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魔術士は求む者  作者: 土月 十日
一章 赤・七選・塔の夜戦
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4 そして、案内


 講堂の動揺を見ていると気づくことがある。

 結構な人数が少しも驚いていない。冗談だと決めつけているわけではなく、最初から知っていたような顔だ。


 つまり、恒例のことなのだろう。驚いているのはその情報を持っていなかったものだけ。

 周囲の様子を探っていると前の方の席にキャンディナを見つけた。あからさまに驚いてはいないが、顔が強張っている。彼女は知らなかったのか。


「百倍以上の倍率で合格した諸君らは、またこの一年で百分の一以下にまで振り落とされる。

 何故なら、この青の三角は教育機関ではなく、研究機関であるからだ。二一五名の優秀な魔術士は育てるよりも、厳選した七名が類稀な研究結果を出すことを望む。

 もちろん、これはこちらの都合ではあるが、例え一年の間でも青の三角に所属したことは、この王国では大きな価値を持つ。大抵の魔術士機関に斡旋することもできる。斡旋などしなくても、引く手は数多だ。

 入学の辞退も可能だ。今日中に届け出を行えば、各種の学費が返還される」


 とても安いとはいえない金額が返ってくる。

 二一五人に残ることは考えられても、七人に選ばれると思える人間は少ないだろう。


「繰り返して言うが、ここは研究機関である。魔術を学ぶのはその手段でしかない。

 世界の真理を探求するが目的であることを忘れないでもらいたい。

 では、君らの担当となる賢者を紹介する」


 ハイレターがそう言うと別の男が壇上に上がってきた。

 拍手する暇も無い。あえてそうしたのだろうか。


 上がってきた賢者は、まるで冴えない風貌だった。

 中年男のだらしのない体型。禿げ上がった頭。

 声は子供のように高かったが、可愛らしいと思うには声質が老いていた。そして、何か急かされているような話し方だった。


「どうも、ご紹介預かりました、カワチャ・ミヨイツムといいます。今の君達のように青の三角に入ったのは二七年前になりますね。ああ、懐かしいなあ。その時もハイレター様が賢者頭でしたね。七選の話を聞いて、怯えたものですねえ。

 ああ、けど、辞退はしないことをおすすめしますよ。青の三角に入っておけば、いい働き場を得ることができますからね。大抵の場合なら、学費以上に儲けることができるみたいですよ。

 それと、私は刻紋学が専門です。魔術式関係ならそれなりに詳しいですが、魔力量はそれほどですね。ここに集まっている皆さんでしたら、私よりも多い人の方が多いでしょう。

 ああ、無駄話が過ぎましたね。ではでは、皆さんの今日からの予定について話しましょうね」


 気づけばハイレターは講壇からいなくなっている。

 カワチャは楽しそうに話し続ける。しかし、演説には向いていないしゃべり方で、ハイレターからの落差もあってか講堂の空気は少し悪くなっていた。名前からして、貴族でないことも一因だろう。

 本人は気づいていないのだろうか。


「この諭し舎での講義が基本的なものとなります。いくつかの必須講義を除いて、誰がどれを受けるかは自由です。

 自分に必要なものは自分で分かりますね。しかし、相談があるなら私が乗りますので気軽に相談を。

 あるいは(つと)め舎に聞いてみるのものいいでしょう。どういった講義があり、どこに行けばいいのかは勤め舎に行けば聞くことができます。

 場所は後で青の三角の敷地を案内する際にお教えしましょう。

 さて、それで、どの講義を取るかは自由ですが、七選に選ばれなければここにいることができるのは一年ですからね、そのことを考慮した上で講義を選んだ方がいいでしょう。

 大雑把に言えば、魔術そのものを研究する分野、魔術を効率よく利用する方法を研究する分野、魔術を使用して世界そのものを研究する分野に分かれます。一年以上いられるか分からない以上は、どれかに絞った方がいいでしょうね。

