お得な簡保のご案内
西場郵便局保険課のバイクが2台、連れ立って走っている。
彼らはいつもペアになって走っている。
コンビニ前の坂で見たときも、西塔さんちの犬にほえられていた ときも、喫茶店でランチを食べるときも、もちろん局との行き帰 りも。制服に赤いヤマハメイトの彼らは、必ず一緒だった。
ホモ?わたしは思わず想像した。彼らがマンションのエレベータ ーの中で、密かに手を繋いでいるところを。
ごめんなさい。それは私の妄想です。聞かなかったことにしてく ださい。それでなきゃ、あなたまで、赤いバイクを見るたびに変 な気持ちになっちゃうに違いないから。
西場ペア(仮称)は、今日も楽しそうに局の駐車場から飛び出し てきた。放たれたミツバチのようにブイブイと、彼らは住宅地に 向かっていった。そして、ある小ぢんまりとした一戸建ての家の 前にバイクを停め、(停めるときは、必ず若い方が前に停め、そ のお尻に年配の方が停める。何で?)そしてヘルメットを取り、 見つめあってうなずいた。
玄関先に出てきた初老の婦人は、ウルトラ警備隊よろしくヘルメ ットを右の小脇に抱え、左手にはトレードマークの黒鞄を下げて 直立できりっと挨拶する二人を見て、ちょっとひるんで「どうぞ」 とドアの内に招き入れ(てしまっ)た。
家の中はなんとなく線香の香りがする。そして居間と思える方角 から、かさかさと新聞の音。
「今日はお約束のお得なプランをお持ちしました。ご主人ご在宅 ですよね?」
年配の局員が囁いた。
「ここではあれですから・・・。」
若い局員が、あつかましくも当然そうに部屋に通してほしいとい う顔をした。
「今日は寒いですねー。バイク乗ってるもので冷えちゃって。こ ういう日はコタツにかぎりますよねぇ。」
老婦人は仕方なく彼らを夫のいる居間に通す。居間では、夫がコ タツみかんに新聞で、くつろぎ三昧である。どやどやと入ってき た制服の2人を見て、はっと姿勢を正し、「あ。ども」と、わけ がわからないままに挨拶している。
2人は勧められもしないのに、すっぽりとコタツにはまりこみ、 「さっそくですが、資料を広げたいので。」と上の物を撤去させ た。
「では」と言ったのがどちらなのか、それもわからないほどの素 早さで、局員達は行動を開始した。2人は夫婦の膝を縛り、コタ ツから動けなくした。そしておびえる夫婦を横目にコタツの天板 を裏返し、黒鞄の中から象牙で出来た雀牌を取り出し、ガラガラ とぶちまけ、にたっと笑った。
「今回お勧めするのは、私どものオリジナル商品で、簡単な話、 私たちに勝つと、その月の保険料がただになるという、そうい うお得な商品です。毎月お客様がお勝ちになると、保険料は丸ま るタダというわけです。いかがですか、いいですよね、断る人は ありませんよ。さあ。」
麻雀なんか知らないという老婦人の手を若い局員が握り、にっこ りと笑った。
「なあに。すぐに上手になれますよ。」
老婦人は抵抗するすべもなく、「お願いします」と肩を落とした。