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天のカネ様の言うとおり  作者: ネルネル
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第2話

 悲しみの一夜を終えた、明くる日。

 ルイスは前世の知識を元に、面白そうな料理はないか、『グリードフォン』を開いた。


 ――――グリードフォン?


 お答えしよう。

 グリードフォンとは、前世でいうところスマートフォンのようなものだが、性能は前世をはるかに凌駕したチート性能。


 百聞は一見にしかず。


 ルイスは、人差し指と親指をL字型に開いて、薄緑色のウインドウ画面を表示した。


 これがグリードフォンの起動方法。使用法は指先で画面を弄るだけ。この辺は前世と同じなので、すぐに慣れた。

 そこには、ルイスのステータスを確認する画面以外にも、『アイテム一覧表』と呼ばれる、ルイスの住む国、天空領土『グリードウォーム』で取り扱ったことのある商品が、全種類リストアップされていた。


 余談だが、天空領土とは、そのまま空飛ぶ大陸という意味。

 この国が、天界、神の国、などと呼ばれる所以でもあった。


 そしてグリードフォンとは、

 いってしまえば、


 転送機能付きのアイテムボックスだ。


 画面に表示された商品を、ボタン一つで手元に転送。できたての料理を、熱々のまま、瞬時にお届け。生モノだって腐らず保存。時間経過もありません。常に新鮮。運搬費用もいりません。


 そんな、アマゾン最終形体。

 もしくは、

 どこでもドアとスマートフォンとネット通販が合体融合したチート技能と思ってくれてもいい。


 それが、国民すべてに支給された『神の恩恵ギフト』でもあった。


 とりあえず、すごく便利なスキルがあって。


 それを使えば、この国にある全商品が、画像付きで閲覧できる、ルイスはネットサーフィンして欲しい商品を探すように、実際その通りなのだが、『ある物』を探していた。


「……………………むが~! ないから、ないから! 『圧力鍋』がこの国に存在しないから!」


 ――――そう、圧力鍋。


 煮てよし、蒸してよし、素材に味を染み込ませ、程よい柔らかさにしてくれる、万能調理器具。


 ルイスは圧縮鍋を渇望した。



「……何が見つからないの~?」

「むぐぅあん?」


 謎の返事と共に振り返ると、そこには12歳の次女ユリシアが、いつのまにか佇んでいた。

 いつも眠そうに瞼を半分落とし、ウサギのお人形を抱える西洋人形みたいな女の子。

 ルイスの目からしても、可憐でミステリアスな美少女。

 因みにウサギのお人形は親から最初にプレゼントされたものだと知って以来、ルイスは、この不思議少女のことを大好きになっていた。


「ユリ姉! 圧力鍋がない! ないから! からから!」

「あつ、りょく~?」


 当然だが、この世界に圧力や浸透圧や気圧の概念なんてない。しかもそれを調理に活用するなんて発想、あるわけがなかった。

 ユリシアが首をかしげたのも当然。


「え~と、料理をもっとおいしくできる魔法のお鍋って意味だから! もっともっとおいしくできるから! なんだから!」


 ルイス。

 説明が苦手だから。

 言い訳が面倒だから。

 なんか勢いでごまかした。


「ん~? ……から揚げも~?」

「からあげもより柔らかくジューシになるから!」

「私もてつだう~」

 いつもゆったりゆるゆるユリシア、今日は機敏に返事をした。

 どうやらルイスの料理ファンは、ここにもいたらしい。


 とはいえ、アイテム一覧になかった以上、圧力鍋は自作するしかなくない。


 鍛冶屋に頼むにしても、10歳児の話をまともに取り合うとも思えないし、仮にうまく説得しても、見たこともない鍋を一から作り上げる労力、成功するまで試行錯誤するための材料費。

 そんな資金力、ルイスにあるわけがない。

 グリードフォンを使った、ポテトチップスの販売で、多少の利益を上げたルイスでも、払える金額ではなかった。


「どんな魔法をお鍋に掛ければいいの~?」

「え? …………ああ! 魔法!?」


 そうだったっ、この世界には、魔法があったんだ!

 うっかりさん私!

 てへっ!

 …………。

 ……。

 自分が何を言ったかも覚えていないルイス。しかしそれが切欠で、光明を得ることもあるらしい。


「ユリ姉! ユリユリ姉! 土魔法を使える知り合い知らない?! 知ってたら教えて欲しいから! 心からから!」

「私使えるよ~」

「ぶえ?! パードゥン?」

「ぱ~、どぅん?」

「もう一回言って意味だから!?」

「私、土魔法使えるよ~」

「ホント、ユリユリ姉?!」

「ホントだよ~」


 ユリシアは地面に手をかざすと、大地がモコモコ盛り上がって、土鍋ができあった。

 驚くほど軽くて、硬い。魔力が大量に込められているせいだろう。

 これなら密封状態でも蒸気に負ける心配はない。


「すごいからユリ姉! こんな身近に魔導師レベルがいるなんて、すごすぎだから! マスタリングすごいから!」

「ますた、りんぐ~?」

「完璧って意味だから!」

「とらべりんぐ~?」

「何で知っているの!?」

「私、力になれそ~?」

「なれるから! 救世主だから~! 大好きユリ姉さま~!」


 ユリシアの手を握って、ブレれる勢いでブンブン上下に動かすルイス。

 そんな残念な妹にも、嬉しそうに付き合う、ユリシアであった。





 圧力鍋は、どうにかなった。

 

 次の問題は、そこにどんな食材を入れるか?

