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彼女が向かう闇とは、


『ずっとずっと一緒にいて』



一見幼い少女のように真っ直ぐな条件は、完全にセレネの予想の範疇を越えたものであった。



それはつまり、生まれてからこの地を出たことがない自分が、ここを離れて王都へ行くということ。――それも、期限なんてない。半永久の話だ。



「ああ、森のことなら心配しないで。代わりのものを配置させるから貴女の今までの努力を無駄になんかしないわ。薬だって貴女が煎じたものを村に配達させるし、何なら診療所も開きましょう、心当たりの医者を知ってるの。だから、ね?」


美しく微笑むクリスティーナは、セレネの心配を次々と言い当て、尚且つ解決策を口にする。その思いやる姿に彼女の後ろにいる従者は感嘆の吐息を溢した。勿論セレネだってその親身になってくれる態度には感謝している。……だが、どうしてだろう。手の指先は真冬の川の水に触れたかのように冷たく、心臓はどくどくと激しく脈打つ。――何故、こんなにも彼女が怖いのか。


(……それでも。私が頷けば、マリーさんは見逃してもらえる)



たった今貴族に刃を向けたマリーを見つめる。唖然とした表情の彼女と目が合い、身体のこわばりが少しだけ緩和した。

ここで自分が頷けば、彼女の行動は不問となるのだ。――たとえ、それ故に馴染みある人々と……彼女と二度と会うことができなくなったとしても。


ほんの少しの胸の痛みを無視して、笑顔で差し出されるクリスティーナの美しい掌に手を伸ばす。



ぱしん、と乾いた音が響く。手には僅かな痛み。

クリスティーナと自分の間にいたマリーが、ぎろりとこちらを睨みつける。……けれど、その瞳には涙が浮かんだままだ。




「なにやってんのよ!?」


「マリーさん……」


「おかしいじゃない!何で無関係のあんたが条件に出されるの?!しかもそれに馬鹿正直に従うって……ホント、この、馬鹿!」


叫ぶように罵って、彼女はクリスティーナに向き直る。



「――いいわよ、地下牢にぶち込むでも処刑でも好きにしたら?確かにあんたにはその権利がある」


「……どこまでも邪魔な女」



舌打ちをして鋭い視線と共に吐き捨てるクリスティーナに彼女は何故か一瞬目を見開き、次に苦笑を浮かべた。

そんな彼女に戸惑いながらもクリスティーナの従者が近寄る。セレネが見送れば、恐らく彼女は裁かれる為にこの場を立ち去るのだろう。



(そんなの……嫌だ)



気付けば一度降ろされたクリスティーナの手を握っていた。




「お願いです、私を連れて行ってください」


先程まで嫌悪と憤怒で満ちていたクリスティーナの赤い瞳が自分を映す。



「まだそんな馬鹿なことを……!」


「マリーさんには、関係ないでしょう」


なんとか振り絞って出した拒絶の言葉で遮ると、彼女は言葉を失った。



「私……私が、そうしたいんです。ここから離れたいんです……マリーさんなんか、関係ないんですから……」



声が震える。単語を無理矢理繋げたような言葉は酷く不格好だが、そんな事どうでも良い。そう、彼女の為なんかじゃない。

ここを離れてクリスティーナについて行けばマリーに悪いことは起こらない。たとえそれをマリー自身が拒んだとしても、そのマリーに裁きが必要だとしても……そんなこと、自分は許せない。これはきっと自分勝手で傲慢な我儘なのだ。だからマリーの為なんて、美しいものじゃない。



「……ばかじゃないの」


自分と同じくらい震えた声が聞こえたと同時に正面から強く抱き締められた。


「ほんとに、ばかじゃないの!あんた自分がどんな顔をしているかわかってる!?そんな下手くそな嘘に引っかかると、本気で思ってんの!?」


言われて鏡を見る。そこには苦しげな、青白い顔色の自分がいた。



「絶対、絶対に離さないんだから……!」



耳元で聞こえる震えた声は幼い子の我儘とも、呪いの言葉にも聞こえる。

否定しなくてはいけないのに、無意識のうちに自分を抱きしめる少女の背中に手が伸びていた。



しかし、その直後にぐらり、と自分にもたれかかるようにしてマリーが倒れ込む。

そんな彼女の両肩を乱暴に掴んだクリスティーナは、まるで大きなゴミでも捨てるかのように彼女の身体を床に引き倒す。


「マリーさん……?!」


倒れ込んだマリーに駆け寄る。

いつも澄んだ空の色をした瞳は固く閉じられてぴくりとも反応しない。

思わず胸に耳を当てて心臓の音を確認するが、穏やかな鼓動が続いていることに一先ず安堵した。


「……彼女に何を……」


振り返って問いただそうとすると、困惑の表情を浮かべた彼女の従者がその両手から魔力を放っていた。……彼が彼女をこうしたのだ。



「私の護衛はね、賊の捕縛が得意なの。今のは麻痺魔法。そしてこれは彼の手で解除しなければあとはどうしようもない」


ねえ、セレネ。と優しく名前を呼ばれる。甘やかな笑顔を浮かべた彼女の顔は、鼻と鼻が触れ合う位置にまで近付いてくる。



「どうしたらいいか、もうわかってるわよね?」



慈悲深ささえ感じる優しい声は、静かに自分を暗闇に落とした。


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