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偽勇者

 モカシェの第1刑事施設は刑の確定していない犯罪者が入牢する。一般的には奥の部屋に行くほど重要人物とみなされる。すると、偽勇者はこの国の刑事手続き上、最重要人物とされているようだ。


 フォンクが入口の刑務官に面会札を渡すと、


「伺っております」とすぐに扉を開けてもらえた。


 1階でまだ外が明るかったせいか、ピュイサンの地下牢のような暗く、湿っぽい雰囲気はない。囚人は政治犯や知能犯罪者が多く、フォンクたちが通っても格子の奥から大人しく見ているか、無関心だ。


 突き当りの牢では、若い男が椅子に座って本を読んでいる。不思議と読書する姿がサマになっているその男の四肢はすらりとして、戦闘経験の浅いことは明らかだ。


 偽勇者と呼ばれる男は、フォンクたちに気づくと顔を上げて言った。


「またお客さんか。これじゃ動物園のパンダだな」


「パンダ?」とフォンクが反応すると、


「この世界にパンダはいないんでしたっけ。いえ、こっちの話です」と残念そうに読んでいた本を閉じた。


「あなた、魔封束を4つも着けて平気なんですか」と間髪入れずにリコルが問う。


「魔封束?」と一瞬戸惑う偽勇者に、


「手足にはめてる輪っかだよ。それ、魔力をカットするから」とフォンクが補足する。


 魔封束は公的に出回っている魔導具の一種で、おもに犯罪者の拘束に用いられる。魔法使いを牢屋に入れても、魔法で牢ごと破壊するなり、看守を操るなりすれば簡単に脱獄できる。それまで魔法力の強い囚人は、とにかく物理的に、厳重に隔離するしかなかったが、魔封束の開発で一般の囚人とほぼ同様の扱いが可能になった。


 リコルが続ける。


「魔封束はすべての魔力まで奪いませんが、その人が発揮できる魔力の9割以上を抑えます。それまで常にあった魔力の10分の1以上を奪われた状態で過ごすわけで、ほとんどの人は倦怠感とか違和感を訴えるのですけど、あなたはそんな感じじゃないですね」


「そういうことなんですね。ええと、この世界の知識をまた一つ教わったのは良いのですが、僕はあなた方が誰なのかさっぱり……そちらはある程度ご存じのようですが」


 そう言って苦笑する偽勇者に、フォンクとリコルは一言詫びてから自分たちの名前を告げると、


「さすがに異世界だ。人の名前も覚えづらくていけない。僕はオカダといいます」


「オカダ?」とフォンクが聞き返す。


「はい」と答えて、オカダはフォンクたちの反応を観察した。


「この世のものと思えん名前だな。いや、実際そうなんだろうが。悪い。これまで一度も聞いたことがない、という意味だ」


 オカダは微笑んで、

「いえ、良いですよ。それより、あなた方も何か目的があって来たのでしょう。たとえ偽物でも、勇者の名は人を呼び寄せるようですね」


「何度も話しただろうから申し訳ないんだが、この世界に来た経緯を説明してもらえないか」とフォンクが頼む。看守が運んできた簡易の椅子に、フォンクとリコルは腰を下ろした。このためにフォンクは面会時間一杯に申請した。


「構いません、どうせ暇ですから。少なくともあなた方はまともに話を聞いてくれそうだし」


 そう言うと、オカダは両手の指を組み合わせて、やや天井を見上げるようにしながら話し始めた。


「僕としても、記憶が定かでない部分はあるのですが、あっちの世界で事故にあったのがこちらに来たきっかけだと思います。説明が難しいんですが、猛スピードで走る機械にぶつかりましてね。向こうの世界には魔法なんてなくて、みんな魔法もスキルも使えない、弱い人間だけなんです。そして意識を失って、気づいたらモカシェ南岸の砂浜にいました。……どうですか、付いてこれてますか?」


