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魔術士は求む者  作者: 土月 十日
一章 赤・七選・塔の夜戦
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6 そして、巨塔


 目を覚ました。時計を見ると、予定よりもずっと早い。興奮しているようだ。

 まだ寝ているジャールを起こさないように、静かに着替えて部屋を出た。


 宿やどの廊下は、魔力灯の白い光が照らしていた。滑らかな床や壁は混凝土コンクリートで、夜間の間に冷やされたことをひやりとした空気が知らせる。

 階段のある突き当りの窓は西向きで、朝日に照らされる景色がよく見えた。

 その中心で存在感を訴えるのは、窓の枠を超えて上端を見せない青色の塔。

 三角柱の形だが、ここからでは見える平面はひとつ。東からの陽光が反射してくるはずだが、そういう素材なのか、眩しくはない。深い青色がはっきりと見える。


 青の三角の塔。

 真理の塔や、レドウッドの塔ともいうことを昨日知った。


 そして、今日、上れる。

 憧れていた夢への着実な一歩だ。

 興奮しないほうがおかしい。


 軽くなったような錯覚を覚える体で階段を下り、閉められていた扉を開けて外に出た。

 少し湿った室内の空気よりも、ずいぶん清々しい。

 東からはまだ朝陽あさひは昇っていなかったが、すでに空は明るい。


 時間があるので散歩することにした。

 進むのは西。塔への方角だ。


 ずうっと歩いていると、不意に空の明るみが増す。振り返ると朝陽が姿を覗かせていた。

 その強い光を受けても、青の三角の塔は光を反射させることはなかった。昨日見たところ、塔は綺麗な平面だったが、どんな素材でできているのだろうか。


 やがて塔に辿り着いた。近くで見ると本当に大きい。三角の一辺の長さは、走り抜けるのに十秒くらいはかかりそうだ。

 見上げると首が痛くなる。消失点まで続いているようにさえ見える。もちろん、よく見ればその途中で途切れているが、よく見なければ分からないほどに端は遠い。


 その壁面に触れる。

 不思議な青色。陶器のような手触りと冷たさ。なめらかな平面だが、近くで見てもやはり光沢は無かった。

 光の反射が無いために、景色から浮いているように見える。まるで、この世とは別の次元に存在しているように。


「いやあ、大きいですねえ」


 呑気に間延びした声は少女のものだった。

 振り向くと、僕と同じ黒髪の少女が額に手をかざして塔を見上げていた。

 昨日食堂で見かけた。

 ジャール曰く、天才。

 名前は確か。


「エルノイ・ウィン・ディアリルム?」

「あらら、みんな知ってるんですね。いやあ、有名人ですね、私。その通り、私がエルノイ・ウィン・ディアリルムですよお。

 あなたは、ええと、確か、カスタット・ポゥさんですよねえ」


 意外に背が高いエルノイは、さらに意外なことに僕の名前を口にした。

 初対面のはずであるし、僕は目立ったことをした覚えもない。


「あれ、僕も有名人だった?」

「違いますよお。面接を待っている時に、先に名前呼ばれていましたから」

「それは気づかなかったな」

「みんな緊張していましたからねえ。

 同じ黒髪だったので、ちょっと注目してたんですよお。ここには王国中から人が集まりますけど、それでも珍しいですから。あ、合格おめでとうございます。」


 まるで童女のような話し方をする。

 その無邪気さが妙に似合う。


「それで、どうしたんですかあ? こんな朝早くから」

「エルノイさんこそ、どうしてここに?」

「私は、窓から歩いて行くあなたが見えたので着いてきただけですよ?」

「そうなんだ」


 天才だと聞いていたので身構えていたが、なんとも力が抜ける。

 もっと傲慢そうな人物を想像していた。


「目が覚めちゃったから、散歩してただけだよ。塔に来たのは、何となく」

「そうですかあ、変な人ですね。あ、ところで、知ってますか? 昨日お友達に聞いたんですけど、この真理の塔はですね」

「真理の塔は?」

「どんな魔術でも壊れないそうですよお。ぜひ、試してみましょうか!」


 言うやいなや、冗談のような魔力がエルノイの体内に生成された。

 個人でこれだけの魔力は見たことがない。


 そして、精密な魔術式がひとつ。それを補助、強化する補助式が連鎖的に構築されて複合式となっていく。

 機械仕掛けの歯車のようにな、複雑な魔術式。

 莫大なエルノイの魔力が零れて、その魔術式を強く発光させる。

 はっきりと視認できるのに、複雑な魔術式は内容が分かりづらい。何とか読み取って、血の気が引いた。残酷なまでに効率の良い、爆裂魔術。


 それが、この膨大な魔力を飲み込んで放つ。

 小さな城程度なら、一撃で壊滅する。


 それが発動した。

 眩しい光と、轟音。

 効果範囲を指定する結界から漏れでた風が後ろに抜けていく。エルノイの黒髪もなびく。


 そして笑っていた。

 楽しそうに。


 僕は驚いている。

 厳密に範囲が指定された爆裂は塔の表面を弾け、爆裂自体が急速に消失していった。

 今はもう、吹き荒れる風だけが爆裂魔術があったことを示す。


「うわあ、凄い! 何ですかね今の! 魔力を吸収されたわけじゃないですね!

