第1話
初投稿です。
誤字、脱字、ご意見、ご感想、お待ちしています。
「キャー、あなた! また、ルイスちゃんが、頭がおかしなことを!」
家の中から悲鳴。
ドタバタ駆け回る母マリアの足音。
ご近所さんは今日も平和ですねと、お茶を一口。
呑気か。
と、ここまでが、最近のルイス一家の日常の一コマだった。
「も~! 酷いからママ! 頭がおかしいは、酷過ぎだから!」
文句を言いつつ、目の前の大鍋に熱いまなざしを向ける少女ルイス。
文字通り、熱い。
というか、燃えている。
それも当然。
ルイスは現在、料理中だった。
中でジュウジュウ鳴き続ける黄金色の塊に、火の魔法を掛けながら、常に高温を維持。
もうすぐ出来上がる。完成する。
その味を想像し、思わず喉をゴクリ。
間違いない。これは伝説の料理になる。
ルイスになる前の自分、広井姫風がここまでの話を聞いたら、頭がおかしい。
と、思っただろうが、残念ながら今の彼女は、広井姫風ではないが、頭の中身は広井姫風だ。
頭がおかしいことに変わりはなかった。
それはともかく。
前世の自分、広井姫風―――私は、ある日突然、光に包まれた。
車のライト? UFO?
そんなもの信じてないけど、今まで感じたことない強い光だった。
思わず目を閉じて…………。
けど、いくら待っても、何も起こらない。
衝撃もない。痛みも。ない。
どういうこと? ただの幻覚?
恐る恐る目を開けたら、
見たこともない家の中にいた。
全部、木の板でできた知らない家。
心なしか、天上が高い。
ううん、視界が下がっている?
家具も一回り大きく見えた。
自分の手のひらを見ると、すごく小っちゃい。かわいい。
十歳とか、それくらいの小さなお手手。
でもどうして…………て、あれ?
私、知っている。
この家のこと。
今の自分のこと。
前の自分のこと。
なぜか全部思い出せる。
『その瞬間』だろう。
広井姫風が異世界の少女、ルイスに生まれ変わってしまったのは。
原因なんてわからない。
光の正体も、こうなった訳も。
むしろ、こっちが教えてほしいくらい。
訳わからない。訳わからな過ぎ。
だからうだうだ考えるのはやめた。
やめようったらやめよう、
じゃないと、一生同じ考えにとらわれるし。
その辺は、何か進展がありそうなときに思い出せばいいじゃない。
よしよし。
そういうことで、異世界ライフを満喫しよう。
ポジシン、ポジシン。
というわけで、ルイス(姫風)はさっさと割り切り、次のことに頭を切り替えていた。
次のこと、すなわち、『金儲け』……。
姫風の趣味は、貯金、無駄遣い。
これだけ。
もう一度言う。これだけ。
…………。
ルイスが現在作っているのは、前世の食卓では一般的に並ぶ家庭料理。
から揚げ。
前世では日本人の誰もが知っている、
この世界では、誰も見たことのない料理、
味は経験から知っているので、不安はない。
「ああ、また火遊びなんかして! 危ないわよルイスちゃん!」
むしろ別の気配が近づいていたことに、不安を隠せない。
しかし、マリアの行動も無理からぬこと。
10歳の愛娘が、火の魔法を使いながら、ぐつぐつ煮える鍋の前で、にやにやしてたら、止めるに決まっている。しかも、揚げ物料理、危険度は倍増。
しかし、マリアはルイスが火を使ったことばかりに目がいって、煮えたぎった油に気づいていない。
本当に危険なのは、むしろ母マリアの方だった。
「や~~! 危険だから! あとこれ料理だから!」
さすがのルイスも、母の身を案じて、必死になってマリアの接近を阻止した。
あと料理のために。むろん、料理のために。
母の命と新たな金蔓!
どっちも大事でしょ!