 実はそれについては既に決まっているので、残りの問題は、唯一つ。


 胡椒、だった。


 味を引き締め、風味を際立たせ、ピリッと舌を刺激する。

 前世では簡単に手に入ったが、この時代では、ルイスの目玉が飛び出して溶けて目玉焼きになるほど高い。

 それを料理に使う貴族は馬鹿だと思うくらいバカ高い。

 つまり貴族は、馬鹿。

 QED。証明完了。

 違う。

 馬鹿はルイスであった。


「うむがれん~!」

 このセリフに意味はない。

 ルイス心の叫び、以上。

「無駄遣いはしない! 無駄遣いはしないから! でもお金は欲しい! 寿命を10年分渡すから、お金に換えて!」

「どうやって~?」

「なんかそれはほらえ~と! ……察してだから!」


 とりあえず威勢はいい、10歳と12歳。

 しかし、良案が浮かはず、二人で頭を抱えていると――、

 ユリシアは面白半分で妹を真似ただけだが――、

 長女のリコリエッタが現れた。


「――――おや? なんだかおまんじゅうみたいだね、二人とも。何かあったのかい?」


 最近では家にいないことが多いリコリエッタ、その理由をルイスは知らないが、冒険者であることは知っていた。

 そのため、レザーアーマーにレザーレギンス、長弓と矢筒を背負ったリコリエッタを目にしても驚かない。

 これから狩りをしに行くのだろう。

 家にいないのはそれが理由だろう。

 そんなことより、金である。

 徹頭徹尾、金。金。金。

 これをどうにかしなければ、胡椒が手に入らな――――




 ――――カンカンカン!!!

 ――――カンカンカン!!!



