2:夜空の瞳となびく髪(1/2)
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そこからは、数百メートル置きに街灯があり、どいつもこいつも歌を歌っていた。しかも、みんな揃ってイマイチ上手くない。なんのために人格を持っているのか知らないが、旅人を歓迎するのが役割なのであれば、もう少し練習した方がいい。
六つ目の街灯の前を通り過ぎると、前方に巨大な門が現れた。門を挟むようにして二本の塔が立っており、左右には防壁が築かれている
「これが関所ってやつか……!」
「最初からこの中に落ちたかったですね」
文句を言ってはいるが、琥珀の顔は緩んでいる。
「お前も人間らしいところあるんだな……なんか安心したぜ」
「私の愛らしい言動で元気が出たということですね? 対価を要求します」
「やり口が完全に悪徳商法なんだが」
愛らしさの欠片くらいは見せてほしいものだった。
防壁の向こうからは、上方へと街明かりが溢れている。夜間試合中の屋外球場を外から眺めると、こんな感じかもしれない。勿論、規模は球場とは比べ物にならないが。
関所が近づくにつれ、不安がよぎる。
「パスポート的なものが必要かもしれないよな」
「通行料を要求されるかもしれませんね」
「……」
「……」
俺の不安が伝播したのか、琥珀の表情が曇る。心臓が鼓動のスピードを上げる。関所の前に門番が立っているのを見ると、更に心音は荒ぶった。
「たのもー!」
門番の顔が視認できる距離まで来たところで、倉科が声を上げる。「倉科さん? それ違くない?」
心拍数が上がっているにもかかわらず、顔から血の気が引いた。
「な、なんてこった……!」
門番も青ざめる。門番と俺たち、三人の間に緊張が走った。
数秒の沈黙の後、緊迫した空気を破ったのは、門番だった。
「フ……フローレンス領へようこそ! いやあ、嬉しいなあ! 南の門番になってから、もう一年になるけど、外から人が来たのは初めてだよ!」
「!?」
思い切り手を握られ、ブンブンと握手される。
「旅人さんだろう? 皆まで言わなくていいよ、その格好を見ればわかるさ。さあ、身体検査はこっちだよ」
グイグイ手を引かれる。やけに好意的だ……悪いことではないが。
巨大な門は閉じられているが、扉自体に小さな出入り口がついている。門番がその小さな勝手口を開けると、照明がついたかのようにその場が明るくなる。扉の向こうは、室内なのだろうか。
導かれるまま、少しかがみながら中に入る。
二人揃って、目を見開いた。
眼前には、眩い光の街が広がっていた。街中が輝き、人々の騒めきがある。まだゲートの外側だが、そのゲートすら、テーマパークの入り口であるかのように思えた。
この光景を前にすれば、百万ドルの夜景も裸足で逃げ出すことだろう。
「綺麗……」
倉科の口から、ぽろりと単純な感想が溢れる。しかし同感、胸踊る美しさだ。
「どうですか? ノートスは城から一番遠い都市ですが、それでも人口だけで言えば二番手なんです。なかなか栄えているでしょう?」
門番が胸を張って話す。
「ここの生まれなのか?」
「え? いえいえ! まさか。僕は生まれも育ちもメディムです」
「はは! そうだよな! メディムだよな!」
「そうですよー、あははっ。冗談がお上手ですね」
何が面白いのか全く分からない。
「それでは、荷物を拝見しますね」
身体検査が始まった。荷物だけでなく、体にも触れられる。初めての感覚だ……医者ですらここまでベタベタ触ることはない。この門番、随分若い。中学生のようにも見える。このような歳でも、職を持つ世界なのか。
門番は荷物の中でも、俺の教科書が気になったようで、「僕には読めない文字ですね」と恥ずかしそうに笑った。
「こんな大きな門、一人で守ってるのか?」
出来心で聞いてみる。
「ええ、そうですよ。この先には何もありませんからね……どうせ誰も来ません。防壁を拡大するとき、南に門を作るかどうかすら、評議にかけられたほどです」
「へぇ……」
確かに、この先に何もないのは、俺達も確認済みだった。 ひとしきり触り終えたところで、門番は首を傾げた。
「もしかして、クラウムはお持ちでない……? 旅人さんの場合、入領時にシリアルを控えるルールなのですが」
クラウムってなんだ……? 持っていて当然のものなのか? 名前からは、どんなものなのか想像もつかない。
「すみません、旅の途中で紛失してしまいまして」
倉科が上手く対応する。ナイスフォロー! と小さく親指を立てた。
「わあ、それは災難でしたね……不便だったでしょう。持っていないものは仕方がありませんね。これ、旅人証です」
門番が差し出したのは、木の板だ。何か書かれているようだが、見たことのない文字で全く読めない。首掛け紐のようなものがついている。
「体の、どこか見えるところに掲げて歩いてくださいね。皆さん、親切にしてくれますよ。それでは、良い滞在を!」
門番が手を振り、送り出してくれる。俺たちは、街のきらめきの方へ、開かれたゲートをくぐった。




