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モカシェ

 モカシェは人族の国で最も安全と評される。単純に魔族が本拠とする北西の大陸から遠いのもあるが、先述のように政治的な先進国であることが大きい。自由と権利を保証された人々は争いを好まない一方で、不正には強く対処する。一部のモカシェ人は自国民の高潔を誇り、他国民を見下げる嫌いがある。


 古風な木造建築が立ち並んでいたかと思えば、開放的な広場があり、カラフルな石造りの建物がある。バラエティ豊かな街を、多種多様な人々が彩る。奴隷の一掃には至っていないものの、この光景だけで、モカシェは老若男女に等しく活気のある国だとわかる。


 洞窟を歩き通しで疲れた様子のリコルだったが、モカシェの街並みに元気を取り戻した。手作り菓子の屋台を指さして、


「うわ、すごい。フォンクさん、こんなのシアンにないですよ」とはしゃぐ。


「オオイ!」


フォンクは人さし指でリコルを呼び寄せ、声を潜めて言った。


「ここはスパイ天国だ。もっと警戒しましょうね」


「すみません、つい。……中央への報告を済ませてきます」


「ああ。戻ったらさっそく偽勇者のいる牢屋に行こう。先に庁舎で許可取ってくるからな」


「はーい」と返事をしてリコルは連絡所に駆けていった。


 ここまでの行程で、フォンクはリコルが諜報系の任に就いたことがないか、あるいは滅多に就くことがない立場にあることはわかった。情報を扱う仕事なら偽勇者の件を耳にしていないのは不自然だ。モカシェではしゃぐ様を見ると、外のこともあまり詳しくないらしい。仮にエギューの秘書のようなものだとしても、フォンクが魔族語を扱えることを知らなかった。エギューのレドワ同士が互いの顔さえ知らないのは原則だが、だとしたら彼女の本分は何なのだろう。


 もっとも、すぐにわかることもあった。まずリコルは武闘系の鍛錬を積んでいる。スタミナはフォンクよりありそうだし、基本的な身のこなしが普通の女性のそれとは違っていた。


(そんなに強そうには見えないが……もしかしたて俺より強いのか? どちらにせよ、北の森でわかることだ。しかし、アレが俺の監視役とは……シアンもいよいよヤバいのか)


フォンクはゆっくりと庁舎へ向かって歩き出した。



 モカシェの政治は庁舎で取り仕切られる。他国より行政手続きは厳格で、権力者に話を通しておけばオッケー的なゆるさが少ない。その分フェアにはできている。フォンクのような外部の人間でも、規定の手続きさえ踏めば囚人と面会することができる。


 フォンクが庁舎の1階で面会用の書類を記入していると、リコルが連絡所から戻ってきた。


「お待たせしました」


「ちょうどよかった。いま書けたから、出してくる」


 フォンクは書類を窓口の女性に渡し、引換に面会札を受け取った。


「対象者は第1刑事施設、1階の突き当りです。施設の場所はこの庁舎を出てーーー」


 親切に説明を始める女性を制して、フォンクは微笑み返した。


「場所はわかります。ありがとうございました」


 庁舎を出て、二人は偽勇者の入る牢屋を目指した。


「笑顔、嘘くさいですね」とリコルが悪態をつく。


「マジで?」


 フォンクは何度か作り笑いの練習をした。


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