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グラムガーデン  作者: 潮騒 鴎
1章 永遠に明けない夜の世界
19/28

7:令嬢の自室



 窓を開けると、外の涼しい風が入ってくる。

「五階建てなんて、すごいでしょっ? オーブ地方ではいっちばん高い建物なんだよっ」

 客室とは違う、石鹸のような柔らかい香り。足元では、三匹のルクセスティアが散り散りに丸まって淡く光っている。

 俺は今、ステラの部屋にいた。……本末転倒、という言葉がちらつく。

「ほらほら、あそこに西の門があって、その向こうがキャンドル領だよっ」

 ステラの指差す先には、街明かりがある。建物自体が高台に立っているためか、街を一望できる形だ。最上階である五階に足を踏み入れたとき、他の階に比べて扉が少ないことは感じていたが、この部屋に入って理由が明らかになった。廊下にある扉はあくまで玄関としての役割を持ち、中は広大な部屋が数個連なっているのだ。さながらマンションのようだ。


 おそらく、このフロアはオルビス家専用フロアだ。


 あるいは、いくつかのスイート客室を備えているかもしれない。五階へ上がる階段の前に警護官が並んでいたのを見て、嫌な予感はしていた。

「ルーイ? 聞いてるかなっ?」

「え、ああ、聞いてるよ?」

「そお?」

 全くもって落ち着かない。琥珀の寝ている三階客室のほうがマシかもしれない。こちらは後ろめたさのようなものを感じる……この部屋から出てきただけで罪人扱いされやしないだろうか。

「フローレンス領の持ってる陽源(ソルフォンス)の数は、オーブ地方で一番なの!ここから見ても、三つはあるでしょ? 全部で十個持ってるんだよっ」

「ソル・フォンスってなんだ?」

「ふふ、どういう意味かなっ? 仕組みを説明してみせろってことかな? それとも哲学?」

「ん?」

「え?」

 数秒が数分にも感じられる沈黙があった。ルクセスティアの一匹が、ぷみゃっと鳴いた。

「……まさかほんとに、何のこと言ってるか分からないのかな?」

「……はい」

 流石のステラも訝しげだ。顎に手を当て、何か吟味するかのようにじっとこちらを見つめる。俺は審判を待つように、固く目をつむった。

「……まあ、いっか!」

 セーフ、か……? 来歴を深く探られないのは都合がよく、また心地よくもあった。ステラが窓から少し乗り出し、街の方を指差した。

「あそこに、うーんと強い光があるでしょっ? あれが陽源(ソルフォンス)。噴光泉に、ピンクトルミライトを混ぜたガラス板を被せて、遠くまで熱や光を届けてるのっ。陽源は強くなったり弱くなったりしてて、強い時間帯を昼、弱い時間帯を夜って呼んでるんだよ」

 なるほど、光る巨大鉱石かと思っていたが、人工物だったわけか。

「じゃあ、噴光泉ってのは?」

「噴光泉は、地下から熱と光が吹き出してる部分のことだよっ」

「熱と光が吹き出してる場所……それなら見たことあるよ。南の門より、ずっと南の方で」

「あは、面白いねっ。南の門より向こうには何にもないかなっ」

「いや、冗談を行ったつもりは無いが……」

「ほ……ほんとにほんとに見たことあるのっ!? 噴光泉を?」

 こちらの世界へ来てすぐに琥珀と二人で見た、やたらと強くて熱い光を思い出す。琥珀がUFOになぞらえるほどの異様な光は、それ以外にありえない。

「見たことがあると、まずいものなのか?」

「ううん、ううん! 寧ろ、すごいことだよっ! その話、誰にも教えてないのかなっ?」

「ああ、多分」

 ……琥珀が誰にも話していなければ。

「ほ、ほんとなんだ……っ! 南にも湧いたんだっ。すごいよすごいよルーイ! すぐこの近くに家が貰えるよ!」

「お、おお?」

 ステラはやたらと喜んでいるが、どういうことだか全くわからない――噴光泉はすごくお金になる、ということなのか? だとしたら、大変興味がある。

 ぴょこぴょこステラが跳ねると、髪が動作に合わせてふわりと浮いた。するとある瞬間、ステラの耳元がはっきりと見えた。

「ステラ!」

 俺が大きな声を出すと、驚いたように動作を止める彼女。その彼女の腕を掴み、洗面所へ引っ張っていく。

「えぇっ!? 何かな何かなっ!?」

「ちょっと」

 やたらと広い洗面所を見回すが、ティッシュや薄手のガーゼはない。代わりに、瓶に入ったコットンを見つけた。俺は多めにコットンを取り出して湿らせ、滴らない程度に軽く絞ってステラに近づく。ステラはなぜか洗面所の端まで後ずさりして避けようとするため、仕方なく追いかける形になる。

