3:それは、初めて聞く音だった(2/2)
「ああ? なんだテメェ……」
男のブーツには複雑な模様が青く浮き出ており、小さくスパーク音を立てている。魔法、だろうか。男達は、揃ってこちらを見る。
「やめろって言ったんだ」
「うるせぇぞ、すっこんでろ」
数秒の睨み合いがあったが、男達は少年の方に向き直ってしまう。このままでは、暴行が継続されてしまう――
……妹がいるんだ。
か細い声で言った、少年の声が脳裏に響く。食べなければ死んでしまうからと、少年は盗みをやった。しかし少年は、腹を鳴らしていた。何日も食事を摂っていない、真っ青な顔で。
それでは、盗んだ食べ物はどこへいったのか――そんなことは、火を見るよりも明らかだ。
その細く小さな体は、守るべきものを抱えている。それをこんな形で、汚されて堪るもんか――!
「無視してんじゃねえぞ!」
俺は、リストバンドを外し、右腕を前方に突き出す。そして、渾身のエネルギーを込め――指を鳴らした。
再び振り返った男たちが見たもの。それは、野球ボールほどに肥大化した渦巻く火球、そして迸る火花。
何を隠そう線香花火である。
サイズは規格外だが、まぎれもない夏の風物詩だ。火花は牢屋中を跳ね回り、四方八方で爆ぜた。
「次は、本気を出す」
火球がぼたりと地面に落ち、飛散する。男たちは、それを咄嗟に避けた。俺は転移用の刻印にもエナを込め、燃え上がらせる。そして、その炎を見せつけた。
「な、なんだその刻印は――!」
当然、はったりだ。この刻印にエナを込めたところで、何も起こりはしない。
「……俺が本気を出したら、このフロアごと吹き飛ぶぞ。いま直ぐ俺の牢屋を開けろ」
冷汗が背筋を伝う。線香花火は、ちゃんと必殺技に見えただろうか。俺の腕は、震えていないだろうか。男達を精一杯睨みつけ、決して目線を外さない。
男たちの後ろで、人影がゆっくりと動く。
鉄格子の手前まで来たところで、少年は一気に駆け出した。
「おい、待て!」
「動くな!」
俺が叫ぶと、男はぴたりと動きを止めた。太った男が狼狽する一方、長身の男は先刻より微動だにしない。
「と、扉を開けろ」
男たちは動かない。
「開けろって!」
「……いいだろう」
長身の男は、俺と目を合わせたまま扉へゆっくりと近づき、錠を開ける。
「ただし」
「開けるのは、お前をサンドバックにするためだがなァ――!」
男がにたりと笑う。かと思うと、何かを投げて寄越した。避けはしたが、その「何か」は俺の動きを追尾し、俺の前腕部に突進する。ガチンと音を立て、俺の腕には金属のリングが装着された。それと同時に、転移の刻印から噴き出ていた炎が消える。
「何だ――!?」
男は、動揺する俺を嘲笑うようにゆっくりと扉を開け、牢の中に入ってくる。
「見慣れねえ刻印だが、エナを封じられちゃあ使えねえよなあ!」
男は一瞬にして間合いを詰め、俺の腹に膝蹴りを入れる。全身に、痺れるような感覚が伝わった。
「ぐ……ぁッ」
声が出ない。男のロングブーツに刻まれた紋様は、つま先から膝上まで全てが光り輝き、わずかに放電している。
「仕事の邪魔しやがって! 旅人だろうが何だろうが、関係ねえ!餓鬼を探す手間を増やした罰だ!」
二打、三打と腹に蹴りこまれる。膝を付き、腹を抱えてうずくまるが、次の一撃は背中に食らう。あまりの痛みに背中を反ると、こめかみに回し蹴りが決まった。俺の体は衝撃を受け止めきれず、牢の床を雑巾のように舐めて動かなくなる。
「体術はからきしかよ……エナを使うまでもないな」
男は、俺の顔を足蹴にする。もう一人の男も俺の牢に入り、俺の足を力強く蹴った。想像を絶する痛みに、声も出ない。男達は俺を踏みつけ、転がし、蹴り上げた。
ぱきん、と。体の中から音がした。
ふと、少年のいた牢に目をやる。空の牢屋。少年は、妹のもとに帰ることが出来ただろうか――
しかし、よかった。この痛みを味わうのが、彼ではなく、俺で。
俺は思わず微笑んで、意識を手放した。




