追手
城壁へ走る4人の姿が、1人また1人と警備兵の目に留まる。異常を知った警備兵がそれぞれ警笛を鳴らす。波及する騒がしさが沈黙する夜空を切り裂いていく。
「西門からこの街を出る。まっすぐ行けば明朝には森のアジトに着く」
フィデリの能力で城壁を越えると、フォンクたちはペティフィスの指示で西へ走った。
フォンクとしても、ほとぼりが冷めるまではペティフィスのアジトで匿ってもらうしかなさそうだ。
先頭を走っていたペティフィスが立ち止まる。街の西門でブラックメイルを着た兵士が二人、待ち構えている。門の両側の松明が、漆黒の鎧に映ってメラメラ燃えている。一般に屋外では魔導灯を使用せず、燃料式の灯りを掲げる。火事のリスクより、盗難の損害が大きいからだ。
「あの鎧どもには近づくな。とりあえずこれを持って」とフォンクはリコルに収納で拾ったメモを渡し、
「背後を見張っててくれ」と言って魔導杖を左手に構え、右手で背中の剣を取る。
「普段、あそこに鎧はいない。手配が早すぎる」とフィデリ。
「だが正体が僕たちとは知れていないようだ。フィデリ、フォーンク、援護しろ。突破する!」
補助魔法で身体機能を高めたペティフィスが、雷鳴剣ではなく、自前の剣・トレゾール片手に地面を蹴る。舞い上がる砂塵の竜巻が増加された脚力を物語っている。それに合わせてブラックメイル二人も大剣を構えて迎え撃つ。
フォンクはⅡ型魔導杖で火の玉を連射、ブラックメイル各々に1発ずつヒットする。ダメージはほぼないが、怯んだ隙をつき、短距離魔法で一気に距離を詰めたフィデリがブラックメイル1人に掴みかかり、動きを止める。他方にペティフィスが斬りかかる。強化された身体から名剣を振るう一撃は、ピュイサン最高の技術で鋳造した鎧をこじ開けるように斬った。
ペティフィスは獣のように吠えながら風魔法で突風を起こし、斬撃を与えたブラックメイルを吹っ飛ばす。その間、フィデリを力づくで振りほどいたブラックメイルにフォンクが無数の氷の刃を飛ばし、続いて剣で急襲。鎧の関節部の隙間に覗く肩を狙うが防がれる。
「クソッ、硬すぎる」
ブラックメイルが反撃を試みるが、フォンクが爆発魔法で相殺。爆風でフォンクも一瞬怯むが、防御態勢をとった敵の側頭部に、フィデリが掌底をたたき込んだ。
「フォンクさんどいて!」
フォンクの脇から現れたリコルが、リパルスナックルを装着した左拳で追撃、腹部をとらえる。こちらのブラックメイルも倒れた。
「ビューティフル! 行くぞ、急げ」
そう言って走りだすペティフィスに続き、フォンクたちは街を出た。
―――
平原まで出て、ようやくフォンクたちは速度を緩めて歩き出した。月明りが煌々とあたりを照らしている。
「今のやつら、普通じゃなかった」とフォンク。
ペティフィスが同意して、
「確かに。たとえ黒い鎧を着ていたとしても、フィデリを振りほどける人間なんて居やしないはずだが」
「はい、人間らしからぬ、異常な腕力でした」とフィデリが右腕を押さえながら言う。腱を痛めていた。
しばしの沈黙の後、
「何か、ピュイサンで起きているようだね」と、ペティフィスは少し寂しそうに独り言ちた。
リコルがフォンクに近寄る。
「フォンクさんって、強かったんですね」
「彼は戦い方が上手いんだよねえ。いいチームワークだったね、さっきのも。詠唱なしであれだけの魔法が使えるとは、だからこそ惜しい」
なぜかペティフィスが得意げだ。後ろを歩くリコルに続けて何か言おうとしたが――。
ペティフィスが空を見上げる。察知したフォンクが振り向く。
黒雲と見紛うようなガーゴイルが1体、飛んでくる。みるみるうちに距離を縮め、星の光を遮るように翼をはためかせながら、フォンクらを追い越し、ペティフィスの前に降り立った。