 最終的には、壁際まで追い詰めた。

「ななななにかなっ、こういうのはちょっと! 困るかなっ!?」

「逃げんなよ」

 ステラの長く垂れた髪をすくい上げ、左耳に優しくかける。今から何をされるのか察したのか、ステラは顔を紅潮させ、目をぎゅっとつぶった。

「優しくするから」

 俺は濡らしたコットンを、そっとステラ耳にあてる。そして、()()の滲出液を拭き取った。

「ふ……へ?」

「どうした? そんなに痛くないだろ?」

 ステラは、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をする。

 直後、その顔は茹蛸の様に赤くなり蒸気を吹いた。彼女は手袋をした手で、自分の胸元をぎゅっと掴んだ。

「ある意味、すごく痛いかな……」

「ある意味?」

「な、何でもないよっ」

 ステラの長く美しい耳には、根本に深い切り傷がある。

 傷の周囲には乾いた血が固まっているが、肝心の傷口は膿みかけており、赤い腫れと熱を伴っている。

「こんなところ、どうやったら怪我するんだよ?」

「うぅ……」

 ステラは口をすぼめて恥ずかしそうにしている。

「言いたくないなら、無理には聞かないけどさ。怪我したらちゃんと応急処置くらいしろよ。跡が残ったらどうすんだよ、せっかく綺麗なのに」

 彼女の傷口を新しいコットンでぬぐいながら、自分の発した言葉を脳が繰り返した。そして、不意にストレートな褒め言葉が出てしまったことに気づき硬直してしまう。眼前数十センチの距離で同じく硬直し再び赤面するステラの顔を見て、腹の底から羞恥が立ち昇った。

「えっと! 今のはその、違うんだ!」

「違うの……?」

「いや、違わないけど! 綺麗っていうのは単に造形上の話をしているのではなく総合的な意味で」

「総合的な!?」

 喋れば喋るほど墓穴が深くなる!

 俺は考えるのをやめた。コットンを捨て、傷口を確認する。

「……と、とにかく、もっと自分の体大切にしろってこと。医者にかかるほどではないにしろ、念のため傷薬か何か塗っとくといいと思う」

「……ありがとっ」

 ステラのお礼が、何に対するものなのかは、明確にしないことにした。俺はもっとスマートに、ナチュラルに女性を褒められる人間になると誓った……いつかは。

「……お、俺、そろそろ部屋に帰ろうかな」

「そそそだね、もう遅いしねっ」

 俺が足早に廊下へ向かうと、後ろから袖口を捕まれ、引き止められる。

「あのねあのね、さっきの話なんだけどっ」

「さっきの話?」

「噴光泉を見つけたって話、明日お父様に言ってくれるかな。それまでは、誰にも話しちゃだめだよっ」

「お父様って――もしかして領主?」

「うん、そだよっ。明日の朝、メイドさんに迎えに行ってもらうから、早めに起きて準備しておいて欲しいかなっ。ちゃんとしたお洋服も運ばせておくねっ」

「ああ、わかったよ」

 ステラは袖口を離すと、ぱっと笑顔になり、小さな声でまたねと告げた。扉の向こうに姿が消えるまで、俺達は互いに手を振りあった。

 大きく息を吐き、下りの階段まで戻る。ポケットに手を入れると、先程預かった髪留めが指先に触れる。早く戻って直してやらなくちゃな。

 階段までの動線の途中、一組の男女が歓談していた。男は、後ろ姿で顔が見えないが、腕にはびっしりと刻印が施されている。それにこの長身――間違いない、トルク・インドレスだ。

対する女性もなかなかの長身だが、トルクほどの丈はない。地面につかんばかりの長髪は、艶めくチョコレートブラウン。目を引くアーモンドアイの奥には、藍色の瞳が光っている。……どこかで見たような顔だ。

 俺が真横を通ると、二人は俺を一瞥した。女性はすぐにインドレス氏に目線を戻したが、彼は俺ににこりと微笑みかけた。

 そして二人は、何事もなかったかのように会話へ戻っていった。会話の内容は、聞こえそうで聞こえない。

 

 俺は大きくあくびをしながら、部屋へと戻った。


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