 さて、ではでは、実際に案内しましょうか。列が混乱しないように、各々考えて着いてきてくださいね」


 カワチャはさっさと講堂を出て行く。

 遅れて学生達が立ち上がった。矢継ぎ早な言葉を処理するための時間差だった。



  * *



「なあなあ、お前、平民だろ?」


 講堂を出て行く列に並んでいると、隣に並んでいた男に声をかけられた。

 貴族に因縁をつけられたのだろうか、と思いながらそちらを見ると、あまり貴族とは思えない格好。

 上等な衣類ではあるが、実用的で貴族的ではない。


「そうだけど」

「お、良かった、仲間だな」

「ああ、じゃあ、君も」

「平民だ。ジャール・カルノル。よろしく頼むわ」


 そう言いながら、ジャールは赤毛の下に健康的な笑みを浮かべて手を差し出した。

 体格のいい体は、裕福な家に育ったことを想像させる。荒事には慣れていないのだろう。傷もなければ、そういう立ち振舞いでもない。

 差し出された手を握り返す。


「カスタット・ポゥ。こちらこそよろしくね」

「おう、カスタット。平民は少ないから仲良くしようぜ」


 列に着いていきながらジャールと会話をした。

 彼は、大きな商会の一人息子だそうだ。

 青の三角の名前があれば商売の幅が広がるということで、父親に学費を払ってもらったそうだ。


「そう言えばカスタットはどうやって学費を払ったんだ? 安くはない、というか、はっきり言って高い」

「確かにね。わざわざ二一五人も一度合格させるのは、研究資金のためなんだろうけど」

「名前の価値が薄れない程度にな。商売上手というか」

「商人の息子が言うと、説得力があるね」

「それで? 言いたくないなら無理には聞かない。冒険者にそういう話が付き物ということは知ってるからな」


 ジャールがこちらの顔を見た。例えば、昨日の冒険者のような犯罪行為のようなことを言っているのだろう。

 特にそういうわけではない。


「シエトノには海底遺跡があってね。そこの宝物庫を見つけたんだ」

「へえ。儲かったんだ」

「ここの学費の十倍以上の価値があってね」

「……まじか」

「まあ、そのパーティには臨時の雇われだったから、ここの学費に少し足りないくらいの分け前だったけどね」


 あの日ほど勉強をしていて良かったと思うことはない。

 古マクル語を覚えていなければ、一等階級の冒険者のパーティに連れられることはなかっただろう。

 二等階級のフリーでやっていた僕には望外の幸運だった。


「貯めていたお金と合わせてどうにか入学金に届いたわけ」

「へえ。それだけあれば、充分楽しく暮らせたろうに。なんでわざわざここに?」

「あれだよ」


 すでに外に出ていたので、よく見えるその塔を指差した。

 どこまでも高い。先端を見ようとすると首が痛くなる。

 青の三角柱。


「上ってみたかったんだ」

「変わってるな、お前」


 呆れたような口調だった。

 列はそのまま歩き、やがて辿り着いたのは先程の諭し舎とよく似た建物だ。


 石造りの無骨な建物。

 その建物に並列するように合格者達が左右に分かれる。僕とジャールは右の方に行き、一番前に立った。


 カワチャは全員の視線を集めるように前に立って、次の瞬間に魔術式が複合的に展開した。

 速い。

 瞬間的に構築するには精密過ぎる式だ。


「ここは(きわ)め舎ですね。私や、多くの賢者がここで研究をしています」


 カワチャの声は先ほどの講堂と同じように自然に聞こえてきた。

 僕程度では遥かに及ばない技術だ。式の精度も、式の速度も。


「賢者達は昼夜問わずに大抵の時間はここにいます。寝所もありますからね。

 住居が別にある方はそこに帰っている時、他に君達学生のための講義の時、外で実験をしている時、それ以外の時間は基本的にここで過ごしています。

 翌年から、つまり、七選に選ばれた場合はいつでも質問に来ることができますが、君達赤の学年は人数が多いので、受けた講義に関することだけ、それぞれの講義で指定された時間にだけ許されるので気をつけてくださいね。無断で入ると罰せられることもあります。

 あ、丁度いいところに。キルクサティさん!」


 究め舎から出てきた男にカワチャが声をかける。

 男はちらりとこちらに目を向けて、無視して去っていく。

 気まずい空気が流れる。


「あらあ」 カワチャは頭をかく。「まあ、あのように忙しいですからね。余程のことがなければ邪魔をしない方がいいですね。

 君達の素行が悪いと私が責められて、居心地が悪くなりますから。いや、ほんと、やめてくださいね」


 それからカワチャはいくつか説明する。

 それを聞いていると、ジャールがささやいた。


「なんか、うだつのあがらない人だな」

「そう?」

「話し方がなあ。情けない」


 甲高い声には、確かに威厳のようなものは感じられない。

 立ち振舞もどこか子供っぽいところがある。


「あれでやっていけるくらいに、実力があるってことじゃない?」

「捉えようだな」


 それからも案内は続いた。


 多くの手続きや、外部とのやり取りなどを担当とする勤め舎。

 学生や一部の事務員が寝泊まりをする宿(やど)り舎。

 宿り舎の近くには商店街も存在した。魔術的な商品を扱う店以外にも、食堂や酒場もあった。

 他に実験場と称された広場もあった。都市の外にはもっと大きな実験場もあるらしい。中には、森がそのまま実験場になっていたりもするそうだ。


 そして、最後に連れらたのは敷地の中央。


 天に届くような巨大な塔の前。


 カワチャは少し勿体ぶったように口を開いた。


「この塔は色々な呼び方をされます。"真理の塔"、"青の三角の塔"、"レドウッドの塔"。

 正式な名前はありません。世代ごとに呼び名の傾向はありますけどね。私くらいの年齢だと、真理の塔と呼びます。ハイレター様は、レドウッドの塔と言いますね」


 僕は青の三角の塔と聞いていた。

 多分、外部の者がよく使う呼び名なのだろう。


「階数は分かりません。制覇したという記録もないですしね。

 二〇〇階にまで到達することが賢者になる条件のひとつだったりします。

 かの大賢者レドウッドが建設した塔だと言われていますね。中は、入れば分かりますが、各階に試練が用意されています。全てを制覇したものは、世界の真理を知ることができると言われます。

