第3話
閑話となります。
主人公たちはでてきません。
「ビスクーノ、申請書はこれで全部か?」
天空領土グリードウォーム、
そこに住まう新なる神、七柱目の現人神。
国王マルクス・バングズロット・グリードは、最近徐々に増えだした申請書を前に、小さな笑みをこぼしていた。
「はい、そうなります」
宰相ビスクーノも心なしか満足そうに、手にした書類の一覧に目を通している。
国民の意識が、徐々に金策へと向けられだしたことに関心していたのだ。
「まず、下界の同盟国から神の美容品に関する催促が2通、特に美白に関する要望が大多数を占めております。次に、冒険者のレベル低下を防ぐために世界中のダンジョンを巡る企画書がギルドを通して1通。魔獣が減ったことにより、農業、畜産、林業、魚の養殖などに力を入れたい、との要望書と、それらの効率的な手法について専門家と共に協議したいとの嘆願書が合わせて6通。胡椒の生産地拡大に関する企画書が1通。冒険者の減少を懸念し、鍛冶師が減ることが予想されるため、今後は鍛冶師の打った武具を全て王家が買い取り、下界に売りさばくようにしてほしいとの要望書が王都の鍛冶師たちの連盟書として1通です。最期に、王の好きな鶏肉を使った新しいレシピが1通ございます」
「……レシピはいつも通り料理人に渡しておけ」
ビスクーノのお茶目(と本人は思っている)な報告はスルーして、王は今日の報告に一定の満足を得ていた。
要望書の内容は、少しずつではあるが、これまでの自分たちの生活を維持する、からもっと良くするために、へと変わりつつある。
そのために、もっとお金を稼ぐべき、という真理に皆が思い当たっているとマルクスには感じられた。
鍛冶師の要望みたいに、作れば作るだけ王家に買い取ってもらいたい、なんて欲の皮が張った要望さえ、今の王には心地よく映った。
むしろこういう手合いがもっと現れてほしいとさえ考えていた。
農業、畜産、林業は、魔物が減り、手の空いた冒険者を、村が有効活用しようとしている点が好ましかった。
王としては、そうなるように、仕向けてきた甲斐があるというものだ。
今後は、農業、畜産、林業が、冒険者の新たな働き口になる。それが気に入らない者も、ダンジョン巡りを行うようになれば、冒険者稼業の合間の仕事だと割り切ってもらいやすくなるだろう。
引退を考える冒険者たちは、そのまま終身雇用先にしてもいい。そうすれば村も助かる、いいことづくめ。
鍛冶屋から買い取った商品を売りさばくにも、ダンジョン巡りは最適だし、農業などの繁盛期にかち合わないよう調整すれば、どの要望書も問題なく施行できるだろう。
更に、胡椒の生産地の拡大。特に魚の養殖という斬新な発想は、マルクス個人は金にならないとわかっていても、気に入っていた。
前者は可能ならすぐにでも取りかからせて良い課題だし、後者は、そもそも今まで農民か冒険者しかいない環境から、こういう発想を生み出す者が現れたこと自体、なによりの成果と思われたからだ。
芽が出るまで、何年かかるか、胃をキリキリさせてきた王だったが、早くも香しい実りを付け始めた若木たちに、少しくらい大目に養分を与えてもよい気分になっていた。
「ふむ、鍛冶屋の申請書については、出来の良い物から選び、鍛冶師として生活できていける分だけ買い取るよう調整せよ。
ダンジョン巡りも、農業の繁盛期とかち合わぬよう調整すること。
それ以外は、概ね要望通りに許可する」
「魚の養殖もですか? おそらく、大した売り上げは望めませんよ?」
「正直それは望んでおらん。しかしそういった発想を蔑にしないことを、国中に知らしめておきたいのじゃ。何の種子から何が芽吹くか、王にもわからぬからな」
「……確かにその通りです」
ぬ?
