出来ないのです。クラウムはかなり便利な魔法具ですよ」
クラウムを手渡される。宝石部を琥珀の右腕に向け、先程見た動作を真似る。しかし、何も起こらない。
「おかしいですね……幼児ですら取り扱えるはずですが」
「つまり俺は今乳児だと」
「かわいい分だけ乳児が勝っています」
「俺もかわいいだろ」
は、と冷たい笑い声が響く。
俺はクラウムを左手に持ち替え、宝石部を琥珀に向ける。すると、琥珀の右腕に複数ある刻印のうち、一つが色づいた。
彼女はその右腕で床の木目をなぞり、続いて壁をなぞる。彼女の指の動きに合わせ、壁に木目が焼き付いた。
「成功ですね、転写の刻印が正確に働いています」
「やっぱりこの腕輪が邪魔してたんだな。よかった、これで乳児には勝てる」
「乳児相手なら殴ったほうが早いと思いますね」
「そういう話じゃないんだよ」
「それと、他についているボタンは、事前に登録した魔法陣を呼び出すためのショートカットキーのようです。魔法陣の呼び出し詠唱が不要というのもかなり便利ですね」
今回は大きなボタンさえ使えれば十分でしょう、と琥珀は言う。
今度は自分の右手に向かってエナを充填する。転移の刻印が光るが、機能する対象がないからか徐々に衰退していく。今度は再び線香花火の刻印へ。トリガーの引き具合で、火球の大きさが左右されるようだ。
……楽しくなってきた。
「あとはどっちがこれを使うかだが――」
「私が適任でしょうね」
「俺が適任だろうな」
バチッ、と音が聞こえた気さえした。琥珀がクラウムに手をかける。
「古来より戦うのは雄、群れの調和を保つのが雌の役割だった訳です。つまりここは陽波さんが勇敢に戦うべきでは」
「何年前の話ししてんの? 二万年前? 前時代的どころの騒ぎじゃないな?」
「それを言うなれば陽波さんがクラウムを持つこと自体が前時代的な女性差別です。圧倒的な力で女性をコントロールしようなど、現代社会が認めません」
「現代社会が認めなくとも俺が認める!」
「私は到底容認できません! 害獣になるなんてまっぴらごめんです!」
「それが本音か! しょうもない理由でごねやがって……この機を逃したらもうこいつを触れないんだぞ! もっと遊びたいんだ俺が使う!」
「本当にしょうもないのはどちらなのか冷静に考えてください!」
ジリジリとしたにらみ合いが続き、お互いクラウムから手を離そうとはしない。
次第に自分と琥珀が、ゲーム機を取り合う凛と欄に見えてきた。……あまりにも大人気ない。
「仕方ねぇな、譲るよ」
ぱっと手を離すと、琥珀はバランスを崩し、小さな叫び声を上げて尻もちをついた。その左手が、傍らに広げてあった木板上の魔法陣に乗る。
「あ」
個室の中が、緑の閃光で満たされる。
次に目を開けた時、そこに琥珀の姿は無かった。そこにあったのは、脱ぎ捨てられたように散らばった服と白い鳥、そして一匹の黒ずんだ小動物だけだった。
「……ごめん琥珀、今のは俺が悪かった」
フルストと化した彼女は、俺のことをじっと見つめた後、鳴きもせず白い鳥の羽毛に埋もれた。少々の罪悪感。
「嬢ちゃん、準備が出来たら出てきてくれよ」
カーテン越しに声をかけられる。毛むくじゃらの鳥の羽毛に手をツッコミ、まさぐって琥珀を探す。ようやく硬い鉱石の感触に行き当たり、摘もうとすると、指先に激痛が走った。
そのままゆっくり手を上げると、羽毛の海からフルストが釣れた。
「……俺の人差し指は旨いか?」
琥珀が顎を緩めると、フルストの小さな体がポトリと床に落ちる。ついでにペッと唾を吐かれた。
声が出なくても、目がなくても、工夫次第でこんなにも豊かに感情が表現できるんだな。感心するしちょっとムカつく。
ムカつきついでに彼女の背中をつまみ上げ、鳥を置いたままカーテンの外に出た。
しかしまさか、出て早々にスポットライトを浴びるとは思っていなかったが。
「赤コーナー! コハク&ルーイ! フルストファイトは本日が初参戦! ビギナーズコンビに幸運の女神は微笑むのか!?」
思わず片手でライトを遮る。背の低い男が旗を片手にその場を仕切っている。司会進行というより、レフェリーのような雰囲気だ。
「対する青コーナー! こちらはお馴染みアルト&オピムー! オピムーの巨体とアルトのサディスティックな攻め口は安定感抜群だ!」
買った買った! と司会者が叫ぶと、ギャンブルチップとチケットが次々交換されていく。プールされたチップはガラスの容器にディスプレイされていくが、明らかに俺たちに賭けている人間が少ないことがわかる。それにしてもこのゲームシステムだと、勝者にこの容器中のチップ分がすべて流れてしまう。店側にメリットがないように思えるが、こうして人が集まること自体が利益ということなんだろうか?
「よろしく頼むぜ」
青のお立ち台――と言ってもただの木の板だ――に乗った男が、握手を求めて手を差し出した。
「あ、はい」
手を握り、相手の顔を見たところでハッとした。俺だけでなく、相手の顔にも驚きの色が浮かぶ。