 眉間にしわを寄せるリコルを目に入ったのか、思わずオカダが話を止めたが、


「問題ない。続けてくれ」とフォンクが続きを促した。


「モカシェの南といっても、だいぶ西寄りで。ひたすら歩きました。どうして東に向かって歩いたかは、何となくとしか言いようがありません。本当に何もわからず……何時間も歩いていると、荷物を持った老婆がゴブリン、いやインプ……この世界でファルファデというそうですね。そいつ等に小突かれているのが見えたんです。道徳的にどうかと思って助けたのは間違ってなかったようで、老婆に感謝され、食い物くらいは用意してやるからと一緒に町まで歩くことにしました。すると、たぶんさっきのファルファデだと思いますが、デカい鳥と巨大なファルファデを引き連れて戻ってきて、巨大ファルファデはこん棒を持ってイカれた感じでしたね。おばあさんは腰を抜かしてるし、これはヤバいなと思ったんですけど、ほかに頼る人もいなけりゃ、逃げ出すのも後味が悪い。すでに一回死んだようなもんだと思って、とにかく追い払おうと、そこからはうまく説明できないんですが、剣も盾もなくて、鳥の攻撃を避けながらどうにかして一矢報いようとしていたら、雷が飛ばせたんです。……あっはっは、自分でもどうかしていると思いましたけど、雷が振り上げた巨大ファルファデのこん棒に落ちて、他のファルファデと鳥は蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。そこからは――」


「勇者と呼ばれ、港町のハルバで歓待を受けた。そのまま勇者を名乗ってモカシェに来て、捕まったか」


フォンクが口を挟むと、オカダはゆっくり頷いた。


「ええ、だいたい合っています。ハルバで勇者の伝説をさんざ聞かされました。決め手は、雷魔法が使えることだそうで。突然海辺に現れたミステリアスさが、余計にそう思わせたんでしょうね。……僕はRPGの世界に迷い込んだのだと思って、向こうの世界でそういうゲームがあるのですが、自分が勇者で、好き放題やって良いと思い込んでしまって。自制が利かなくなって……。こんなことなら、元の世界に帰る方法を、素直に探すか、帰れなくても、この世界に順応していれば、……そう思っています」


 ただでさえ静かな牢屋に沈黙が流れる。他にいる囚人さえ、意識的に物音を立てないでいるかのようだ。何度も聞くであろう話に呆れているのか、それとも信じ始めているのか。


「60年前に消えた勇者がどこに行ったかわからないか?」


 フォンクの突然の問いに、リコルは思わずフォンクの顔を見遣る。


「ここに入ってから、2、3人に同じことを聞かれました。消えた勇者の話、何とも、興味深い話ですね。もしかすると、僕はその勇者の代わりなのでは、と思わなくもないのですが……いえ、正直言って、わかりません。ただ、その問いにはこう答えるようにしています。僕はここで捕まらなかったら、ソルセに行くつもりでした。理由は、何となくです。海岸に流れ着いてから、東に歩いたように」


「勇者のことを聞きに来た人間がどんな奴か、できるだけ教えてもらいたい」


 オカダは目をつぶって記憶をたどりながら答える。


「えーっと、1人目はデカい鎧を着たデカい男。この人はインパクトがすごかったから忘れようがない。真っ黒な鎧で、豪勢なマントを着てたなあ。あれ、どっかの偉い人でしょ。態度もめちゃくちゃデカかったですね。2人目は、ガラが悪そうだけど、どこか高貴な感じのするイケメンです。ガタイの良い、忠実そうな子分を引き連れていました。あとは……どっかで聞かれた気もするけど、ここに来てその質問をしたのはこの2人ですね。フォンクさんが一番まともですね。3人のなかじゃ、お強そうには見えませんけれど」


「わかった、ありがとう」と言ってフォンクは椅子から立ち、


「他に聞いとくことはないか?」とリコルを見る。


「オカダさんは雷魔法以外の魔法も使えるんですか?」とリコルが問うと、


「正確にはわかりませんけど、ここに入るまでに、火・水・風あたりは。訓練する時間があれば、たいていの属性は使えそうな気がします」


「それって、すごいことですよ」


 声のトーンを高くして驚くリコルに、


「7種類使えるようになれば、勇者でなくても、七色の魔法使いで売り出せるかもしれませんね。虹の七色です」と言って一人悦に浸っている。


「専任の弁護人はいるか? ……もしいなければ、こっちでテキトーなのを付けても良い。公判までにハルバの人間、できればバアサンを呼ぶ手配をするんだ。奴隷の件は、奴隷を解放する意図だったと主張しとけ。そうすれば、早くここから出られる。それまではこの世界のことを、訪ねてくる人や書物から学んでおくんだ」


 そう言い残して出口へ向かうフォンクとリコルの背中に、オカダは立ち上がって、


「フォンクさん、この世界に僕のように異世界から来た人はいますか?」と尋ねた。


「いや、聞いたことがない」とフォンクは振り返って答える。


「そうですか。……ここの看守は頼めば本を差し入れしてくれますから、何とかやっていきます。ありがとうございました」と言うと、オカダは疲れたようにガクンと椅子に座った。


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