侵入
ピュイサン城は軍事国家の名に恥じない強固な造りだが、いったん敷地内に入れば守りは薄い。広すぎて兵の目が行き届かないのも理由の一つだ。かつて警備面で活躍していた探知系のスキル持ちも、今は引退してしまっていた。
侵入へのネックが正門からぐるりと城を囲む高い城壁だ。夕刻を過ぎると、城の正面玄関は締め切られる。空を飛ぶか、窓を割らない以上は、裏口から城内に入ることになる。裏口から10メートルほどの場所に警備兵の詰所がある。警備兵は敷地内を巡回するが、裏口に常に控えてはいない。そもそも外観上、城のくぼみのような裏口の存在を知っているもの自体少なく、出入りもほとんどない。鉄製の扉には簡易の魔法錠がかかっている。魔法錠は、特定の魔法の掛け方をしないと解けない南京錠のようなものだ。
「はっきりいって、我らが職場だったわけだが、あそこの警備はザルだ。一度も侵入されたことがない、それが逆に油断を生んでいる。チャンスだね。」
人通りのない路地を歩いて城に向かう途上、ペティフィスは自信ありげに話した。
「裏口の途中に扉があるわけだが、壁のくぼみから扉までは真っ暗だ。一度そこまで入り込めば、詰所からは視認できない。塀と裏口まではフィデリの呪文で行く。扉はフォンクが何とかするだろう。無理なら壊そう」
「フィデリは移動魔法が使えるんだ」と、フォンクが予備知識を持たないリコルに教える。
「すごい」
リコルが驚くのも自然で、この世界で移動魔法の使い手は最高級の評価を受ける。それだけ使える者が少ないからだ。たいていは王や将軍に直属で召し抱えられ、多忙な彼らの移動時間を短縮する責を担う。移動魔法持ちを手元に置けるかどうかは、一流国家の統治者として認められるかどうかの試金石でもある。
「2~3人までなら一緒に飛べる。ただ、フィデリの移動魔法は短距離限定なんだよ」と、寡黙なフィデリに代わりペティフィスが補足する。
「数メートルの距離を詰める感じだ。ワープじゃなくて、ジャンプなんだよ。わかるかな。遮蔽物を飛び越えられても、通り抜けはできないんだ」
「それで裏口までなんですね」
リコルが理解すると、ペティフィスは満足そうに頷く。
「さあ、着いた。わくわくするねえ」
ペティフィスはそびえたつ城壁を見上げながらつぶやいた。
―――
「皆、フィデリの体に触れるんだ――」
4人はフィデリの移動魔法で城壁を越え、警備兵の巡回を掻い潜り、裏口前の通路に身を隠していた。
「ここまでは順調。フォンク、開きそうか?」
ペティフィスが尋ねるまでもなく、フォンクは慣れた手つきで魔法錠をいじくる。
「俺がいた頃と同じヤツだ。1分もかからない」
「やはり君は盗賊向きだね」
「少なくとも、縁はある。俺の師匠も元盗賊だった。この仕事に就いてなかったら、盗賊をやっていたかもな――」
そんなことを話すうち、宣言通り30秒とかからず鍵が開く。錆びた蝶番の軋む音に注意しながら、ゆっくり扉に力を込める。一人ずつ、隙間からすり抜けるように中に入った。
城内は暗いが、フロアの所々は魔導灯で薄く照らされている。暗い通路で目を慣らしていたのもあり、スムーズに行動に移れた。
「さて、手分けしよう。フィデリとキュートなお嬢さんは食堂、僕とフォンクは資料室だ」
ペティフィスが声を抑えて指示を出す。2組はそれぞれ間取り図の赤丸の地点へ向かった。
「僕はこっちが正解だと思うね」
魔族資料室が見えてきたとき、ペティフィスがそんな本音を漏らした。フォンクは懐疑的だった。資料室に床下収納があったかどうかも、はっきり覚えていない。
心に湧き上がる何とも言えない感情を押さえつけながら、フォンクは資料室を見て回った。変わらないデスクの配置、うず高く積まれた書類、壁面に貼られた魔族の生息分布。ーーー
一面に並ぶ書棚の前を通っていたときだった。フォンクがある箇所だけ床の軋み方が違うことに気づく。
「そういえば、床のここだけ変な音がしてたっけ」
ペティフィスが近づき、床の敷物をはぎ取る。
「収納になってたのか……」
2年働いていた職場での新発見に静かに驚くフォンクをよそに、一心不乱に収納を開ける。鍵はかかっていない。蓋を持ち上げ、躊躇なく内部をのぞき込む。
「普通の収納のようだけど。物はほとんど入ってないね。少なくとも剣はない」
それでも諦めきれないのか、ペティフィスは執念深く収納の中を見回す。
「おっ、おっ、あれはなんだ?」
身体のほとんどを頭から収納に突っ込んだまま、ペティフィスが言う。
「鍵穴がある。これだ、違いない」
収納内部の側面に、さらに小さな扉のような区切りがあり、鍵穴がある。ペティフィスは興奮を隠しきれずに例の鍵を差し込み、扉をこじ開けた。
「うおお」
もはや感情を露わに、ペティフィスの身体がずるずると収納の奥に入っていく。フォンクも続いた。大人一人が何とか通れる大きさだ。収納内の扉を開けると梯子があり、その梯子を下りると小部屋があった。
シングルベッドが一つ置ければ御の字の広さの中心に、革のケースに納まった剣が置いてある。そばには手書きのメモ。暗くてなんと書いているのかわからない。ペティフィスは剣を掴み、フォンクはメモを手にした。
床下収納から出たフォンクの眼前に、書棚の本の背表紙が目に入る。
『野生ガーゴイルの生態』
続いて剣のそばに置いてあったメモを、窓から射す月明りを頼りに読む。
『この剣を、決して使ってはいけない』
「使っちゃいけないらしいですよ」と、メモをペティフィスに見せる。が、ペティフィスは聞いているのかいないのか、手にした雷鳴剣に惚れ惚れした様子だ。
「出ましょう、今すぐに」
フォンクは収納の上蓋をそっと閉め、すべて来たときの通りに戻した。
再び4人が城の裏口前に集合する。雷鳴剣を携えたペティフィスを見て、フィデリは目を細めた。
「二人とも、なんでそんなに汚れてるんですか」とススだらけのフォンクたちを見て、リコルがくすくす笑う。
そんな余韻もつかの間、フォンクとフィデリが何もないはずの暗闇を振り向く。
「誰か近づいてきていないか?」とフォンク。
「こんなところで捕まるわけにはいかない。強行突破だ。行くぞ!」
ペティフィスが勢いよく、城壁へ向かって走り出した。