その時マルクスはビスクーノの反応がおかしいことに気づいた。
まるで、それを経験し終えているように実感がこもっていたからだ。
「では、そこで取れるようになった魚をメインに売りに出すくらいはしておきます。養殖する魚も味が良い物を厳選。いずれは、釣り堀などに利用できるかもしれません」
しかし一瞬だったので、気のせいと仕事に戻ったのだった。
それからマルクスはいつもより精力的に書類を片づけて、そろそろ昼食でも取ろうと手を止めたときだった。
「我が主。今日は、こちらで、『とっておき』をご用意させていただきました。どうぞお召し上がりください」
「ぬ……」
マルクス、思わず眉を寄せた。
この男と長年一緒に過ごしてきた経験から、何か企んでいることに気付いたからだ。
また突拍子もないことか?
ビスクーノのサプライズは、大抵期待外れか的外れなことが多いので、マルクスはあまり気乗りしていなかった。
しかしそんな杞憂も、メイドたちが持ってきた料理を前に、一瞬で吹き飛んでしまった。
「こ、これは、……なんという食べ物じゃ?」
「『ふらいど、ちきん』でございます」
「聞かぬ名だ」
「はい。私も初めて耳にしました」
「お主がか……興味深いの」
世界最大の天空流通都市、グリードウォーム。
そんな世界中の食材を商っているといっても過言ではない国の王と宰相が、そろってみたことも聞いたこともない料理。
気にならないはずがなかった。
「しかし、これはまた見たことのない色形をした料理じゃ。それでいて、食欲をそそる何とも言えぬ香ばしさ。
これはどこの国の料理じゃ? 胡椒も使われているとなると、辺境貴族に伝わる伝統料理か?」
「どこの国、と言われますと、この国の料理と言えるでしょう。ですが、貴族の料理かといわれると違うと断言できます」
「どういうことじゃ?」
「この料理を考案したのは、まぎれもなく我が国の人間です。ですが、そのものは、ただの農民なのです。しかもまだ、10歳の少女」
「な、んと……」
農民が、高級品とも言える胡椒を使った料理を作る? それだけでも驚きなのに、それを考案したのが、わずか10歳の少女?
ビスクーノを知る王でなければ、冗談と笑い飛ばしただろう。
「それについては、置いておいてください。
それより、今は冷めないうちにお召し上がりください。不作法ですが、素手でかじりつくのが、流儀とのことなので、そのようにお召し上がりください」
「……そうじゃな。せっかくじゃ、熱いうちにいただくとしよう」
王は、ふらいどちきんを素手で掴み、一気に頬張った。
うまみ。
肉汁。
爆発。
衣のスパイシーな刺激も、肉の風味も絶妙。
これぞ天国。
舌が踊っている。
これこそ、真の天上の味。
神になって、これほど美味い料理は食べたことがなかった。
「いかがでしょう?」
「うむ…………、うむ…………」
一口、二口、黙々と食べ続けるマルクスの様子を満足そうに眺めながら、ビスクーノは頃合いを図って語り始めた。
「ご満足いただけたようでなによりです。この通り、この料理は、庶民が作ったにしては、たいへん美味で貴族にも喜ばれる一品といえます。
ですが、手間と費用が嵩むのでしょう。ふらいどちきん一つ作るのに、かなりの労力がかかるとのことです」
「じゃろうな、だがこれほどの味じゃ。多少値が張ろうと、欲しがる者は大勢いよう」
「はい。そこで、まずはこれをご覧ください」
そういって差し出されたものは、王が最初にスルーした、新しい料理レシピだった。
謀られていたことに気付いた王は、ビスクーノを鋭く注視したが、何食わぬ顔で彼は続きを促した。
暖簾に腕押しと悟った王は、不承不承、渡された内容に目を通し始めた。
そこには、フライドチキンの詳細な調理法や細かな指示が記載されていた。
それだけでなく、王が最も驚いたのは、レシピを売り渡す際の契約内容だった。
「このレシピを使って『フライドチキン』を作る者は、同商品の売り上げの中から3パーセントを、レシピ使用料としてレシピ提供者に支払うべし」