 何だろ、本当に、衝撃そのものが吸収されたような。凄い! 凄い!」


 初めて虹を見た子供のようにエルノイははしゃぐが、僕はそこまで楽しそうになれない。

 さきほどの常識外れな威力の魔術の心理的な衝撃から回復できない。

 あんなものを放てればそれだけで一等階級か、それ以上の冒険者だ。


「あれ、カスタットさん、見てましたか?」

「見てたよ」


 確かに不思議な光景だった。

 衝撃が消え去ったのだから、逆位相の衝撃を放ったのか、全て受け止めてどこかに流したのか。そんな理由しか考えつかない。

 しかし、そんなことが起こったようにも見えなかった。

 だがその不思議よりも、軍人が数十人規模で放つような威力の魔術を、単身で放った事の方が衝撃だ。


「空間跳躍で異次元に送ったわけでもないですし、いやあ、凄いなあ。分かんないことなんて、久しぶりです」


 どうして空は青いの? と不思議がる子供のような表情でエルノイが塔の壁面に触る。

 無邪気な顔を見て思う感情は二つ。

 底知れない恐怖と、それに比例したように強い憧れ。


 どちらともが僕の肌を粟立あわだたせて、虚しい笑顔を思わず浮かべた。



  * *



「ということがあったんだ」

「朝から活動的だねお前も」


 食堂は僕達赤の学年で賑わっていて、その賑わいのひとつとして僕とジャールが会話していた。

 少し離れた席では、話題となっていたエルノイがたくさんの人間と朝食をとっている。貴族の会食のように机を並べて、誰彼と会話を続ける。ある種の派閥のようにも見える。


 それが不健全なものに思えないのは、やはり中心で笑うエルノイの表情のせいだろう。

 常識外れの魔術の才と不釣り合いに純粋な笑顔。


「怖えな」


 ジャールが呟いた。

 真剣な表情だった。


「何が?」

「確かに取り込まれそうになる。なんだろうな、才気ってやつなのかね」


 本気で恐れているような口調だった。

 エルノイの周りの人間は、数えてみれば二三人で、これは昨日よりも四人多い。

 王都にいたというのだから元から派閥のようなものがあったのだろうけど、それにしても尋常でない数がわずか一日と少しで集まっている。

 魅力の素材は、ジャールの言う通りに圧倒的な才能なのだろうか。


「まあ、そうでもない人もいるみたいだけど」


 あるいは反動なのか、人の輪の中心にいるエルノイを睨んでいる人間も何人かいた。

 その中には知った顔もある。

 少し離れた席に座る、小柄な少女。


 キャンディナもエルノイに対して敵意を抱いているようだった。

 食事を取りながら、時折、一瞬だけ鋭い視線で睨みつけている。


「そりゃ、嫉妬もするだろ。一度、お披露目会とか言う題目で魔術を披露するのを見たけど、凄かった」

「どんな風に?」

「水の入った桶を三つ用意して、その水を凍らせて王城の模型を作った。

 外観だけじゃなくて、壁も床も柱も、薄い氷を材料にしてな。三秒もかからず、しかも、見たこと無いくらいに精密な模型だ。

 魔術士として、絶対に勝てないと思ったね」

「へえ」


 言葉だけではよく分からないが、ジャールの感嘆の表情を見るに、相当の出来だったのだろう。

 キャンディナは嫉妬か、あるいはそれ以外なのか、あまりいい感情を持っていないようだ。

 しかしそれは一瞬のことで、対面する金髪の少女と楽しそうに会話もしている。


 ここからは短い金髪の後ろ姿しか見ることができないが、多分、フィユ・ウィン・シュバイツェルとかいう少女だろう。

 二人の方を眺めていると、キャンディナと目が合った。


 そして逸らされる。

 気まずいものを見たという表情。

 そこのことを相席者に尋ねられたのか、愛想笑いで首を振った。


「なんなのかねえ」


 僕のことを好きになれないと謝ったキャンディナ。

 理由は知らないままだ。


「何がだ?」


 ジャールが呟きに反応してきたので、愛想笑いを浮かべて首を振ってみせた。



  * *



 今日は必須講義があるということで、諭し舎に教室には赤の学年の全員が集まっていた。

 講堂と違って、平たい教室。教壇の上には中年男の姿。禿げた頭にはへらへらした表情。

 確か、名前はカワチャ・ミヨイツム。


「はいはいみなさん朝からちゃんと全員いますね。素晴らしいことです。

 ではでは、必須講義を始めましょうか。

