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その少女は、


「やっと化けの皮が剥がれたね」


なによ、あんただって最初は私に惚れてたくせに。


「あらあら、醜いお顔。そんなのでよく私の可愛い妹に嫉妬出来たわね」


うるさい、モブのくせに偉そうな。


「野心だけの身の程知らずの小娘だ、仕方あるまい」


あんたこそ、攻略キャラのくせになんで私に靡かないの?!身の程知らずはそっちでしょ!!


「マリー……嘘だ。っちがう!クリスティーナ、僕はこの女に騙されたんだ!!」


騙された?時期国王としての価値しかないあんたを選んでやったっていうのに、この恩知らず!



「もはやどうでもいいことです、貴方様との婚約はとうに破棄していますもの。…………やっとわかった?ここは、現実よ」



なによ、悪役令嬢のくせに!!!



「……数々の罪により、マリー・トーマンは王都追放とする」



どうして!?私は、愛されなきゃいけない存在なのに!!


















朝日が昇り始めた空に目を細める。まだまだ冷え込むこの季節に早朝からの薬草詰みはつらい。

はあ、と手に息を吹きかけて空を見上げる。……綺麗な色。深い夜の色が緋色に溶けていくこの色が好きだった。


それをしばらく見つめていたが、前を向いて足を進める。

今日はこのまま薬草を煮立たせてあくを取り、すり潰さなければならない。教会のシスターがもうすぐ風邪薬がなくなると言っていた。今年は特に流行っているのだから、しっかり気合いを入れなければならない。


そうして足を進める。この先には薬草ともなるミランの花畑がある。

ミランとは真っ白で薔薇によく似た小さな花。効能は解毒作用や滋養強壮。繁殖力は強いが、どうやら都の方では出回っていないらしい。勿体ない話だ。



そうして、花畑に足を踏み込み、



「………………おんなの、ひと」



その姿に、ぽつりと呟いた。


花畑には、ミランのように真っ白なドレスを着た女性が横たわっていた。

腰までのふわふわとした金色の髪と、白い肌。桃色のぷっくりとした唇。今は閉じられているその瞳は、どんな色をしているのだろう。

気になって仕方がないが、ふと我に返って駆け寄った。


華奢な肩を抱いて上体を浅く起こし、唇に耳を近付ける。

……どうやら、気絶をしているだけのようだ。安堵の息を漏らしてから彼女を抱き上げる。

今はとにかく安静にできる場所に連れていかなければ。



「、たし、が、……ひろ、い、」


「…………?」


譫言で何か呟くその声に首を傾げた。

その鈴の鳴るような声は怒りにも悲しみにも、絶望にも感じられた。


この美しい人に何があったのか。

当然、そんなことは知りようのない事実だ。




家に帰り、彼女を自分のベッドに寝かせる。本当は医者を呼ぶべきなのだろうが、そのような存在は王都から月に一度教会に診察に来る者だけ。

どれほどの時間かはわからないが、寒空の下横になっていたのだ。最初はなんともなかったが、熱が出てきて苦しそうに喘ぐその姿は、酷く儚くて痛々しい。


額に水で濡らしたタオルを当て、その手を握り、目を閉ざす。……今は、薬もないからこれしか出来ない。本当は良くないことだけれど、とその身体に意識を集中させた。

ふわり。と彼女の身体が白い光に包まれる。

それからはしばらくし、彼女の呼吸は落ち着いたものに変わっていった。



「よかった」



小さく呟いたその声に、彼女の瞼が揺れる。

ゆっくりと開かれたのは、よく晴れた空に似た、美しい青色だった。



「………………女神?」



掠れた声で呟かれたその言葉に、思わず瞬きを何度も繰り返してしまう。女神?それはこの国で多くの人間が敬い信仰している、慈愛の女神セレーネのことだろうか?


「ちがいます」


確かに名前は似ているがとんでもないことだ、とキッパリと否定を返す。

息を飲む声が聞こえ、かと思えば自分の手は弾くように離された。



「あ、あんた誰よ!!」



壁によりかかり、警戒を剥き出しにする少女に頭を下げる。


「私はセレネ。この森の番人をしています。お加減はいかがですか?」


「最悪よ、いいわけないでしょ?!」


声を荒らげ、興奮した様子の彼女は、未だにこちらを警戒して睨みつけている。困った、とセレネは眉を下げた。――もっとも、彼女は表情を動かすことを得意としないため、それは伝わらなかったが、とにかく心底困っていた。