……これはつまり、
大量に売れることを前提にした契約、ということか。
でなければ、たった3パーセントの売り上げで利益を得られるはずがないし、売れる自信がなければ、レシピ自体を金で売り飛ばしてしまったはずだ。
王も長年国の金策に奔走し、様々な契約をこなしてきたが、このような契約内容は目にしたことがなかった。
それを10歳の少女が考えたというとなると、いよいよビスクーノの偽証罪を疑っても仕方のない話だった。
「更に、裏面をごらんください」
「裏面?」
そこにも続きがあって、何やら細かな記述がびっしり、用紙の隅々まで書かれていた。
契約書の裏側に、自分に有利な内容を書き込んでおくというのは、古来から使われてきた手法だが、それにしては隠すつもりも騙す意図も感じられない。
不思議に思った王は、ビスクーノに聞いてみた。
「此奴はなぜ、裏面に契約内容を書き記したのだ? それが不作法だと、子供でもわかるだろう」
「さて、紙が足りなかったのではないかと。あるいは、勢い余って書き綴っただけかもしれませんが」
さすがにそれはないとビスクーノも思っているのだろう。王も市井の民がどのような生活を送っているかは知っている。紙が足りなかったのだと納得し、内容に目を通した。
「……もし王家がこのレシピを買い取るなら、このフライドチキンを売りだす店のブランド化を推奨する?」
そこには、このフライドチキンのみならず、『はんばーがー』『ふらいどぽてと』なるこの店でしか味わえない物をセット販売していくこと、ドリンクとセットで買うときは安く売るなどの見たことのないサービスプランが記載されていた。
ただし、これらの商品については、子供の財力では素材を集めることすら困難なため、試食を望まれるなら、国の支援を受けたい、との内容も追記されていた。
そうすれば、それがどんな料理か、その場で品評できる。
ふらいどちきんのポテンシャルを考えれば、決して低くない期待値に、王は思わず微笑する。
それがブランド化できるほどの味と判断されれば、全国展開、いや、全天界展開も可能だと熱く綴られていた。そこまで読んだマルクス王は。
「――――くはははははっ!」
もはや限界とばかりに、快笑した。
「わ、我が主?」
宰相ビスクーノでさえ、こんな王を見たのは、稀である。
それほどまでに王の琴線に触れる内容であったことは、容易に想像できた。
「―――この小娘、王家に自分の店を作らせた挙句、その味まで王家に守らせるつもりかっ! ……いや、おそらくそこまで考えが至っておらんが、考え事態はよう出来ておる」
「……なるほど。
確かにここには書かれておりませんが、ブランド化するとなれば、後々現れるコピー品の取り締まりも、必要になるでしょう。しかし、王家の後ろ盾があれば、話は別。そのようなマネをしたら、処刑も免れないでしょう」
「王家を番犬扱い! 更にパトロンまでおねだりするとは、なんという強欲! 稀に見る業突く張りぞ! くはははは!」
マルクスは考える。
実際に『はんばーがー』やら『ふらいどぽてと』やらを食してみないことには解らないが、この料理の出来を見る限り、決して夢物語ではないのかもしれない。
それでも、最初から全世界展開を視野にいれて契約を考えているというのは、滑稽極まるが、子供ゆえの短慮とみれば可愛いもの。
それに、全世界展開などと世迷い事を本気で考える商人が、こんな傍にいたことに王は驚喜を隠せなかった。
「10歳の少女が考えたものとは思えんが、やはり抜けも多い。が、一応どこかの間者か、調べておけ。つい最近、おかしな襲撃があったばかりじゃからの」
「それについては、問題ありません。既に念入りに調査しましたので」
なるほど、ビスクーノもこの話に。いや、この契約を持ち込んだ少女に興味があったのだろう。いつも以上に迅速な対応だった。
「ならば、実際に会って確かめた方が早いな。
ビスクーノ。必ず、この者を余の前に連れてこい」
「御意に」
一礼を終えてからビスクーノは、足早に王室を後にした。