 まずは、みなさんも気になっているでしょうね、来年、橙の学年に進むことのできる七人、いわゆる七選の選抜方法です」


 教室の空気が少し張り詰める。

 カワチャの次の言葉が、それぞれの未来を左右する。

 その重圧がなんでもないようにカワチャは軽い口調で続けた。


「しかし単純明快。あの塔、青の三角の塔、真理の塔、レドウッドの塔、名前は何でもいいですけど、例の青色の三角柱の塔ですね。

 あの塔を、一年後までに高く上った順に七人です。

 例外はありません。一年後までに、あの塔を高く上った七人が橙の学年に進むことができます」


 反応はそれぞれだったが、結果的に教室には沈黙が満ちた。

 僕としては、驚きと喜びだ。

 あの塔を制覇することが僕の目的なのだから、それがそのまま進級のための目的にもなることは喜ばしい。

 全員が言葉を理解したことを見計らって、カワチャが話を再開させた。


「そういうわけでしてね、あの塔はみなさんにとって重要なものになるわけです。

 そこの案内を今からするのですが、流石に全員を一度にというのは面倒です。

 ですので、みなさん、二一五人を、五組、つまり四三人ずつに分けて説明を行いたいと思います」


 カワチャはそう言うと、教卓に置いていた紙を手に取った。

 そういえばそんなものを持ってきていた。


「では、試験での成績順に呼びますからね。一応、返事を返してください。四三番までが、最初に青の三角の案内を受ける人ですよ」


 カワチャがさらりとそんなことを言った。

 再び教室の空気が乾いて張り詰める。

 試験の成績は、つまり、現在の自分の順位とほとんど同じと言える。

 来年までに七位までに入っていなければいけない以上、目標までの距離の目安になる数字だ。


「はい、では、えー、呼びますよ」


 隣でジャールが唾を飲んだ。


「一番、エルノイ・ウィン・ディアリルム。二番、フェルター・ウィン・ビズリアス」


 評判通りに主席だったエルノイが子供のように元気良く手を挙げて答えた。

 落差に、次の男の落ち着いた返事がずいぶん暗く感じる。

 それから三番、四番と次々に名前が呼ばれていくが、その名前は僕のものではなかった。

 知っている名前が出たのは九番目だった。


「九番、ミーティクル・ウィン・キャンディナ。一〇番、ルルティア・ウィン・レオフカ」


 キャンディナは、返事の位置からすると左前の方の席に座っているようだが、人に阻まれて姿は見えなかった。

 しかし、九番とは。優秀な人だったようだ。


 それからしばらく知らない名前が呼ばれ続けた。

 そして、班分けの区切りの直前。


「四一番、ジャール・カルノル。四二番、スパル・ウィン・カイング」


 ジャールが四一番として呼ばれた。

 本人は悠然と返事をしていたが、僕は驚いた。

 その態度は失礼かもしれないが、しかし青の三角の上位二割に入るほど優秀だったとは。


「凄いんだねえ」

「まあな」


 僕のささやきに、ジャールは不遜な態度だった。

 冗談もあるのだろうが、自信もあるのだろう。

 何せ名前の間にウィンが挟まれない名前はジャールが最初、つまり、平民の中では一番優秀ということなのだから。


「四三番、アエット・ウィン・カイリマ。ここまでが、最初の班ですね。忘れないように。はい、では、続きますよ」


 次の班に入ってもなかなか僕の名前は呼ばれない。


 そして二班目も終わった。


 最初に予測した自分の順位は三班目だったが、少し焦りが生じてくる。嬉しい方の誤算する可能性は無くなった。

 しかしその焦りは必要なく、予測は正しかった。


「一〇一番、カスタット・ポゥ」


 ほとんど真ん中。

 自己評価が外れていなくて喜ぶべきか、七位までの距離を思い出して悲しむべきか。


「一〇二番、フィユ・ウィン・シュバイツェル」


 か細い返事が左前から聞こえた。

 その名前には聞き覚えがある。

 宿り舎で、キャンディナと一緒にいた子だ。


「半分より上で良かったな」


 ジャールが少し意地の悪い笑顔で言った。

 自分が四一位ということは忘れているのか自慢したいのか。


「まあ、悪くはないね」


 六〇番以上離れている状況で何を言っても負け惜しみなので、そう返してやるしかなかった。

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