そういわんばかりに。
そうこうしている間に、辺りに香ばしい匂いがただよってくる。
それに気付いたマリアはようやく、ルイスがまた変な料理を作っていたのかと納得した。
「あら、いい匂い。
でもねルイスちゃん。料理もいいけど、10歳の子供が火を使うのは、とっても危険なことなの。わかるわよね? 次から一人で料理をしないって約束してくれる?」
……それを聞いて。
ルイス、決心する。
もう二度と、母の言いつけはやぶらないと。
「うん、わかった! もう一人でしないから!」
「ありがとうルイスちゃん。お母さん、嬉しいわ」
マリアに抱きしめられる、ルイス。
母の愛情を受け入れる、我が子。
感動的な場面、ではなく、
ルイスの脳内では、一人ではしない、ではなく、
一人でしなければいい、と変換されていた。
……痛ましい残念っぷりであった。
「ただいまーっ……と? おやおや。
なんだか、お取込み中だったみたいだね。お邪魔だったかな?」
そういって、自宅を囲った柵を飛び越えて登場したのは、ルイスの5つ上の長女リコリエッタ。15歳の、ポニーテールの美少女。ルイスが大好きな男勝りのお姉さんであった。
「リコリエッタ。柵を飛び越えてくるなんて、はしたないわよ」
「あはは、ごめん、次から気を付けるよ」
「もう、お姉ちゃんなんだから、皆のお手本になるようにしてね。
ルイスちゃん、お姉ちゃんにご挨拶は?」
「お帰りリコ姉! 今日も綺麗だから!」
「ふふ。ありがとう、ルイスはいつも可愛いよ」
そういってルイスの頭を撫でるリコリエッタ。
「むふふ~」
リコ姉と呼んで慕うルイスは、嬉しそうに目を細める。
……そういう表情をもっと見せれば、周りから信用されるのに。
「あらあら、ルイスちゃんったらお姉ちゃんにべったりね。うらやましいわ」
「それで二人とも何をしてたんだい? すごくいい匂いがするんだけど」
マリアが事情を説明すると、リコリエッタはすぐに納得する。
「なら、今夜はごちそうだね。ルイスの料理は見たことないものばかりだけど、いつもおいしいから」
「ありがとリコ姉! あっ! ちょうど揚げ終わったから!」
「へぇ~……今日の料理はなんていうの?」
「鶏のから揚げ!」
「からあ、……。お母さん知っている?」
「見たこともないわ。けど匂いは悪くないわね。それよりルイス、どこでお肉を手に入れたの? お肉なんて保存してなかったはずだけど」
「それは安心して! お父さんに、もらったから!」
――――ルイス、
家族を売った瞬間であった!
自分が料理に火魔法を使うこと。それにマリアが反発すること。
結果、誰が素材を与えたのか聞かれること。
……すべて予期していたのだろう。その口調はよどみがなかった。
「昨日うちで飼ってた一羽が息を引き取ったの。だから、お父さんにお願いして好きに使っていいって許可もらったから! もらったから! お父さんから!」
……ひどい責任転嫁。
リコリエッタは、苦笑。
マリアは真実に気づかず、まなじりを釣り上げた。
「―――ちょ、聞いてないわよ! あなた、ちょっとでてきなさい! 聞きたいことがあるわ!
………………………………あっ、確信犯ね!」
父親がピンチになるとわかっていて、すべてを明かす、ルイス。
そうしないと、自分に累が及ぶと分かっていたため。
そして、フォローもしない。
むしろ、責任を押し付けた。
屑である。
あえて言おう。屑である。
「あはは、お父さんルイスに甘いから」
その通り。
しかし今回に限っては、愛娘スキルを悪用して、上目使いで父に迫ってまで、食材を欲したルイスの強欲のせい。
断じて父親のせいではない。
断じて。
そうこうしているうちに、から揚げが揚がって、ルイスは人数分を木皿に仕分けていく。
「「……」」
見た目は無骨、見慣れない茶色の固形物に、二人の目は釘づけだった。
ルイスの奇行は、家族の中で常識を通り越して宇宙の真理に成っていたが、こと食べ物に関しては外れがなかったので、ごつごつした外見でも、味への期待感は大きかった。
「さぁ! お待ちかねの実食タイムだから! 遠慮しなくていいから!」
「……僕から、いただくよ」
「……私もいただくわ」
木皿に置かれた、初めて見る肉の塊に、一瞬固まる姉と母。
それから、意を決して、かぶりつくと。
「熱っ! ……でも、ほいしい」
「っ……あら、ホント。お酒が進みそう」
ルイスは二人の感想を嬉しそうに聞きながら、から揚げを一口頬張った。
「……ッ~~。ウマ~!」
上出来。
家族の受けも良い。
これなら、ポテトチップに続いて、新たなチート料理になってくれるはず!
いいぞ私! えらいぞ私!
明日も未来は明るいぞ私!
ルイスは未来の明るい金儲けに、ニマニマ、ドロドロ、ネバネバした欲まみれの笑みをこぼして、
嗤った。
「――――嗚呼! これさえ無ければ! これさえ無ければ、我が子は本当にかわいいのよ!」
「涙拭きなよ母さん。でも、あれもあれで十分かわいいけどね」
そう言えるのは、姉フィルター越しに眺めるリコリエッタだけである。
残念ながら。
「それより、皆にも食べさせてあげようよ」
「はぁ……そうね、この味を知らないなんて可哀そうだもの。でも、お父さんはダメよ」
「え、でも、」
「お父さんはダメよ」
「…………」
その日ルイス宅の夕食は、少しばかり豪勢な料理が並び、大満足の一時を満喫できたのだった。
……約一名を除いて……。
お読みいただき、ありがとうございました。