彼女の出した条件とは、
痛ましいまでの悲鳴を聞いたまま、セレネは目の前の二人を交互に見る。
……マリーは気が強い。もしありもしない事実を告げられたならば、勢い良く反論するだろう。以前クリスティーナは嘘が嫌いだと言っていた。――そしてマリーは何か罪を抱え、クリスティーナは誰かに傷付けられていた。
「やっぱり隠してたのね。なんて薄汚い女……」
怒りと恨みのこもった声がマリーを罵る。マリーは顔色を真っ青にさせながら自分に抱きつく力を弱めない。
「セレネ、私……」
名前を呼ばれてマリーを見つめる。涙を浮かべて揺れた青色の瞳。小さな唇は震えていて、それ以上の言葉を望めそうにもなかった。……きっと、何か告げるべきと思いながらも混乱した頭では上手く言葉を紡ぐことが出来ないのだ。
「――そうなのですか?」
その代わりに真実であるのかと問いかける。
びくり、とか弱く震えるその姿は、最近では滅多に見ない程に弱々しい。
ここまであからさまだと、こんな質問は無意味なのだろう。だが、彼女本人から言葉を聞かなくては気が済まなかった。……その事実に違和感を抱きながらもマリーを見つめる。
大きく見開かれた青空のような瞳。それを静かに見つめ返して、彼女の言葉を辛抱強く待った。
「……うん」
そうして聞こえたのは、掠れて短い返答だった。顔色は青を通り越して白くなっている。
それでも、彼女は答えてくれた。自らの罪を認め、偽らずに答えを出した。
「……クリスティーナさんに謝罪は?」
「し、てない……だって、だって私……悪くないって思ってた……私は…選ばれたのに、歯向かわれるのが、すごくムカついて……」
「では……きちんと謝らないと」
正直、謝って済む問題ではないのかもしれない。
セレネは貴族の常識を知らない。でも、マリーはクリスティーナを、セレネの大事な友人を傷付けた。辱めた。
なのに、謝罪をしていないのだという。それならば……まずは、何をすべきなのか。セレネなりに考えた答えがそれだった。
そうして手を握れば、その手の震えは徐々に収まっていく。
「……どうして……?」
先程の怒りが抜けきった、代わりに深い絶望を抱いた声が聞こえる。
「どうして、そんなこと言うの……」
「クリスティーナさん……」
青白い顔をしたクリスティーナが、マリーの手を振り払ってセレネの手をきつく握りしめる。
「謝罪?そんなのいらない、そんな女の謝罪なんて何の価値もないわ。ねえ、そんなことより、セレネ」
鼻先が触れ合いそうな程に顔を近付けるクリスティーナに、思わず言葉を失う。
赤い瞳は昏い色を宿し、セレネを飲み込むように見つめていた。
「どうして、その女の手を離さないの?どうして、そんな女に優しい言葉をかけるの?どうして、その女を見限らないのよ!?」
「いっ……!」
ぎりぎりときつく手を握られて痛みを覚え顔を歪める。
「ちょっと……!セレネに何やってんのよ!!」
そうして割り込んできたのはマリーだ。先程まで恐怖していたクリスティーナを思い切り引き剥がし、彼女をめいいっぱい突き飛ばす。
「クリスティーナ様!……貴様!何をしたかわかっているのか!!」
倒れそうになる彼女を従者の青年が支え、腰に下げていた剣を抜く。それに合わせるかのようにマリーも腰につけていた短刀を抜いた。
「あんたは下がって」
「マリーさん、でも……!」
確かに、マリーはここ最近剣術を身に着けていた。だが、ここで貴族とその従者に剣を向けたとあらばただでは済まない。
何とかお互い剣を納めてもらえないかとセレネが悩んでいたとき。
「……ふふ、相変わらず考えなしの頭が悪いのね」
小さな笑い声を上げてクリスティーナは二人の間に割り込む。
「ねえ、こんなことして許されると思ってるの?慰問先の公爵令嬢に剣を向ける悪女……なんて、今度こそ極刑にされてもしょうがないわ」
「クリスティーナさん……!お願いです、どうかお許しください…!!」
嘲笑うクリスティーナに、セレネは膝をついて深く頭を下げる。
もしここでクリスティーナが人を呼んでしまえば、きっとマリーは助からない。それだけはどうしても避けたいことだった。
「…………頭を上げて、セレネ」
顔を床につけるほどに頭を下げていたが、肩に手が触れてゆっくりと顔を上げる。そこにいたクリスティーナは、一瞬今にも泣き出しそうな表情を浮かべ――次の瞬間には不自然な笑顔を貼り付けていた。
「貴女の頼みだもの、勿論よ」
「本当に……?」
「ええ、でも一つ条件があるの」
「条件……?」
「私と、王都に来て」
もしやマリーを王都で正式に裁くのか。
そう危惧したものの、それを読まれていたかのように彼女は笑う。
「その女じゃないわ、貴女よ」
「私が、王都に?」
「ええ。……言い方を変えるわね。我が家に来て、セレネ。ずっとずっと一緒にいて。それで今回のことは不問とするわ」




