魔導具
シアン国に戻ったフォンクは城に向かった。ピュイサンの王都での喧騒とは違って、シアンの人々は淡々と仕事に打ち込んでいる様子だ。
シアンもピュイサンと同じく王政を敷いている。政治の中心は城だ。いずれも王が君主として大きな権力を持ってはいるが、実態はそれぞれ異なる。
ピュイサンが伝統的な軍事国家であり、実質的な権威は将軍に集中しているのに対し、シアンは技術国家を標榜しており、予算の多くが研究開発に使われる。研究の大半が、一般に魔導具といわれる装備品に費やされる。
魔導具はかつて、人族最高の発明とまで称された。魔導具を端的に表現するならば、そのまま魔法力を有した武具といえる。武器防具のなかには、なぜか魔法力のない者でも特定の魔法を発することができるものがある。そこにヒントを得た先代シアン王が、開発に乗り出したことがきっかけだ。
詳しい経緯はこうだ。
この世界には魔法を使える人間と、使えない人間がいる。火を出したり、傷を癒したり、身体能力を向上させる不思議な力は、本来人間の身体には備わっていなかった。
魔法力の起源は、連綿と続いてきた歴史のどこかで、異民族や魔族の遺伝子が人族のそれに混ざった結果と言われている。事実、シアンの研究機関で、人体にある種の因子を含んでいる者は、魔法力を発現する可能性が著しく高いという結果が判明している。
魔法が使えるかどうかは、個人の戦闘力、ひいては周囲の人々の生存に大きくかかわる。たった一人の大魔法使いが一国を滅ぼす話も、ともするとあり得なくはないのだ。
それだけに人族は長らく魔法の力をコントロールする術を欲していたが、そもそも魔法が扱えるかどうか自体、各人の持って生まれた先天的な才能によるものであって、後天的にどうしようもないものと考えられていた。
かつて強国ピュイサンの将軍をつとめた英雄メイゲイルは類まれなる魔法戦士だった。
勇者とともに魔王討伐を成し遂げた彼はその後国に戻り復興と国力増強に尽力したが、メイゲイルを超える魔法戦士はおろか、ピュイサンは人工的な魔法力向上を不能と判断し、純粋な戦士中心の軍隊構成に切り替えた。明らかな方針転換はメイゲイルが没した後のことだった。ブラックメイル部隊が創設されたのもその頃だ。
一方のシアン国はもともと職人街の新興国家で、兵力ではピュイサンの足元にも及ばなかった。
そんな国が、いったい何に頼ればよいのか。どうやって我が身と、家族を守ればよいのか。再び魔族の来襲を受けるとも限らない危機感が残るなか、先代シアン王は国家の命運を技術に賭け、研究の末に、魔法効果を備えた一部の武具のメカニズムをコピーすることに成功したのだった。
魔導具を用いれば、魔法の才のない一般人でも魔法が使える。老若男女が魔法の恩恵にあずかり、自らの力で魔族や賊徒から身を守れるようになる。――そんな触れ込みは、瞬く間に広がった。
包丁が使い方で人を生かしも殺しもするように、悪人の手に渡った魔導具は、悪事に利用された。魔導具の効果が使用者の魔力で差が付かない以上、もとより武装した悪人がそれを用いれば、戦闘訓練を受けていない一般人は歯が立たない。
こうして世紀の発明は犯罪者の神器と化した。流通した魔導具は各所の治安悪化に加担した。世論に追われたシアン国は免許制を導入し、法令と規制をかけて対処、厳格な取り締まりを行ったが、やがて魔導具の生産量を大幅に限定せざるを得ない事態になった。
表向き、魔導具は一部の兵士と富豪の所有するものとなり、市井の人々の手の届かない代物となった。当初の魔導具創設の理念は失われていた。
シアン国の受難はこれで終わらなかった。危険な武具の開発とその管理不足を口実に、ピュイサン国に目を付けられたのだ。英雄メイゲイルの名声のもと、戦後人族国家の盟主として存在感を増していたピュイサンは、シアン国の征服・合併を目論見始めた。
以下はピュイサン国の言い分だ。
「シアン国は人類に混乱をもたらす兵器を開発した。人族には過ぎた力を持て余し、制御することができていない。このままでは人類全体にとって危険で、どこかの国が、シアン国に代わって、魔導具とその技術を管理する必要がある」
シアン国が魔道具を管理しきれなかったのは事実であり、他国もピュイサンの言い分に表立って反論する理由はない。まして強大な力を持つピュイサン国に進んで歯向かう勢力はなかった。かくしてピュイサンの大義名分は支持され、シアンがその軍事力に屈しなければならない日が訪れるまで、時間の問題となっていた。
しかし、シアン国も黙ってピュイサンの軍門に下る気はなかった。どうにかして独立国家として生き抜く術を探していた。
現シアン君主は、先代とその種は違えども、同じく国家存亡の危機と戦っていた。