 単純に、魔術の腕を磨く訓練場としても優秀な場所です。

 使い方は必須講義で説明するのでそれまでは入るのを待ってくださいね」


 何とか言葉が耳に入るが、視線は塔にとらわれていた。


 早く上ってみたい。

 その一番先にあるという真理を、見てみたい。

 早く明日になって欲しかった。 


「さて、では君達も疲れたでしょうから終わりましょうか。

 宿り舎の方に行きましょう。そこで、部屋の割り当てを行います」


 その言葉を聞いて、ジャールが小さく笑った。


「やっと終わりか。退屈だった」

「お腹すいたね」


 小さく返すと、ジャールはこちらをじっと見てから、笑って頷いた。



  * +



 割り当てられた二人部屋を、午後の時間を使って掃除した。


「よし、こんなもんだろ」


 机を拭いていた僕に声をかけたのはジャールだった。

 持参したという磨き粉でドアノブを磨いていたところだった。


「あ、ほんと? よかった」

「これ以上やるには道具が足りないしな」


 自由時間として与えられた半日なのに、掃除に使うことになるとは思わなかった。

 それは相部屋になったジャールの提案だった。曰く、汚い場所には悪魔が訪れる。それが彼の家の格言らしい。


 ほうきで掃いたり、水拭きしたり、そういう基本的なことでも、その念入りさが違う。家具を動かして床の全てを掃いて水拭き乾拭きし、壁を拭いて、天井を拭いて、家具の引き出しを全て取り出して内外を磨いた。

 僕の目からすると、もうこの部屋に汚れている場所なんて欠片もないんじゃないかと思える。


「こんなに掃除したのは人生で初めてだ」

「そうか? いいぞ、掃除は。自分の手で綺麗にしていくと、一緒に心も綺麗になるような気がする」

「確かに気分はいいね」


 開け放った窓からは夕陽の赤い光と風が入り込んで来ている。

 埃っぽさのない空気が頬をくすぐっていくのは確かに心地よい。


 部屋にはクローゼットと寝台と机がふたつずつ、線対称に置かれている。

 持ってきたであろう荷物をそれぞれしまいながら、ジャールが息を吐いて声を出した。


「相部屋がカスタットで良かった。下手に貴族が相手じゃ気をつかう」

「そういう風に考慮してるんだろうね。貴族は貴族同士。平民は平民同士ってね」

「貴族の坊っちゃん嬢ちゃんは、相部屋に耐えれるのかね」


 どこか言葉に刺々しさを感じた。

 どうにも、ジャールは貴族に敵意を持っているように見える。これは、青の三角を案内されている時にも思ったことだ。


 もっとも、それは自然なこと。

 貴族が好きだという平民はなかなかいないだろう。

 搾取するものと、されるもの。相容れるには重たすぎる関係性だ。


「あ、それ、『奉仕者としての神々』?」


 ジャールが本棚に並べていく書物のひとつに目がいった。

 見たことのある表紙。


「よく知ってるな」

「読んだことはないけどね」


 数代前の賢者頭の書いたもので、各地の宗教の信仰の対象を調べ、考察した内容だと聞く。

 シエトノの書籍屋で高い値札と共に掲げられているのを眺めたものだ。


「面白い?」

「いや、まだ読んでいない。青の三角にいる間は中々実家に戻れないからな、読んでいない本を選んで持ってきた。

 お前は、一冊も持ってきていないのか?」

「お金なかったからね、全部売った。金になるものは全部売っちゃったよ」

「それは……結構な覚悟だったんだな」

「覚悟、っていうのかな。別に死んでまでってわけじゃないよ。全部、代替のきくものだからね」


 持ってきたものは替えの服と、細々した日用品だけ。

 大荷物のジャールとは対照的だろう。


「よければ何冊か読ませてくれない?」

「おう、いいぞ」


 気持ちの良い返事。

 流石に金持ちだ。気前が良い。


「僕も、ジャールが相部屋でよかったな」

「このタイミングだと嬉しくないな」


 不敵に口を曲げながら、ジャールがこちらを睨んだ。


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