赤衣の狙い
俺はヒビキ。
ゾンビだ。
今はもう人じゃない。
ゾンビになってから、心が黒く染まっていくのがわかる。
でもそれは、元々からなのかもしれない。幼いときの思い出が甦る。
10年前、
ピニキス街で母から渡された五十万ゴルは、コウロ街へ行く途中で四人の盗賊に奪われた。
当時6歳だったとはいえ、お金の価値くらいはわかる。
俺は心底盗賊を恨んでた。
だけど、何もできなかった。返り討ちにされた。
体はボロボロで、歩くことすらままならない状態。
俺は死ぬのかな?嫌だな。
せめて、あの盗賊に、仕返し…してから…
(言葉では言い切れない何かが、俺の心を支配していくんだ)
(1人1人の顔は覚えた。何があろうとも、死ぬまで忘れることはないだろう)
(そいつらの手足をバラバラにしてやる。俺はそう思った)
(人の悪意は伝染するんだ そして、悪意を発散できない弱い者は蓄積され、心を締め付ける)
(そして膨らんで割れる風船のように…)
(ああそうか…俺はもう…)
目が覚めると、そこに少年がいた。
俺と同い年ぐらいで、優しい表情をしていた。
「もう大丈夫?傷はいたくない?」
優しい声で言われ、俺はハッとする。
自分の体を見てみると、傷口は草で塞がれていた。
「これ、君がやってくれたの?」
「うん!その草はね、リカバ草っていう、薬草なんだよ!傷を癒してくれるんだ!」
俺が聞くと、そう答えてくれた。
(本当に助かったよ。でもすごいよなフィンズは 俺と1つ上なのに、色んなこと知ってた)
(不自然なくらいにね でも俺は詮索なんてしないよ。フィンズだってそうだったろ?)
「へ~。ありがとう!ここは?洞窟?」
俺は周りを見渡す。
「んーっとねぇ…僕の秘密基地…かな?」
頭を掻きながら困った表情で少年は答える。
「秘密基地!?すっげー!ねえねえ、名前聞かせてよ!あ!俺はヒビキっていうんだ!」
(本当は聞きたいことはいくらでもあるよ)
(特に秘密基地についてはね。だって、シキと一緒にもう一度ここに行ったらさ、洞窟すら無かったよ。)
「僕はフィンズ!よろしくね!あ、コウロ街なら、この道をしばらく行けば、見えてくるよ!」
「あ、そういえば、コウロ街に行くんだった!傷、治してくれてありがとう!」
(なあ聞いてくれよフィンズ)
(コウロ街の親戚の家に行ったらさ、世話なんかできる余裕ないって言われたよ)
(もし盗賊から逃げきることができたなら、もし盗賊を撃退することができたなら、俺は今でも親戚と幸せに暮らせてたのかな…)
(…フィンズがいなければ俺はとっくに死んでた。俺が親戚から家出して、何もできないとき、また助けてくれたよね。)
(ゾンビ化したのは、俺にとって幸せだったのかもしれない。強い魔物から守れるから。だから俺、フィンズがまた冒険者になろうって言ったとき、すげえ嬉しかった。まあ結局、また迷惑かけるようになったんだけどね)
(だから俺は、フィンズが何者であろうとも、困ってるなら力になるよ。)
シュッバッッッ
バババババババババババババババ
俺はピニキス街道を四つん這いで駆ける。思い出の記憶を駆け巡るように。
この時間に人が通っている姿はない。
今は夜。真っ暗だろう。暗視が無ければ。
歩いて六時間かかってたところを、30分も走れば、コウロ街が見えてくる。
なんだか懐かしく思える。スリ、食い逃げ、色々な迷惑をかけてきたなぁ…
旅立ちの別れもできなかったな。ゾンビだから。
もう懐かしすぎて、思い出したくもない赤衣の奴らも見えてくる。
ほら、コウロ街の入口辺りに、赤衣…
俺はどうすればいい?
赤衣の奥には、ピニキス街道で出会った商人と護衛二人。
今から飲みに行こうぜって雰囲気ではないよな。
…ここは…
俺は全速力でコウロ街へ向かう。
「オォアアアアアアアアアアアア!!」
俺の叫び声で空間が揺れるのを感じる。
そして向こうの4人が、こちらに気づく。
4人だけじゃない。コウロ街の住人が家の窓やドアからこちらを覗く。
ああ、やっちまった。コウロ街の住人がパニックになるじゃん。
でも落ち込んではいられない。
俺の標的は赤衣
3人は恐怖に震えてる中、赤衣だけは戸惑いを隠せていない素振りを見せる。
「ヒッ…」
だが、隙があればいい。
赤衣の胸ぐらを掴み、コウロ街の外へ投げ飛ばす。
俺は受け身を取れないまま吹き飛び続ける赤衣へ追撃すべく走る。
だが赤衣は、俺が追い付く前に胸元から巻物を2つ取り出す。
「スモーク!」
その瞬間、何もない所から、煙が大量に出てくる。
俺の周りが一瞬で見えなくなり、煙を吹き飛ばす方法を考える。
風魔法がいいが、唱えられるわけがない。
ならば
体を高速で回転させる
ズババババババババババババ
やがて煙を吹き飛ばすことはできたが、周りには誰もいなかった。
その代わり、遠心力で吹き飛んだ俺の皮膚が、散らばっていた。




