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ルレ

 ソルセに向かうには、北の森を抜けなければならない。


 魔族との大戦後、平和を取り戻したとはいえ、人類にとって危険なエリアは存在する。シアン国民から北の森と呼ばれる一帯も、その一つだ。魔王の拠点であった魔族の根城は北西の局地にあり、そこに近づくにつれ強力な魔族に出会う傾向にある。ソルセは人族が生活を営む国では最北西部に位置する。その周囲に広がる森に魔物が住み着くのは、きわめて自然なことだ。


 魔族との戦争時に比べれば遥かに行き来しやすくなったとはいえ、北の森を経験の浅い冒険者だけで突破するのは未だ困難だ。鬱蒼とした森林は昼間でも日光が差し込む程度で、日が落ち始めるとたちまち暗闇に包まれる。魔物たちは人間を見つけると、ほぼ問答無用で襲ってくる。


 フォンクとリコルは、ルレという都市で戦闘のための装備を整えることにした。

 ルレはモカシェとソルセの中間地点にある町で、ピュイサン領に属する。ただ、もとは独立都市であり、ピュイサンから実質的な自治権を与えられているため、ピュイサンによる政治的な影響は薄い。中立市という雰囲気で、他国民が住むのは難しくても、立ち寄る程度なら問題はない。


「フォンクさん、どうしてスブニャじゃなくてルレなんですか。スブニャも武器防具は良品がそろってますよ」


 武器屋の壁に並んだ剣や斧を眺めながら、リコルが言う。


「よく知ってるな。確かにそうだ。まあ、スブニャは顔見知りがいて、バレると面倒でな」


「スブニャに住んでたんですか?」


「そうじゃない」


「そうですか」


 フォンクは武器屋の店主に話しかける。


「魔導杖を予約してたんだけど」


「フォンクさん? ああ、火のⅡ型でしたか。倉庫からとってきますんで、ちょいとお待ちください」

 そう言うと店主はカウンターの奥に消えていった。


 魔導杖は代表的な魔導具の一つで、出力魔法のレベルでⅠ型・Ⅱ型・Ⅲ型以上に分類される。それぞれ初級、中級、上級以上の魔法が魔法力なしで使えるようになると考えればよい。


「ここ、魔導杖なんて置いてるんですね」とリコル。内心は「この人、杖使うんだ」と興味津々だった。なぜならフォンクと行動を共にしてからというもの、この男がどう戦うのか、一度も見たことがない。背中の剣も、実物かどうか疑っていたくらいだ。


「取り寄せてるだけさ。リコルは何も買わなくていいのか?」


 フォンクが尋ねると、リコルは待ってましたとばかりに鞄から分厚い指ぬきグローブを取り出した。


「リパルスナックルか。さすがにいいもん持ってるな。……いいのか? 宰相の娘が北の森に入って。これから北の森以上の危険に出くわすことだってある。何かあっても俺は責任取れんし取らんぞ」


 アンフォミに教えてもらった事実を、さも知っていたかのように放り込む。リコルはやや気まずそうに下を向いていたが、


「フォンクさんはわかっていません」ときっぱり言って、黙った。


 ちょうど良いタイミングで店主が戻ってくる。


「いやあ、代金は前払いでいただいていましたから、サービスです」


 魔導杖のカートリッジ3ケースをおまけしてくれると言う店主に、フォンクは「助かります」とぎこちなく作り笑いを浮かべながら、商品を受け取った。



 機嫌を損ねたリコルをどう扱ったら良いものか。武器屋を出て、フォンクは沈黙を貫くリコルの後ろを歩いていたが、どこに向かっているのかわからない。当のリコルもよくわかっていない。


 そうするうち、フォンクは己の無策に頭を抱えたくなってきた。


 ソルセに行ってからどうすればよいのか。手がかりのないスタートだからと開き直ってはいたものの、本当に偽勇者・オカダの「何となく」だけを理由にソルセまで行って良いものか。唯一にして最大の手がかりとなりうるのはソルセの元女王であり、60年前に勇者を補佐した賢者サージュだが、サージュに会えるなら真っ先に誰もがソルセに行く。そうしないのは、サージュが一国の王や将軍でさえ会うことのできない人物だからだ。賢者と呼ばれ、かつ魔女の長だったソルセは、後進に道を譲ってからというもの、とりわけ同じく英雄であったメイゲイルが亡くなって以降は、その所在すら知り得ない存在になった。時折死亡説は流れるものの、その度に姿を見せるので存命ではあるはずだ。


 サージュに会う方法も、その他の手立ても見つかりそうになかった。アンフォミがモカシェからなかなか出なかったのがいい証拠だ。情報稼業は、情報から情報へと渡り歩くのが基本なのに。北の森は抜けるのは造作ない。ただそれに見合ったリターンが、消えた勇者への手がかりが、ソルセでどう見つかるというのか。ソルセに行き、「勇者を探しているんです」とでも触れ回るのか。完全におかしな人じゃないか。60年前にいなくなり、10年前には探されなくなった人物を、いま探している男は、いったい何なんだ。――


「うーん、うーん」


 後ろでフォンクが唸るので、リコルは咎めるように振り向いた。


「自信ねえな」とフォンク。


「えぇー。でもソルセに行かないと、ほかに行くとこないでしょ」


「そうだけどさあ。……傭兵、雇おう。リコルの武器のぶん、お金浮いたし」


 フォンクは斡旋所の看板を見つけ、右に90度方向転換した。


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