「ようやく、見つけた……」
フォンクもペティフィスも、そのガーゴイルに見覚えがあった。ただその記憶の正確さには雲泥の差があった。フォンクはそのガーゴイルと戦ったことがある。一方のペティフィスは、そのガーゴイルにどこか懐かしさを覚えた。
「渡してもらうぞ、その剣を」
黒いガーゴイルが巨躯を揺らしてペティフィスに迫る。その剣とは言わずもがな、雷鳴剣のことだ。
「何だか知らないが、渡すわけがないだろう」
トレゾールでガーゴイルに斬りかかるが、リーチが違う。おまけに体躯に似合わない俊敏さだ。ガーゴイルはかぎ爪が鈍く光る腕をぐんと伸ばし、剣を握る腕ごと止めた。「グッ」と呻き、ペティフィスはトレゾールを地面に落とす。
「若!」
反射的にフィデリが移動魔法で飛び、ガーゴイルに殴りかかる。が、翼でいなされ、平原に滑るようにたたきつけられた。
「逃げた方がいい」とフォンクが言う。
「僕もかい?」
問うペティフィスに、
「そうです」と静かに告げる。
「ふざけるな……ふざけるなよ! ここまで来て――」
激高したペティフィスが腰に差した雷鳴剣を抜き、フォンクとフィデリが止める間もなく振り上げる。夜空にどこからか雷鳴を帯びた黒雲が立ち込めたかのように見えたが一瞬、ペティフィスは卒倒してしまった。フィデリが駆け寄る。
「気を失っている」と叫び、フィデリはフォンクを見る。その目は、ただ無垢に主人の助けを求めている。
「だから、逃げるんだ」
そう言われたフィデリは、フォンクの意図に勘づいた。フィデリの移動魔法だけではこのガーゴイルからは逃げきれない。ただし、誰かが時間を稼げば、ペティフィスを連れて北の森までたどり着ける――。
「フン、無知だな。この剣は勇者にしか使えない」
ペティフィスの手からこぼれ落ちた雷鳴剣に近づくガーゴイル。フォンクがリコルに耳打ちする。
「俺があのデカいのを止める。雷鳴剣を中央に持って帰れ」
「いやです」
「全滅するか? さっさとしろ」
「フォンクさんは――」
「俺はアレと戦ったことがある。どうだ、俺を見ろよ、まだピンピンしてるだろう。……そういうことだ。心配は何もいらない」
ためらうリコルをダメ押しする。
「それがお前の任務だろう」
フォンクは振り向きざまに肩口から、血走るような目をして、しかし穏やかな微笑みを浮かべて、リコルを見た。
リコルが答え終わるより前に、フォンクが左手に魔導杖、右手に剣の構えでガーゴイルに近づいていく。ゆっくりと、確かな足取りで、自分の存在を知らしめるように。
「いまだ!」
フォンクが叫ぶとフィデリが頷き、ペティフィスを抱えて脱兎のごとく駆けだした。視界を遮るもののない平原で、短距離移動魔法を連発する。フィデリの背中が現れては消え、また遠くで現れては消える。明滅を繰り返し、北の森へ向かって小さくなっていく。
ガーゴイルの本命はあくまで雷鳴剣だ。しかしフィデリに気をそらされたか、油断した隙にリコルがすばやく雷鳴剣を拾って逆方向へ走り出す。ガーゴイルは容赦なくリコルを切り裂こうと腕を振り上げるが、背中に鋭い痛みが走る。フォンクが剣を振りぬき、翼の一部が破れていた。
「この雑魚が――」
ガーゴイルはフォンクを睨むが、狙いはまだリコルだ。走っていくリコルを追おうと、破損した翼で飛び立とうとするが、今度は面前で爆発が起きる。足元に氷が固着して、上手く離陸できない。
「ふう……いまので魔力が半分なくなったぜ」
「思い出した。貴様はあの時の、スブニャの英雄気取りか」
ガーゴイルのターゲットがフォンクに切り替わった。
「そう、俺は勇者でも英雄でもない。やれることをやっているだけだ」




