11:裏返る手のひら
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「お腹が空きました。やはり、こいつを丸焼きにするしか……」
「お前さっきまで、そいつ捨てたくないって喚いてたじゃねぇか……」
「時と場合というものがあります。臨機応変、大人の対応です」
「機に臨み変に応ずる為の選択肢にペットの焼殺を組み込むな」
琥珀の手元で、鳥は寝息を立てている。琥珀曰く、このまま山を登れと言われるとお先が真っ暗になる程度の重さがある、らしい。
傍から見れば、毛玉を抱えているようにしか見えない。
目の前の通りには人が溢れ、たくさんの出店が軒を連ねている。
「お昼時なのでしょうね……みんな美味しそうな物を手に持っています。あれは焼き鳥でしょうか」
「そろそろ鳥から離れてくれ」
林を抜けて街まで出てきたはいいものの、一銭も持っていないので食事にありつくこともできない。先程外したマントを風呂敷にし、装飾類を中に詰めてはいるが、これを売ったら足が付きそうだ。目立つ行動も避けたい。
流石に俺の腹も、切なく鳴く。
「それにしても、さっきから俺達、見られてないか?」
「……言われてみれば。食べ物ばかり見ていて気づきませんでした」
街中の人間、というわけではないが、店を構える商売人たちがやたらとこちらを気にしている。見られているだけならまだしも、露骨に睨みつけてくる者もいる。買わないなら立ち去れ、ということなのだろうか。こんな街だっただろうか、ここは――。
「ずっとここに座ってるから、不審者だと思われてるのかもな。動くか……」
「嫌です」
「嫌ってなんだよ! ほら移動するぞ」
「いーやーでーすー!」
「お前は二歳児か‼」
腕を掴んで引っ張っても、琥珀は頑として動かない。
俺が琥珀を引く、琥珀は抵抗して体を折る、圧迫された胃が音を鳴らす……楽器を奏でているかのようだ。
気づけばちょっとした人集りが出来ていた。旅人証をつけた子供に指差しで笑われ、思わず赤面した。コントをしているとでも思われたのか、投げ銭までされる。
「おい」
近くで串焼きを売っていた男が近づいてくる。
「芸を売りたかったら中央広場でやれ。ここは俺達の縄張りだ」
大男の介入に、観衆も散っていく。
「すみません、すぐ立ち去りますんで……ほら琥珀、行くぞ」
不満げだが、第三者からの注意に冷静になったのか、重い腰を上げた。ついでに投げ銭を拾い集めているあたり、ちゃっかりしている。
相変わらず腹は鳴り続けた。良く鳴る腹だと琥珀の腹に目をやるが、琥珀も同じ顔で俺の腹を見た。俺の腹も随分うるさく喚いている。ユニゾンだ。
空腹比べはドローのようだ。
「何枚拾った?」
「五枚ですね」
「俺のと合わせて十一枚か」
お互い拾ったコインを見せ合うと、どれも同じ鈍色のコインだった。
……よし。
俺は暇そうな屋台を選び、意を決して店主に声をかけた。
「すみません、これ、両替してしてもらえませんか?」
鈍色のコインを十枚見せる。
「これ以上細かくならんじゃろうが」
「いえ、崩す方ではなく、まとめる方で」
「おお、そうかそうか。ほらよ」
褐色のコイン一枚が手渡された。屋台営業と言うのはとにかく細かい小銭が必要なのだ。崩すための両替は嫌われるが、逆は歓迎される。去年の夏、出店のバイトで知ったことだ。
それにしても、十対一か……五対一を想定していたが、まあいいだろう。
不思議そうにやり取りを見つめる琥珀に、声をかける。
「琥珀、これで串焼きが三本は買える」
「ほ、本当ですか……!」
「おう! これで空腹を凌げるぞ!」
琥珀の目が輝く。
俺は屋台の脇に座り込む間、空腹と戦いながら、じっと支払われるコインの種類を見ていた。三十分以上やり取りを眺めていたが、使われたコインは、褐色のコインと鈍色のコインだけだ。
褐色のコイン一枚で、串焼き三本と鈍色のコインを受け取っていた子供を見たので間違いない。少なくとも三本、もしかするとさらに数本手に入るかもしれない。
「私が二本で、陽波さんが一本ですね!」
「そこは半分ずつだろ!?」
「私のほうが倍かわいいからですね」
「ありがとう、俺に半分の可愛さを見出してくれて。でも串焼きは半分こだ」
褐色のコインと鈍色のコインを握りしめ、喜び勇んで串焼きの屋台を訪ねた。
「すみません、串焼きください」
すべてのコインを一度渡す。
すると、一本の串焼きと五枚の鈍色コインが帰ってきた。
「……あの? 少なくないですか?」
「うちは一本六ラピスだが」
店主が看板を指差す。勿論、読めない。
「さっき、褐色のコイン一枚……いや、十ラピスで、三本売ってたじゃないですか」
「ガキのことか? 旅人だからに決まってるだろうが。旅人は二本目まで無料にしてるからな。のぼりにも書いてあるだろ。よく読めよ」
「俺たちも旅人なんですが……」
「だったら旅人証、見せてみろよ」
旅人証――? よく考えれば、当初着ていた衣類とともに屋敷に置いてきてしまった。
何も言えずに立ち尽くしていると、店主が鼻で笑った。
「金がねぇからって、バレバレの嘘ついてんじゃねぇぞ!」
店主は明らかに苛立っている。
言い返す材料がない。屋敷の話を出す訳にもいかないが、無くしましたというのは嘘の上塗りで状況を悪くする。
「すいません……ありがとうございました」
俺はただ唇を噛み締め、琥珀を伴ってその場を離れた。屋台群が、少しずつ背景に溶けていく。
「ごめんな、琥珀……」
「いえ、いいんですよ」
タイミングよく琥珀の腹がぐぅと鳴る。
「ほんとにごめん……!」
彼女を期待させるだけ期待させておいてこの始末――申し訳ないし、情けない。
俺は可能な限り深く頭を下げた。
「顔を上げてください」
頭上から降り注ぐ声に顔をゆっくり上げると、俺の口に何かが突っ込まれた。――串焼きの頭だ。
俺がそれに歯を立てたのを見て、琥珀は串を引き抜いた。
「はんぶんこ、しましょう」
琥珀は微笑む。乱暴に放り込まれた最初の一口は、涙が出るほど旨かった。
「美味ですね」
「そうだな……」
琥珀と二人、大切に一本の串焼きを分かち合った。




