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思い出①

 フォンクが入れられた牢は、魔王城に併設された石造りの塔にある。人間の監獄とそう変わらない。囚人はフォンクだけだった。


<たまに人間の囚人が来ると、このフロアにぶち込むんだが、すぐくたばっちまうんだ>と言って、ファルファデの看守が黄ばんだ犬歯を見せて笑う。


 フォンクは壁にもたれて座り込んだ。冷たく硬い石床で尻が痛む。構わず天井を見上げた。虚ろなまなざしで知り得る情報を頭の中に浮かべる。それらはパズルのピースのように組みあがっていく。


「疲れたな。いまなら、オカダの気持ちがわかるぜ」


 フォンクはガクンと首を垂れた。自分の右手首に魔封束がかけられていることに気づいた。


「皮肉だな。あの時守ったはずのものが、ここにあるなんて」


 消えゆくような声で言い、やがて深い眠りに落ちた。


―――


 ピュイサン城1階、魔族対策室本部。エフェッサと談笑する同僚をよそに、フォンクは浮かない顔でデスクに座っていた。


 多彩な剣と魔法で知られるベイゲイルが創設したピュイサン軍なら、純粋な体術で劣る自分にも出世の目があるのかもしれないと抱いていた淡い期待は、入官とともに崩れ落ちた。士官候補生としての登用だったはずが、ふたを開けてみれば大規模な人員改革のあおりを受け、魔族語が人よりできるという理由だけで魔族対策室へ配属された。魔族から国民を守る騎士を目指していたはずが、気づけば文官のユニフォームで、城で書物とばかり格闘する日々だった。


 軍事国家のピュイサンでは、戦場で輝く現場の兵士こそ花形であり、内勤は肩身が狭い。魔族対策室は魔族の文化から戦闘時の弱点までを研究分析する名目で創設された部署だったが、実態は領内の魔族被害を補償するカスタマーサービス的な業務も多かった。フォンクもまた小型のコウモリのフン害対策について、市民と丁々発止のやり取りをした。魔族に破壊されたり、兵士との戦闘で傷ついた財産の補償を求める書状や客は毎日現れたが、自己責任の言葉を盾に国民の罵声を浴びながら追い返した。たまに舞い込むピュイサンの功績となる大きな案件は、受任するとすぐに本隊へ回される。それでも、フォンクは全力で働いていた。エフェッサが辞め男性陣の士気が落ちようとも、彼は仕事の手を抜かず、それどころか自身の鍛錬もひそかに続けていた。フォンクは仕事を終えるのが早いという噂はプラスにもマイナスにも働いたが、その理由を知るものはなかった。


 6年前のある日、フォンクはある書状に気づく。士官から約2年、同僚の信頼を得るにつれ、面倒な案件は彼に回されるようになっていた。


 書状はスブニャの市民からで、「定期的にガーゴイルを見かける。心配なので兵を寄こしてほしい」と書かれていた。複数届いた手紙の情報を総合すると、たいてい1月に1度、ガーゴイルと思しき人型の魔族がスブニャの近郊に現れる。何かを物色するように街の上空を旋回したかと思えば、飛び去っていく。そんなことが繰り返されるうち、人が襲われる事件が起きた。襲われるといっても魔族語で何かを問われ、理解できない市民を突き飛ばした程度で被害はさほどではない。だが、ガーゴイルは知能が高い魔族で、闇雲に人を襲うことは考えられない。何か目的があるはずだった。


 フォンクはガーゴイルの生態を調べ、レポートを上司に提出した。当時の上司、ラシュテは小太りな中年男で、もとは正規兵の属する騎士団の副官まで出世した実績を持つ。だが虚勢を張り、部下に理不尽に当たり散らす一方で目上にはこびへつらう姿勢は、周囲からの反感を買っていた。なぜこんなやつが城で権力を持てているのかと、フォンクならずとも誰もが考えていた。


 ラシュテの横暴は年を経るごとにひどくなった。魔族対策室をはじめ、退官者も増えた。一説には、エフェッサの退官が彼の影響ではないかという噂も流れたほどだ。しかしラシュテは魔族対策室を含む複数部署の長であり続けた。魔族対策室は、まるでラシュテを閉じ込めておく檻のようだった。


 まともな議論は期待できない。フォンクが提出したレポートを、ラシュテは一瞥もしなかった。


 そうしている間にも、事態は進展していた。ガーゴイルの数が5体、10体と増えていると訴える書状が届くようになった。ガーゴイルが平地に降りてくることさえ珍しいうえ、魔王の本拠に近いエリアに住んでおり、市民が立ち向かえるレベルの魔物ではない。討伐には専門の訓練を受けた兵士を当たらせるのが妥当だ。ピュイサン兵を基準にすれば、若手の戦士一人で、ガーゴイル1体といったところか。


 市民が戸惑うのも無理はない。スブニャは商業の盛んな都市で、軍事はピュイサンに頼り切りだった。スブニャにもピュイサンからの警備兵が常駐しているが、十分に機能していないと見受けられた。


 フォンクは度々ラシュテを呼び止め、スブニャへの本隊の派遣を訴える。しかし色よい返事はもらえない。それどころか、依頼するごとに叱責を受ける。


「そんなことどうでもいい」「お前のような小役人は、私の言う通りにしておけ」「兵士にもなれないクズ」「アホ」「お前の仕事はそれだけなのか」……


 けっして温和とはいえないフォンクは噴火寸前だった。何度もラシュテを殺してやろうかと思ったが、大人になると本能のままに拳を振るえないものだ。まして自身の可能性をかすかに信じて、魔法と剣の技を隠れて磨いていた彼にとって、一時の過ちは、その努力をフイにしてしまうような気がしていた。


 後日、ある市民から詳細な書状が届く。手紙を頻繁に送っていた一人で、ガーゴイルの言葉を解する者を連れてその意図を探ったという。その中の一説にフォンクの目が留まる。


「3週間後の〇月×日にガーゴイルが『目的のもの』を盗りに来ます。手段は選ばない。彼らはそう言っていました――」


 書状の原文を手に、フォンクはラシュテを訪ねた。

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