 ルイスの邪念を祓うように、

 金属を叩きつけるような快音が鳴り響いた。


「い、いったい何なのだから!? 天罰?! 私の邪念に、神様が反応したのから?!」

「これは~……」

 動揺する一人とボーとする一人。

 対して、リコリエッタは冷静だった。


「二人とも話は後だ。今すぐ、避難所に向かうんだ」


 リコリエッタは、

 告げた。


「――――魔物の襲撃だ」








 魔物が当たり前に徘徊する時代。

 どの村にも避難所は、設備されていて、避難訓練も受けてきた。

 ただあまりに久しぶりで、多少混乱はあったものの、他の村人も迷うことなく避難所に集結しつつあった。


「ルイス、ユリシス、慌てずにね。でも、急いでいこう」


 リコリエッタは、優しく微笑んで、普段見せない締まった顔つきで、頻繁に空を警戒していた。


 この国では、大地が空に上がった影響か不明だが、魔物の数が激減した。

 そのため、魔物の襲撃があるケースは、領地の外から来る生き物。

 空を飛ぶ魔物だけだった。


 リコリエッタを含めた村の冒険者たちは、上空を気にしながら、避難所へ村人全員を無事に誘導した。


「よしこれで全員かな。


 ――――おや? 緊急呼び出し?」


 リコリエッタのグリードフォンが勝手に起動して、画面が浮かび上がった。

 彼女だけではない。ほかの冒険者のウインドウも。



 『冒険者の皆様。

  これは国からの緊急依頼です。

  直ちに確認してください』



 リコリエッタは、すぐさま内容を確認すると、他の冒険者たちと一か所に固まって、話し合いを始めた。

 何やらもめたようだが、五分もしないうちに話が決まり、リーダーと思われる筋肉質の中年男性が、村人たちの元へ歩み寄ってきた。


「――――みんな聞いてくれ。

 たった今、ギルドから、魔物の群れがこの国に迫っている、と緊急の報を受けた。

 冒険者は、その魔物たちの撃退を依頼され、俺たちはそれを受諾した。

 魔物は飛行タイプで、外周寄りの町や村を襲うと予想される。

 幸い数はそれほど多くない。既に攻撃を受けて、かなり弱っているという。

 うまくいけば、内陸寄りのこの村にたどり着く前に撃退できる可能性もあるが、警護はしておく。

 期限は、警報が鳴り終わるまで。長くても数日中には、片が付くだろう。

 その間、皆安全を心がけ、勝手な行動は控えてくれ。

 食事や寝床については、村長に任せてある。詳しくはそちらから聞いてほしい。話は以上だ」


 そう言い終えた冒険者のリーダーは、集まった他の冒険者たちと一緒に、外へと行ってしまった。

 リコリエッタの姿もその中に含まれた。


 ルイスは大好きなリコリエッタを心配しつつ、魔物の素材って高く売れるのよね、と金に意識を奪われていった。

 相変わらずの残念っぷりである。



 魔物の襲撃は、初日の深夜と翌日の早朝にファイアバードとウインドバード、それぞれ一回ずつあったが、報告通り、弱っていたため、簡単に倒すことができた。

 それ以降、魔獣の襲撃はない。


 そして、翌日の夕方。


 グリードフォンを通じて、魔物の撃退が無事達成されたと発表。

 歓喜に沸く村人たち。

 安堵する冒険者たち。

 しばらくそんな光景が広がった。


 魔物の襲撃が終わった後。

 村人たちは、冒険者たちに、深く感謝した。

 冒険者たちも、村人たちからの感謝を受け取り、ギルド兼仕事斡旋所になった建物に集まり、報酬額に大喜びした。


 それから、無事仕事をやり遂げた長女が帰還すると、ルイス一家は総出で彼女を出迎えた。


「おかえり! おかえりだから! リコ姉!」「ごくろうさま。大変だったわね、リコリエッタ」「リ、」「リコ姉~、ごくろうさま~」


 リコリエッタは少しばかり面喰っていたが、すぐ笑顔になり嬉しさをにじませた。


「ただいま、皆!」


 その後はリコリエッタの活躍に話が盛り上がった。ウインドバードが彼女に攻撃してきたと聞いたとき、全員、青い顔をしたが、一本の矢で返り討ちにしたと聞いて、更に白熱した。

 銭ゲバルイスも、大好きなリコリエッタが、魔物に襲われた話を知って、思うところがあったのだろう。

 その夜、密かにリコ姉のベッドにもぐりこんで、ベッドを占領するように不貞寝してやった。


「おや? ふふ、たくさん心配させてしまったみたいだね、ルイス」

「そうでもないから。別にないから。ぷーん」

「ふふ、今日は遅いから、一緒に寝ようね」


 そういって、やさしく迎え入れるリコ姉、何も言わず一緒に眠りにつくルイス。

 ……。

 …………。

 なんかこう、すごくいい妹に映るルイスであった。


 いやしかし、これで好感度を上げたわけではない。断じて。

 そもそも、これまでの守銭奴プレイで、既にマイナス。この程度の行い、大した加点はない。

 ええと、そう、

 おそらく、

 いずれ金策に繋がる行為の布石。

 そうに違いなかった。






「さて、今日はひさしぶりに、皆で一緒に遊ぼうか」

「遊ぶ! 遊びに遊びまくるから! 今日こそは!」

「私も~」

「もちろんだよ、三人で遊ぼう」

 久々に三姉妹揃って、村を散歩。

 二人の姉に挟まれるように手をつなぐルイスは上機嫌であった。

 ルイスを除いた二人は昨日の襲撃が、村に大した影響を及ぼさなくて、一安心。

 ルイスは、魔物の体の一部がどこかに落ちてないか、散策中。

 その眼光は、自動販売機の両替機の中を漁る不審者そのもの。

 こうやってルイスの噂は、村中に広まっていく。


「そういえば、最近リコ姉って、家にいないことが多かった気がする。気がするから。略してキスから」

「恋が始まる~?」

「つまり、リコ姉に男が?!

 うがぁあ! ダメだから! リコ姉は私のだから! ユリ姉! 破局手伝ってから!」

「うん、いいよ~」

 絶対に違うとわかっているので、ユリシア、安請け合い。

 むしろ、そんなルイスを微笑ましげに眺めている。


「―――え? 最近、家にいなかった理由? 言ってなかったかな、実は冒険者稼業を一時中断して、遠くの町に農業を教わりにいっていたんだ」

「農業?」

「気になる作物があってね。それを栽培している知り合いを探して、仕事を手伝いながら、育て方を教わっていたのさ。幸いうちは、庭は広いけど、親が趣味でやっている菜園くらいしか使っていないからね」

「何を育てるつもりなの~?」


「――――胡椒っていうんだ。知っているかな」


「っこおここ、」こしょう!?


 ルイス、雷に打たれる!

 何か変なズレが起きた!


「ししし、知ってるから! むしろ知らいでから! 今すぐ植えらいでから!」

「あはは、今すぐは無理かな。でも、今回の稼ぎで支度金も揃ったからね。そろそろ、自宅で育ててみようとは思ってるよ」

「私お世話する! 全力でするから! ついでに料理に使うから!」

「私もてつだう~」

「あはは、料理のためなんて、ルイスらしいよ。でもありがとう二人とも」


 なんだかんだで、料理に使うことを了承させるルイス。瞳が、Gの形に変型していた。


 そんなこんなで、翌日には家を出たリコリエッタは、帰ってきたときには、たくさんの胡椒の種と2本の苗木を持ち帰ってきた。


「みんな、これが胡椒の苗木だよ。大事に育てようね」


 その苗木が、ルイスの躍進に多大な貢献をもたらすことを、この時点では誰も想像していなかった。



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