表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

暖色・中間色・寒色短編集

Happy Re-Birthday

作者: むあ

過去の作品を覚書のように再投稿しています。結構好きだったお話をぽつぽつ投稿していきます。

 ハッピーバースデートゥーユー

 ハッピーバースデートゥーユー

 ハッピ バースデー ディア…




 ケーキの前で一人たたずむ女は、一体何を考えているのだろうか。




 後悔か。---これから起きる自殺(こと)に対しての。



 愛か。---いなくなった彼への。


 頬につたる一筋の涙が、マンションの向かいの住人である俺には、すごくきれいに見えたんだ…



 彼女は自殺志願者だ。数週間前引っ越してきて以来、道路を隔てた向こうのマンションに住み始めた彼女は、毎日ロープの実験を繰り返す。


 苦しまずに死ねるように、そう思っているのだろう。細さの違う様々なひもが、彼女の部屋に置かれた背の高いハンガーラックにぶらさげられている。


 最初俺は、それを止めようかと思った。

 でも、彼女はそれを生きがいにいているかのように、毎日毎日予行演習を行っていた。その姿に、いつしか、魅了されていた。


 死ぬ前の美しさは凄まじいぞ。

 そう言えば病床に伏せている妻を持つ同僚が言っていた。


「あの人はどうして死にたいんだろうね…」

 愛猫に尋ねても、こいつは何もしりゃしない。

 にゃー、とすり寄ってくるこいつの頭を撫でながら。


 俺はどうしようもない恋慕の気持ちを、向かいの彼女に抱き始めた。





 そして、今日、ひとつだけ違うことがあった。

 彼女はいつものシンプルな服ではなく、豪華な赤いパーティー用のドレスを身に纏っていたのだ。コンビニ弁当を口に運んでテレビを見ていた俺がそれに気づいたのは、彼女が帰宅してしばらくしてからのことだった。


 開かれたカーテンの窓の中に見える、彼女の部屋。机の上にあるのは、大きなバースデーケーキ。微かに動くのが見える彼女の唇は、誕生日のバースデーソングを歌っていた。




 ハッピーバースデートゥーユー

 ハッピーバースデートゥーユー

 ハッピ バースデー ディア…



 唇はそこで動きを止め、一筋の泪が彼女の色の白い頬を伝った。








 俺は走った。


 くたくたになった背広なんて投げ出して、ネクタイも外して。ワイシャツとスラックス、靴は変哲もないサンダルという姿で俺は外に出た。



 急げ。


 急げよエレベーター!!



 耐えきれなくなって階段を使った。

 彼女の部屋は俺と同じ6階。その道のりは長かった。



 息を吐きながら、俺は全力で昇った。





 部屋のカギは開いていて、そのまま入れた。多分死体を見つけやすくしたかったのだろう。


「!」


 部屋の中では今にも椅子を踏み外しそうな彼女が、大きく目を見開いて俺を見ていた。


「お、俺…」


「…」


「何があったのかは知らないけど。死なないでくれ」


「…何、で」


 震える唇が、俺に初めて声をかける。

 ここで初めて、俺は彼女に恋をしていることをしった。



「どうして、生きていなきゃいけないの」

「どうしてって」

「毎日毎日、殴られて蹴られて。それでもDVに耐えてきたのに、突然あいつは私の前からいなくなった」


 赤いドレスのすそから見える白い足首には、醜い火傷のあと。


「DVだった彼氏が、突然他の女と自殺したんだよ。今まで耐えてきて、馬っ鹿みたい」


 彼女はそう言った。まだ椅子に足がかかっている。




「そっか」


「貴方さ、私をどうやって見つけたの」





 俺はすっと、向かいのマンションに面した窓を指さした。


「あそこ。俺の部屋」


「…そうだったんだ。ごめんなさいね。向かいの住人のせいで気分悪くしたでしょう」


「そうでもないんだ」


「え?」


「死に向かう貴女の情熱は、凄まじかった。それに惹かれた…でも、死ぬんだ、と思った時」


 貴女の目に一瞬だけ光った泪が、酷くきれいに見えて、ほしくなった。








「全身火傷の痕と、痣だらけよ」


「そんなの、いつしか昔の傷痕になるじゃないか」


「貴方何歳?」


「29」


「…私より、2歳年上、か」


 彼女はため息をつくと、そっと首に手をやって、ロープを外した。








「正直言うとね、私、誰かに止めてほしかったんだと思う。だから毎日、これみよがしに同じ店でいろんなサイズのひもをかったり。海を眺めてみたり。でも誰も気づいてくれなかったの…」



 崩れ落ちる彼女を支えるために俺が近づくと、彼女は肩に顔をうずめて細い身体を震わせた。



「……貴方以外、誰も」



 しばらくすると、彼女は袖で目元を何度か擦り、かすかに口角を持ち上げようと試みた。



「今日は元彼との6年目の記念日だったの。そして私の誕生日…」







「なら、今日からは新しい君の始まりだよ。Happy re-Birthday」



 美しくも儚く、彼女は俺の目の前で笑った。





お読みいただきありがとうございました(*´꒳`*)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