このような女性が自分くらいしか立ち寄らない森で気を失っていたのだ、きっと余程の事情があり、そしてとても怖い思いをしたに違いない。しかし、そんな精神状態の女性を落ち着かせることは口下手で無愛想な自分には荷が重い。どうしたら彼女の心を和らげることが出来るのだろう。

そう悩んでいたところ、動物の唸り声のような音が聞こえた。


窓の外に目を向けるが、そのような気配はない。

そして間を持たず、再び唸り声が聞こえた。

……音の方角を意識して耳を澄ませば、女性の腹部あたりから聞こえることがわかった。

彼女を見れば、赤い顔をしてその薄い腹部を押えて俯いていた。……どうやら、お腹がすいているようだ。



薄く裂いた鶏肉と、細かく切った人参とネギを白米と一緒に煮込み、最後に優しく解いた卵をかけてふんわりとした食感に仕上げる。味付けは出汁と塩のみ。

それを器に入れて彼女の元に持っていく。


「……なにこれ」


「お粥です」


「知ってるわよ。こんな粗食、久々に見たわ」


「申し訳ありません、この辺りは基本的に自給自足ですので」


「…………まあ、食べるけど」



眉間にシワを寄せていた彼女だが、空腹には抗えなかったらしい。まだ熱いそれをスプーンに乗せて、一口食べる。

文句が聞こえるかと思ったが、ひたすら黙々と食べ続けるその姿に細く息を吐き出した。余程お腹が空いていたのだろうと考え、お茶を淹れようとしたところで、しゃくり声が聞こえ、動きを止める。


その声の主である彼女に目を向ければ、快晴の空のような瞳から、大粒の涙を零していた。

透明なそれは雨のようで、思わず惹かれてしまった。


「おか、あ、さん……!」


「……?」


「お母さんに、会いたい……!!」


絞り出すような声は痛々しくて、何となく彼女の隣に座る。最悪突き飛ばされるだろうか、と身構えたが、彼女は自分の肩に寄りかかり、涙を零しながら用意したお粥を食べていった。










彼女の名前は、マリーというらしい。王都から来て、家には帰れないと告げた。

何故帰れず、あのような場所に倒れていたのかは教えてくれなかったが、セレネも無理に聞き出そうとはしなかった。言いたくなければ言わなければいい。そんな気持ちが伝わったのか、最初は刺々しい態度であったマリーも、次第にセレネに警戒心を抱くことはなくなった。



「待ちなさい、シスターマリー!!」


今日も今日とて作った薬を教会に届けに来たところ、2階からドタバタと教会とは思えぬ足音、そして修道女の怒声が聞こえ、セレネはゆっくりと上を見上げる。



「貴女という人は!また!修道士を惑わそうとしましたね!!」


「あーんな簡単な手に引っかかるあっちが悪いのよ!」


(……なるほど)



今から潜ろうとしている門より先には、まだ若い修道士が神父に叱られている。きっと彼が、今回彼女の魅力に引っかかった青年なのだろう。


…………あまり多くを語らないマリーだが、それでも関わっていくうちに彼女の人となりがわかってきた。

良い言い方をすれば、自由奔放で何者にも囚われず、蠱惑的。

悪い言い方をすれば、自分勝手で幼稚で、男性にだらしがない。


ミサも奉仕もサボり、まだ年若い修道士をその気にさせて良いように使う。

挙句、好き嫌いは多いし我儘で、まるで女王のように振る舞う、と修道女達が愚痴を零していたのを聞いたことがある。


(純粋で天使のような見た目なのに、意外と大人なのね)



