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使者

 二人は宿の近くのレストランで食事をとっていた。ソルセの店はどこも菜食中心で、値段が高い。街の外は魔族がいるので食材の輸送もコストがかかるし、住民は自給自足が主だが、その割に農業の働き手も不足しているからだ。


「しばらくここに居るつもりなんですか? ……お金、大丈夫なんですか?」


 尋ねるリコルに、


「あっ、そうだな」とフォンクは思い出したように懐を気にしだす。


 フォンクがコインの入った皮袋をテーブルに置くと、カチャンと寂しい音がした。シアンを出る頃は金貨で丸々と太っていた皮袋だ。


「軽!ちょっとちょっと……」とリコルが慌てて中身を改める。


「うわ、すくなっ。どうすんですかこれ。てかなんで石とか木の実が……」


「なんかの役に立つかなと思って」


「お子さまか! お子さま以下ですよこんなの。ダメですねフォンクさん、全然ダメ。これからお金は、わたしが管理します、いいですね!」


 リコルはスカスカの皮袋を引き取りながら、今後の予算の厳しさについて、フォンクに滔々と諭すのだった。とその時、


「あのー」と一人の女がフォンクとリコルに声をかける。二人は食い物を頬張ったまま間抜けな顔を上げて女を見る。


 ソルセ宮殿の給仕だろうか。女は品の良いメイドといったいで立ちで、手を前に組み、姿勢よく、しかし冷たい目線で二人を見下ろす。アップにした黒髪と対比する白い首筋は異様に澄んで、穢れがない。おおよそ大衆レストランには似合わない女だ。


「フォンクさん、ですね?」


女が問うとフォンクが頷いた。


「お食事が終わったら、お二人でこちらまでいらっしゃってください。事情はアンフォミちゃんから聞いていますから」


フォンクは地図の書かれた紙を受け取った。リコルものぞき込む。


「これは……」と言いかけ、フォンクが紙から顔を上げると、女はいなくなっていた。


―――


 フォンクは、アンフォミが誰なのかをリコルに説明することはできたが、レストランの女が何者かは説明しようがなかった。おおかたアンフォミがお節介で情報提供者を寄こしてくれたのだろうと思っていた。


 手書きの地図で記された場所は、小さな民家だった。リコルが遠慮がちにノックすると、レストランで会った女が扉を開けた。


「お待ちしていました。どうぞ中へ」


 二人は応接間に通された。4人掛けの小作りなテーブルとイスがあり、促されるままに座る。


「わたしは、デギズと申します。あなた方がソルセにいらした際には、サージュ様に会わせてあげてくださいとアンフォミちゃんに言われていました」


 フォンクは「それはどうも」と頭を下げる。アンフォミもたまには粋なことをするじゃないかと思った。


「しかし、よく俺がフォンクだとわかりましたね」


「若い女の子といる変な男とだけ……でも、割とすぐにわかりました」


「あ、そう、ですか」とフォンク。表情が曇る。


 リコルは鼻で笑い、フォンクは部屋を見回した。壁に絵が掛けてある。正面に1枚、背後の壁面に1枚。フォンクの目を惹いたのは背後の絵だ。遠くから見たソルセが描かれてある。絵の中の空では、雲が今まさに晴れ、虹がかかっている。西の山から見た風景だろうか。作者のサインはない。


「それで、結論から申しますと」とデギズが切り出す。フォンクは正面に向き直った。


「あなたがたをサージュ様に会わせることはできかねます」


「なぜですか」と思わずリコルが聞く。


「残念ですが、あなたがたでは役不足、とサージュ様はおっしゃっていました」


「というのは、もっと実力のある人間を寄こせと? それとも、地位のある者を?」とフォンク。


「この伝言の真意はわかりません。ただ、こうもおっしゃいました。雷鳴剣を見つけられるぐらいの人物なら、もう一度考え直してもよいと」


 フォンクは話題を変えて、


「失礼ですが、エフェ……アンフォミさんとはどういう、お知り合いで?」


「遠縁です。あの子はここの出なので、たまに帰ってきたときに話します」


 初耳だった。アンフォミがフォンクにソルセの出身と告げたことはない。


 それ以上は何を尋ねても暖簾に腕押しだった。とにかく、サージュは誰にも会わない。もし会う可能性があるとしたら、雷鳴剣を見つけた者とだけ。それがデギズの話だった。



「俺には雷鳴剣が何なのかもわからん」と、デギズの家を出たフォンクがこぼす。


「オリジナルの一種じゃないですかね」


 オリジナルは魔導具のもととなるいわばコピー元で、もともとこの世にある武器・防具を指す。魔導具は現在でこそ用途を変えた形の製品も増えたが、畢竟オリジナル以下の性能にしかならない。100の威力の魔法を出せるオリジナルから魔導具を製造すれば、せいぜいその性能を80まで出せればいいところだ。しかも半永久的に使用できるオリジナルと違い、ほとんどの魔導具はカートリッジなどで燃料を装填しなおす有限式が基本になる。リパルスナックルのように恒常的に効力を有する魔導具は希少だった。

 さらに、「属性型」と呼ばれる汎用品を除けば、オリジナルなしで魔導具は生産できないのが現状だ。逆に言えば、強力なオリジナルが手に入れば、それだけレベルの高い魔導具が模倣品として作れるともいえるのだが。


 もはや隠す必要もないと悟ったのか、リコルは魔導具の技術に照らし雷鳴剣の効果について、ああだこうだと想像を膨らませていた。


「オリジナルか。その線、濃厚だな。魔導具関係なら、当てがないこともないんだが……」と、気乗りしない様子でフォンクが言う。


「明日、北の森に出かけてくる。お前は来なくていいや」


「なんでですか。行きますよ。てかわたしがいなくて森をうろうろして大丈夫なんですか」


「問題ない。すぐ戻れると思う。もし戻らなかったら、そういうことだ。お前は解放、解散、帰っていいよ」


「なんですかそれ。意味わかんないんですけど」


 フォンクはごまかすのが面倒になったのか、


「ペティフィスのところに行くんだよ」と告げる。


「えっ、北の森にいるんですか?」


「たぶんな。アジトの一つが、森の北東部にある」


「うーん。……そういうことなら、待ってましょうか。中央に報告はしますからね。……1日ですよ。それで戻らなかったら、応援を呼びます。でも本当に、大丈夫なんですか?」


「大丈夫だろう」とフォンクは平然としていたが、その実、自信はなかった。



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