1:転校生は得てしてトラブルを持ち込む(2/2)
「お前、ほんとに目立つよなあ?」
錦小太郎は、言いながら豆乳の紙パックを飲み干した。
「こんなに慎ましく生きているのに、なぜ度々衆目に晒されるんだろうな」
「俺みたいに金髪だってならまだしも、な。フェロモンでも出てんじゃねぇ?」
「だったらもっとモテてるはずだろ……!」
俺は唇を噛みしめる。生まれてこの方、女性に言い寄られたことは一度もない。俺は特別濃いキャラクター性を持つわけではないか、なぜだか不思議と注目を浴びてしまう体質だ。今回の件も例に漏れず、望まない関心を寄せられている。
小太郎と二人で昼食を食べているだけだが、四方八方かチラチラらと横目の視線を感じて集中出来ない。
「ある種の才能じゃね? 選挙にでも出てみたらどうよ」
「寄せられる関心が、好意的なものばかりならそうするんだがな」
しかし残念なことに、現実はそうも行かない。すでに俺の悪評は広まっているようで、「転校生を公衆の面前で降った挙げ句、手を上げた極悪非道の男」として悪名が轟いている。
隣のクラスから転入生を見に来た生徒たちが、ついでに俺の姿も確認して去っていく。何度目だろう。
だんだんおにぎりの味がわからなくなってきた。
「肝心の本人とは、あれっきりか?」
「あれっきりだな」
倉科琥珀に目をやると、その周囲には人だかりができていた。
彼女は決して愛想が良いタイプではないが、その話題性と美貌でスターの座に君臨していた。
「……飲み物買ってくる」
ちょっとした居心地の悪さに席を立つ。
「付き合おうか?」
「いや、いいよ」
立ち上がろうとする小太郎を制止し、俺は教室を離れた。
廊下の突き当りに並べられた自販機の前まで来て、小銭が足りないことに気がつくとは露にも思わず。
「水も買えないな……」
手のひらの上で小銭を広げて数える。何度数えても、六十円は六十円だ。
このとき俺は、自身の右手首に見覚えのない痣があることに気がついた。
「なんだこれ?」
左手でなぞるも、痛みはない。手首にめぐり一周入ったその痣は、怪我の跡というよりは入れ墨に見える。こんなものが見つかろうものなら、あっという間に噂の種だ。
どうしたものかと考えあぐねていると、俺の手のひらに百円玉が投げ込まれた。
「お困りのようですね、お助けします」
「うっわ! 気配を消して近づくなよ……!」
「……? 背後を取ったつもりは無かったのですが」
小銭の主は倉科琥珀だった。彼女が小首を傾げると、肩にかかっていたツインテールがさらりと溢れた。
「誰のせいで俺が困っているか分かってんの?」
「百円すら捻出できない懐の寂しさのせいでは?」
「違うわ!」
「それでは、平凡な男子高校生にジュースを買う余力すら与えない、冷え切った日本経済のせいですか?」
「それは否定しないが」
「お気の毒に」
彼女は、再び俺の手を握った。ここで乗せられていることに気が付き、俺は咳払いをする。そもそも、今朝こいつに声をかけられなければ――ふと、今朝手を握られた時を思い出す。
「……お前、もしかして俺の手首に何かしたか?」
「はい、旅の準備を施しました」
「だから、何なんだよ旅って!」
「異世界旅行ですよ、世界を救うための」
「異世界、旅行?」
耳を疑うが、彼女は冗談を言っているようには思えない。表情は真剣そのものだ。
「……とにかくお断りだ」
「なぜですか?」
「異世界だか何だか知らないが、そんなのは行きたい奴と行ってくれ。俺はこの街から離れるわけには行かないんでね」
「他の人間では駄目なのです……陽波類さん、貴方でなければ。学校のことなら、問題ありませんし――」
「妹を置いていけないんだよ」
俺は彼女の言葉を遮った。
「学校なんてどうでもいい。通ってた方が公的補助が多いから通ってるだけだからな。俺の命は妹のためにある。妹のいる場所が、俺の居場所だ」
自分が不必要な内情まで話していることに気がついて、口を噤んだ。しかし彼女の顔には影が落ちる。
「それでは、私の生まれた意味が無くなってしまいます」
「え?」
俯く彼女の呟きは、予鈴にかき消された。
「……午後の授業、始まるぞ」
俺は彼女から目を逸らし、自販機に小銭を投入した。微動だにしない彼女を尻目に、自販機のボタンを押す。
あ、この小銭、倉科のものなんだった。
お礼か謝罪か――どちらを口に出すか迷いながら彼女を見遣ると、廊下の向こうからこちらへ駆けてくる小丸先生の姿が見えた。
「陽波くぅん……!」
先生は相当焦っている。度々躓きかけながら自販機の前まで来ると、額の汗を拭った。
「どうしたんですか先生、廊下を走ってはいけませんよ?」
俺もクラスの人間に習って先生を弄ってみる。
「もお! それどころじゃありませんよお! 緊急事態ですー!」
先生は大きく息を吐いて、呼吸を整える。そして俺に向き直り、告げた。
「陽波くんの妹さんが、学校で倒れて――」
最後まで聞いていたかどうか自信がない。気がつけば俺の足は階段を駆け下り、玄関から飛び出していた。




