表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラムガーデン  作者: 潮騒 鴎
1章 永遠に明けない夜の世界
12/28

3:それは、初めて聞く音だった(1/2)


 *


 大きな虫が、床の上をゆっくり歩いている。五センチはあるであろうその虫は、全身が派手な蛍光イエローだ。薄暗い牢屋の中では、かなり目立つ色味をしている。

 そう。ここは鉄格子の内側だ。

 目隠しをされてきたため、ここがどこだか全くわからない。仮に目隠しをされていなくても、居場所が分かるような土地感はないけれど。

 牢屋といえば冷たいイメージだが、ここはやたらと暑い。それはそれで地獄だった。

「俺、前世で何か大罪を犯したのかな……」

 あんまりだ。異世界まで来てこの仕打ち。膝を抱えて、牢の端に縮こまる。

 僕、毒をもっています。……という顔で堂々と歩くその虫が、こちらに来はしないか注視していると、牢の外から小さな生き物が飛び出してきた。拳ほどの大きさのそれは、またたく間に虫に飛びつき、バリバリと食事を始めた。虫の足が飛び散るのも構わず、貪っている。

 派手な色の虫に対して、こいつはかなり地味な色味だ。モグラに似ている。本来目があって然るべき位置には、角のように鉱石が生えている。……生えているのだと思いたい。誰かが故意に、目に鉱物を突き刺したのだとしたら、あまりにむごい虐待だ。

「街にはゴミ一つなかったのになあ……」

 切なくなって、つい呟いた。薄汚れた牢屋の中は、夏のロッカールームの匂いがする。床は汚れ、壁は欠け、鉄格子は錆びている。留置にしては待遇が悪過ぎる。

「……おじさん、さっきからうるさいよ」

 どこからか声がする。暗くて気が付かなかったが、正面の牢の奥にも人がいるようだ。目を凝らすと、それが少年であることが何となくわかる。

「おじさんって……まだ俺十八なんだけど」

「だから、うるさいってば。騒ぐと、罰が重くなるよ」

「重くなるのは罪だろ」

「違うよ、罰だ。罪が変わらなくても、罰はいくらでも増やせるんだから」

 やけに知った口をきく少年だ。常習犯、なんだろうか。

「お前はなんでここにいるんだ?」

「……盗みをやったんだ。食わないと死んじまうだろ」

「そりゃそうだ」

 ぐぅ、と少年の腹が鳴る。鼻をすする音がした。

「泣いてんのか?」

「泣いてない」

「家族は?」

「……」

 無視か。

 眼前では、食事を終えた小動物が寝ている。廊下のど真ん中で、堂々としたものだ。


「……妹がいるんだ」


 少年が、小さな声で言う。

「お、俺と一緒だな」

「おじさんも?」

「だから、おじさんじゃないって」

 人影が、牢屋の奥から鉄格子の前まで移動する。廊下に設置された僅かな明かりで、少年の顔がはっきり見えた。

 凛や蘭よりは大人びているものの、まだあどけない顔つきだ。こんな幼い子供が、物盗りをやって生きているなんて。先程の街の様子からは、想像できない。どこに隠れて――いや、隠されていたんだ、この「弱者」は。

 俺も、一歩鉄格子に近づき、少年に向き直った。

「おじさん、旅人なんだね。旅人なのにここに入れられるなんて、よっぽど悪いことしたんだな。誰か殴ったの?」

「いや、なにもしてねぇから!」

「しー! ……で、ほんとはなにしたの?」

「ホントに何もして無いんだってば……」

 何の罪で留置されているか知らないが、何にせよ濡れ衣だ。

「おじさん、いつまでノートスにいるの」

「まだ決めてないな」

「ふうん……じゃあ、旅人証を返すとき、「どこの店も最高だった、一番は選べない」って言ってよ」

「おお? なんでだ?」

「なんでもだよ」

「……分かったよ」

 こつん、と遠くで、革靴が地面を叩く音がした。その音は少年も感知したようで、二人同時に牢の奥へ飛びのく。

「んー? こっちから声がしたと思ったけどな?」

「アルトの勘違いじゃねぇのか?」

 二人分の足音が近づいてくる。懐中電灯のような鋭い光が廊下に差した。その光が、廊下で寝ている小動物を照らし出す。小動物は強光に混乱したように、その場をウロウロした。

「げぇ、フルストじゃん」

「屋敷の地下だってのに。こんなとこにもまだ生き残ってんのかよ……」

「案外、こいつが最後の生き残りだったりしてな」

 牢屋の奥にいては、相手の姿は見えない。照らされた小動物をただ眺めた。

すると、小動物の影が揺らいでいることに気づく。そのゆらぎはみるみる強く()()()()()()()()()()


 隆起した影は、犬の頭のような形を成す。


 さらにぬっと高く伸びた影が胴を成し、ぱっくりと大口を開けた。ただし、その「口」は、頭とは全く関係のない場所――胴が裂けるようにして現れたのだ。驚く間もなく影は小動物を襲い、そして飲み込んだ。ギィ、と小さな断末魔が響く。

「お、おい三十八号! まだ食べていいとは言ってないぞ!」

「うっは! アルトのカエク、ホント馬鹿だよなぁ!」

「うるせぇ、悪いのはブリーダーだろ!」

 騒がしい話し声が、さらに近づいてくる。二人分の人影が視界に入るが、目を合わせないように目線を逸らした。

 前触れなく、鉄格子がガァンと大きな音を立てる。耳が痛いほどの反響に、逸らした目線を引き戻されてしまう。

 打ち鳴らされたのは、俺の牢の鉄格子ではなかったようだ。少年の牢の前に、二人の男が立っている。

「おい、出てこい。お前に与える罰が決まったぞ」

 男の声に応じ、少年が廊下の方へ出てくる。

「お前への罰は、領地外追放だ」

「追放……!?」

 少年の声色に絶望が滲む。鈍い音を立てて鉄格子の錠が開く。

「どこへでも行け。まあお前のような身なりでは、受け入れてくれる領地はないだろうがな。フローレンス領も、お前のような景観を損ねるクズは要らねぇってこった」

「野生のカエクセンシィに怯えて暮らせよなあ。ほら、早く出ろ!」

少年が腕を強く引かれ、無理矢理牢から引きずり出される。少年は手足をバタつかせた。

「止めろ! 離せ! 離せよ!」

「暴れるなクソ餓鬼!」

 動物のように全身を震わせて抵抗する少年を、大人の男二人で押さえつけている。半開きになった鉄格子に少年の体が当たるたび、鉄格子は喚き声をあげる。

 こんなことが、あっていいのか――? これではただの暴力だ。蹂躙だ。罪人とはいえ、年端もいかない子供じゃないか。今あそこで、物のように引きずられているのが、凛や蘭だったら――少年に妹達の姿を重ね、やりきれなさと際限ない怒りで脳が沸騰する。


 暫く揉み合いをしていると、少年が振り回した足が、男の脛を思い切り打ち付けた。

「痛ぇ……」

空気が凍りつく。少年も暴れるのを止め、恐る恐る顔を上げた。こちらから男の表情を伺うことはできないが、少年の顔が強張ったのが明確にわかる。


 次の瞬間、少年の体は宙を浮き、牢後方の壁に叩きつけられた。声にならない呻きが、少年の唇の隙間から漏れる。

 少年の細い体は、その場にくずおれた。


「止めろ!」


 反射的に叫んでしまう。しかしその声は震えていた。やってしまった、と、思ったがもう遅い。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