「あ、セレネ!!」


呑気に少しずれた感想を心の中で漏らしていると、上から高い声が降ってきた。



「キャッチして!!」



…………否、降ってきたのは、声だけでなく、その声の主も、なのだが。


2階から飛び降りた彼女を、両手を伸ばして抱き留める。ふわり、と揺れる眩い金髪からは甘い香りがした。



「っ」


「きゃああ!!セレネ!ミスセレネ!!大丈夫ですか!?」


「だ、いじょうぶです、シスターハンナ」


「ふふ、さっすがセレネだわ。男の子だったらたくさんご褒美あげてたところよ」


頭上から聞こえるシスターの悲鳴に呻きながら応える。すると、耳元で甘い砂糖菓子のような声が悪戯っぽく囁く。


「…………こんにちは、マリーさん。あまり無茶はしないでくださいね」



きちんと薬を納め、教会の中庭にてマリーと語り合う。もはやここ一ヶ月では日常となっていた。



「ほんっっと、あのオバサン嫌になるわ!すぐ罰などなんなのと言ってさ、だから結婚出来ないのよ!!」


膨れっ面でそう愚痴をこぼすマリー。先程まで聖書の1章を丸々ノートに書き写すまで出さないと言って部屋に軟禁されていたのが原因である。それにセレネは静かに応える。



「彼女は女神に身を捧げていますから」


「それよそれ!女神に祈りを、だとか、我らの生は女神に捧ぐ、だとか、ここのヤツらはそんなんばっか!!頭おかしくなりそう!!」


なんで!?と足をじたばたさせる彼女に、ここは教会ですからね、と答えた。というか、それ以外に答えようがない。


「こんなんじゃアンタの家のがまだましよ、ご飯も美味しいし」


「私の住む小屋はとても小さいので」



そう伝えると、彼女は無言で唇を尖らせた。



彼女を介抱したあの日から、2ヶ月が過ぎた。他に行く宛もないと告げる彼女だが、自分の家には簡易なキッチンと床下の収納庫、小さなバスルーム、そしてテーブルとイス、小さな本棚とベッドが所狭しとあるだけの小屋だった。彼女を迎え入れるスペースもないため、こちらの教会を紹介したわけである。……マリーの性格には、とことん合わないようだが。



「わかってるけどー……どうして私がこんな侍女以下の召使いみたいな真似しなきゃなんないのよ」


侍女。召使い。……もしや彼女は、いい所の令嬢だったのだろうか?普通の市民であれば、これぐらいのことは親に教えられただろう。


「まあ、服は悪くないけど」


そうして服の裾を掴む彼女に、小さく頷いた。

幼い雰囲気を持ちながらも可憐な彼女には、清廉な修道女服か良く似合う。


「マリーさんはお可愛らしいですから、とてもお似合いです」


だからこそ正直にそれを伝えたのだが……眉間にシワを寄せて睨まれてしまった。



「…………あんたに言われてもね」


瞬きを繰り返す。たしかに、王都をはじめとする都会に足を踏み入れたことのない田舎者の自分の美的感覚は信用ならないかもしれない。しかし、本気で彼女のことは美しい少女だと思っているし、それは自分以外も同じである。


「あんたってホント勿体ないんだもん」


「勿体ない?」


「そうよ。……ったく、製作者も何考えてモブをこんなんにしたんだか……」


「せい、さく……もぶ?」


「なんでもない。…せめてもっとオシャレしろっつってんの」



拗ねたような表情をした彼女に額を人差し指でつかれて、思わずきつく目を瞑る。


オシャレ……といっても、森には数々の植物が存在する。それらを保護、手入れするのが自分の仕事だ。そしてその植物の中には、人の肌など簡単に切り裂いてしまうものや触っただけで皮膚が爛れ、最悪死に至るようなものまである。そうしたものから身を守るために、このローブと厚手のブーツ、手袋が必要なのだ。たしかに、頭までフードに覆われた灰色のローブと飾り気のない革のブーツと手袋は野暮ったいかもしれないが、森を歩くことにおいては頼もしい仲間だ。

それを伝えても彼女からの苦言は続く。



「じゃあせめてローブの下の服ぐらいちゃんとしなさいよ、白のワイシャツに黒のパンツって何?男でももっと着飾るわ。あと化粧もしないってふざけてんの?」


「この辺りには物資がなくて……」


「あーーもう!!だから田舎は嫌なのよ!!しかもそんななりで肌荒れ一つ無いってのがムカつく……!しかも銀色のこの髪なんかサラッサラで触り心地いいしさあ……!!」


「すみません……?近くに温泉があるので、それが良いのかもしれませんね」


「っ温泉!?どこ?!それどこにあるの!!?」


ずいっと身を乗り出してくる彼女に、反射的に後退る。宝石のように瞳を輝かせる彼女は、新しい発見をした幼子のようだ。



「……私の小屋の裏に。それと、私の小屋のお風呂も一応温泉水を引いています」


「えー!何それずるい!やっぱり一緒に暮らしてよっ」


「ですから狭いので……」



――たしかに、彼女は品行方正とは程遠い。

こういってはなんだが、きっと善人という存在でもないのだろう。…………けれど。


甘えて、笑って、自由気ままに行動するその様は、まるで小さな子供を見ているようで、セレネはどうしても彼女を嫌いにはなれなかった。



「……マリーさん、おいくつでしたっけ?」


「私?17だけど」


(……同い年だ)



散々幼いと思っていた彼女の実年齢を知り、今考えていたことは永遠に黙っておこうと決意した。絶対に拗ねてしまう。





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