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その森では、


目の前にいる生物を前に、セレネは鈴を鳴らした。

生物……大鹿によく似たそれは興奮した様子でこちらに角を向けてくるが、彼女は怯えた様子もなく手にした小さな鈴を鳴らし続ける。それからしばらくし、その生物はゆっくりと森の奥へと消えていった。


「もう大丈夫ですよ」


「っはあぁ……」


後ろに隠れていた美少女はそれまで止めていた息を全て吐き出す。肩は震えており、目は潤んでいた。よくシスターが「殿方の前でシスターマリーがよくする仕草」と話していたが、これは本心からのものだろう。



「なんっで、あんな危ない動物が野放しなのよ!駆除しなさいよ!!」


「といっても……ここは彼らの住処で、私の方が余所者ですから。こうして人里に入らないよう食い止めるのも私の仕事です」


森の番人は植物の世話や手入れの他、野生動物が人里に降りないよう監視する必要もある。しかし、勿論彼らに危害を加える真似はしてはならない。あくまでも穏便に行うのが理想だ。


「それに、彼らのルールさえ守ればこちらに危害を加えることはありません、密猟者の方が余程厄介です」


「はあ?あんたそんなもんも相手にしてんの?つーか危ないから辞めなさいよ、こんな仕事」



理解できないと言わんばかりに益々眉間にシワを寄せる彼女に、思わず目を細めて口端が緩んだ。

それに一瞬毒気を抜かれたような顔をし、自分をまじまじと見つめてくるマリーに首を傾げる。



「……何、笑ってんのよ」


「え?」


「今笑うところじゃないでしょ、喧嘩売ってんの?」


「申し訳ございません。ただ、マリーさんはお優しいな、と」


「…………あ?」



可憐な容姿にそぐわぬ、低い声。そんな彼女の顔は真っ赤で、失言だったかと口を押さえる。


「だ、れが!!」


「私の身を案じてくださったのでしょう?」


「あんたがあんまりにもバカだからよ!そういうの見ててイライラするの!」



ほんと馬鹿じゃないの!?と罵倒を繰り返す彼女に謝りつつも、でも、やはり彼女は優しいのだと思う。


「ですが……先程も野生動物が出たから教会にお帰りになるようお勧めしましたが、こうして私に着いてきてくださいましたし」


「それで死なれたら目覚め悪いでしょ!

……大体、なんで女のあんたがこんな危ないことしてるわけ?それこそ騎士団の仕事じゃないの」


「亡くなった私の養父が前任者でした。ですから私がその後を継いだのです。それに……この辺りは騎士団の方々の手もなかなか入らないほどの僻地ですので」


「これだから田舎は……」



愛らしい容姿に似合わぬ苛立った表情で舌打ちをした彼女に苦笑する。


「ですが、本当にそこまで危険なことはないのですよ?ほら、これ」



そうして見せる、先程使用した鈴を見せる。

太い木の根の先端に付けられたそれは、シャンシャンと涼やかな音色を響かせる。



「これはアディラの鈴と申しまして、古より伝わるものです。これを鳴らすと野生動物とお互い危害を与えることなく和解できるのです」


アディラとは自然を司る女神であり、慈愛の女神セレーネの姉妹と伝えられている。セレーネ信仰よりは少数ではあるが、かなり有名な女神の名で、崇める教会も少なくはない。

説明するものの、マリーはふーん、と素っ気ない態度をとり、まるで興味を示さなかった。


「あんたって神様がー、とかなんとか言って、色々制限しちゃうタイプ?」


何故か不満げな表情で問いかける彼女に首を傾げる。

……たしかに、自分の名前は女神セレーネからとったと思われる。ともなれば、敬虔な信者でなくてはならない。


「いえ……私お肉もお魚も好きですし」


――本来ならば。


アディラ教ほどではないが、セレーネ教も基本的に動物の命を食糧にすることを良しとしていない。

セレネも自分の名を気にして一度肉や魚を断ってみたのだが、目の前で美味しそうにそれらを頬張る養父に負けて一ヶ月しかもたなかった。脆弱な性根の人間で恥ずかしい事この上ない。

勿論、先程言った通り無駄な殺生はしたくないというのは事実だが、本気で自然を愛して神々を崇める敬虔な信者からすると、自分はとんでもなく独善的で卑しく映るのだろう。



「っぷ、あはは!そうよねえ、あんた本当に美味しそうに食べるもん」



しかし、それに呆れることなくケラケラと可笑しそうに笑うマリーに瞬きをした。


本当に、可愛らしく笑う人だと思う。勿論顔の造形によるところが多いのだろうが、セレネにとってはそれ以上に彼女の纏う雰囲気がそうさせているように感じた。



「あーあ、なんかお腹すいちゃった。ねえセレネ、今日もお夕飯は何?」


「鶏肉のパイとグリーンサラダです。それからかぼちゃのスープですね」


「美味しそう!特別に手伝ってあげる!」


そうして手を引っ張るマリーに目を細めて微笑む。

ここ最近は味見の楽しみを見つけたのか、よくこうして手伝いを申し出てくれるマリーに、微笑ましい気持ちを抱きながら家の中へと入った。



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